――八ヶ岳山麓から(513)――
人民日報傘下の環球時報紙は3月5日、昨年12月25日にひきつづいて日本問題専門家の笪志剛氏の論評「石破内閣の外交政策はなぜねじれているか」を掲載した。12月とくらべて3月の論評に目立つのは、石破内閣に対する寛容な態度である(八ヶ岳山麓から503参照)。
12月の論評の基調は、「アメリカの政権交代は大きな不確実性を生むだろうが、日本に微妙な外交状況をもたらす。また『対米同権』を図り、『対中関係改善』を望むとき、石破がどの程度の意志を持ち、ワシントンからの圧力にどこまで耐えられるかは、ことに直面するまではわからない」というものだった。
そこには、12月の論評には、下記のような安倍内閣以来の日本外交につきものの対米従属に対する批判があった。
「近年、日本はアメリカの中国牽制戦略に盲従し、政治・外交・安全保障レベルで中国包囲網に参加し、生産・サプライチェーン、科学技術の封鎖などで多くの手を打ってきたが、これは日本企業の利益に明らかな損害をもたらすとともに、国内物価の安定や日本の一般庶民の生活に直接間接に影響を与えている」
40日後の3月になるとこの種の表現が消え、現れたのは「寛容」とも「理解」ともいえる文言である。笪氏は石破・トランプの日米首脳会談に、日本の中国への対応とは異なる「温度差」を見いだした。そしてそれをなかば肯定するかのようにいう。
「そのわけは、第一、日本の政界には保守政治が広がっており、石破とその支持者たちは、彼らから『知中派』とか『親中派』といわれる批判を避けるために、対中国関係を『冷遇』することで、相対的に安定を保とうとしている。
第二に、石破自身の自民党内の派閥力が弱い。長年党内から疎外されてきた政治家である石破が、党内基盤の強い保守派閥に対して直接異議を唱えることは難しい。第三に、『アメリカ中心』外交という概念は、日本の政治にいまだに多くの支持者を持っている」
つまり、第二次世界大戦後、アメリカは日本の政治、外交、軍事に至るまで強い支配力と影響力を維持してきた。笪氏はこの事実を認め、「アメリカを『裏切る』リスクを選ぶなら、その代償は日本の手に負えないものになる」という。
そして笪氏は、日本が強力なアメリカの影響下にありながら、「石破茂は政権に就いて以来、中国とアメリカの間に一定のバランスを求め、完全にアメリカ寄りでもなく、完全に中国寄りでもない『独立性』を打ち出し、可能な限り石破茂色の外交的特徴を打ち出そうとしてきた」と、石破外交を思いがけなくプラスに評価している。
そして、「石破内閣の外交実務は、トランプ政権の政策がもたらす不確実性への対処として、日中関係の改善、あるいは強化に重点を置き、中国に対しては『日中間の戦略的互恵関係の堅持』を表明している。つまり『一つの中『』などをうたう半面、日米同盟の維持、台湾海峡への思惑、軍備強化を主張する」と指摘するのである。
笪氏は、これは「石破氏の外交バランス戦略の顕著な現れである。石破内閣はおそらく、中国を封じ込めたいというアメリカの戦略的必要性を利用し、政治や経済などにおける中国の影響力拡大に『対処』することで、現実的な利益を追求し続けるだろう」というのである。日本人としてみたとき、石破内閣にそんな主体性があるか、あればそうなってほしいと思う。
さらに笪氏は次のように日本の中国への接近を語って、石破氏の対中国政策に「熱意」といってもよいほどの理解を示している。
「(石破氏は)岸田文雄政権時代に低迷していた日中関係の改善に向けて、より前向きなシグナルを数多く発表し、外交、経済などの分野で日中交流のための実際的なイニシアティブを数多く打ち出している」「これは中米間の対立を背景に、より多くの経済的利益を得るために日中経済貿易関係を強化したいという日本の産業界の願望と呼応するだけでなく、アメリカの新政権が課す関税などのマイナス要因を効果的に打ち消すためでもある」
一体これはなんだろうか。環球時報の性格からすれば、笪志剛論評は中共中央の意志と受け取ってもおかしくはないが。
おもえば毛沢東時代の前半は国土建設のためにソ連からの援助一辺倒だった。後半、ソ連との関係が悪化して国境紛争が頻繁に起きると、米ソの2ヶ国を敵とするのを不利とみてアメリカとの国交へ進みソ連と対峙した。1980年代からは米日欧の経済的技術的援助を受けつつ経済発展を遂げた。
ここに流れるのは、毛沢東時代から変わらぬ現実主義あるいはプラグマティズムである。これまでも中国が対日関係を緩和しようとするとき、たいてい対米関係が緊張したり、それほどでなくてもぎくしゃくしている。このたびの中国の日本への接近は、まさしく中国にとって「アメリカの新政権が中国に課す関税などのマイナス要因を効果的に打ち消すためでもある」といえよう。
トランプ氏は、中国の習近平国家主席と「非常に良い関係」にある、対中貿易の改善を期待しているといいつつ、中国からの輸入品に併せて20%の追加関税を課した。中国からの薬物の密輸が絶えないことへの報復だというのである。これに対抗して、中国もアメリカからの鶏肉や小麦、トウモロコシなどに15%、大豆や豚肉、牛肉、水産物、果物、それに野菜などに10%の追加関税をそれぞれ課すと発表した。
アメリカは中国の輸出全体の14.6%を占める、最大の輸出先で、アメリカが中国製品への輸入関税を引き上げた場合、経済への影響は避けられない(NHK2025・03・05)。
トランプ氏は中国の台湾への武力侵攻を認めないかと問われ、「これについては何もコメントしない。そうした立場に身を置きたくない」と言い、別なときは、武力侵攻には高関税で対抗するとも発言した。これでは習近平氏に中国軍の台湾侵攻に米軍の出動はないというシグナルを送ったことになる。そうなると「台湾有事は日本有事」ではなくなる。
ご存じの通り、この人物は今後何を言い出すかはわからない。ウクライナ戦争はもとより、ロシアやEUとの関係、中国・日本との関係などほとんど予測不可能で、大統領の任期を全うできるかもわからない。これを相手に苦労するのは石破氏だけではない。日中関係が日米関係の変数だとすれば、習近平氏が日本に接近のシグナルを発するのは自然のなりゆきである。
石破茂氏には「Make America Great Again」と「中華民族の偉大な復興」の間にあって、自主独立の精神で対米対中外交に当たってほしいと心から希望する。(2025・03・08)
初出:「リベラル21」2025.03.12より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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