なぜアラブ諸国は、対IS包囲網で動かないのかーアハメド・ラシッドの分析

著者: 坂井定雄 さかいさだお : 龍谷大学名誉教授
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 イラク、シリアで膨張している偏狭で暴虐なイスラム過激派「イスラム国(IS)」に対して、米国は空爆を次第に拡大、英、仏も空爆に参加したのを始め、ISに対する国際的包囲網が築かれつつある。しかし、肝心のアラブ諸国は、ISに対する敵意と危機感を深めながらも、不相応なほど規模の大きい空軍、陸軍の出動はじめ実質的な対IS行動に動いてはいない。その重要な理由の一つは、積み重なった米国に対する不信感だと、パキスタンの著名な国際的ジャーナリスト、アハメド・ラシッド(邦訳「タリバン」などの著者)は厳しく指摘する。ラシッドがフィナンシャル・タイムズ(16日)に書いた「米国は対ISにアラブ諸国の参加を得るために、もっと努力しなければならない」と題した厳しい分析記事に注目した。その要点を紹介しようー
「アメリカ政府は自国民と世界に対し、イスラム国(IS)と戦う中東での新たな同盟づくりに成功しつつあると、信じさせようとしている。しかし、アメリカ人がたやすく忘れやすいことは、関係するすべての政権から、それ以上に多数のアラブ人たちから、信用されておらず、好かれてなく、憎まれてさえいるということだ。
 イラク、アフガニスタン、リビアでのアメリカの失敗、アラブの春の決起失敗後、アメリカがこの地域と内戦による何百万人もの難民を見捨てたことを、誰もが忘れていない。」
「サウジアラビアと湾岸諸国は、ワシントンがイランとなれ合い、ほんの2,3週前までシーア派のマリキ首相の政権を存続させ、スンニ派を侮蔑したことに怒っていた。これが、ISに対するスンニ派の支持の拡がりをもたらした。」
「彼らはまた、シリアのアサド大統領を追放するために、アメリカがより断乎とした姿勢をとることを拒否しているのに怒り、イスラエルによるガザの破壊を許したことを怒った。これらの苦情のリストは長いが、アメリカは説明したり、謝ったことがなく、そうするべきだと考えさえもしなかった。しかし、アラブ諸国の側は、それらを少しも忘れてはいない。」
 「エジプトのシーシ大統領の政権は、選挙で成立し今は打倒された宿敵ムスリム同胞団の政権を、アメリカが支援したことを忘れないだろう。トルコも、アメリカがアサド政権を終わらせるために、さらに行動することを拒否したので、アメリカを信頼することを拒否している。」
 「オバマ大統領は、数か月以前にISの成長に警告を発したCIAの報告に、なぜ注目できなかったかを、アラブ諸国に説明し、謝罪しなければならない。なぜイラクのマリキ前政権が8年間も存続することを無批判に許したのか。マリキの長期政権こそISの成長を助けた触媒だったのだ。なぜアメリカは、キリスト教徒や他のイスラム以外の少数宗派の生き残りのために、ほとんど行動しなかったのか。」
 「このような経緯は、なぜアラブ諸国が、ケリー米国務長官が中東を回って説明したIS打倒へのプランに対して、熱意のない支持しか表明しなかったのかを説明する。サウジアラビアのジェッダでの、アラブ10か国の声明は、アメリカの軍事行動への参加を約束したが、参加する兵力の規模も、保有する大規模な空軍の出動も、資金の拠出も具体的には示さなかった。彼らが実際的に約束したのは、以前から行われている、反アサド勢力の訓練だけだった。」
 「これは、これらアラブ諸国がISの脅威を軽視しているからではない。彼らは、イラクとシリアの次に、ISが征服しようとしているリストに載っているのは湾岸諸国を含む自分たちであることを知っており、ISが掃討されることを望んでいる。しかし彼らは、ワシントンの政策が、あまりにも気まぐれで、長期にわたる軍事的、政治的行動を継続するかどうか、信頼していない。何より悪いのは、アメリカが中東での過去の過ちの責任を、いかなる形でも取ることを拒否していることだ。」
 
▽ブッシュ・ネオコン政権の罪の深さ
イラク・シリアでのイスラム過激派「イスラム国(IS)」の勢力拡大、残虐行為を見るたびに、ブッシュ(息子)前大統領の政権がネオコン(帝国主義的な新右翼保守勢力)に動かされて強行したイラク戦争の罪の深さ、重大さを思わずにはいられない。
父親のブッシュ大統領は90~91年の湾岸戦争で、クウエートに侵攻したイラク軍を多国籍軍とともに壊滅的に撃退させたにもかかわらず、イラク本土に進撃してフセイン独裁政権を打倒しなかった。最大の理由は、フセイン政権が押さえつけてきたスンニ派、シーア派の宗派間抗争が発生・激化し、収拾できなくなることを予想したからだ。
だが、息子のブッシュ政権は、アフガン戦争でタリバン政権を壊滅したのち、ネオ・コンが主張した、米国の覇権下の“新中東”構築をめざして、「イラクの大量破壊兵器」疑惑をでっち上げ、2003年、イラクへの戦争を開始した。電撃的に勝利し、フセイン政権を打倒したが、まもなく、地下に潜ったスンニ派武装勢力の反米武装抵抗が始まった。米占領当局が作ったシーア派主体のイラク政府、シーア派武装勢力との宗派抗争も拡大、それに乗じたアルカイダ系テロ組織の成長までもたらした。ISはアルカイダ系から離別したバグダディが組織したより過激なグループで、まずイラクのスンニ派勢力を頼り、内戦下のシリアで根拠地を築き、成長したうえでイラクに反攻してきたのだ。
ブッシュの後を継いだオバマ政権は、ブッシュが始めたイラク戦争の、いわば”尻拭い“に苦闘し続けてきた。そしていまIS掃討のため空爆を開始、英仏両国の空爆参加を得る一方、アラブ諸国を含めたIS包囲網づくり、軍事的、経済的参加・協力を得ようと努力している。しかし肝心のアラブ諸国、特に湾岸の王政・首長制諸国は、国内にイスラム過激派を抱え、ISの脅威を認識しているにもかかわらず、包囲網参加の意思表示はしたものの、実質的な行動に本格的参加をしようとはしていない。対米不信感がそれを妨げている。米国はその一掃にためにもっと努力してくれと、ラシッドは求めている。(了)

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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