ひょっとすると、これが勝利宣言?― ―中国共産党第20回党大会について 2

 来る16日に開会する中國共産党第20回党大会について、前回は9600万余の党員から2296人の「代表」、日本風に言えば大会代議員がどう選ばれるのかを見た。と言っても、これまた細かいところは分からないのだが、誰を党のトップ、総書記に選ぶかについて下部組織でも討論が行われ、それが上部に吸い上げられて、各候補者を支持する代表が「いざ戦わん」と大会に参集するといった、西側諸国で見られる政党の党首選のようなことはいっさいおこらない。
 報道される大会代表は、すべて党の政策、方針の熱烈な支持者で、会場では思い切り拍手をして大会を盛り上げようと張り切っている人たちばかりである。そして投票となれば、文字通り圧倒的多数で中央の提案が承認され、反対票や棄権票はあっても普通は一桁の下の方である。
 もっとも党大会での投票によって決まる人事は約200人の中央委員と150人ほどの同候補であって、党の中央政治局員25人と、さらにその中から一桁の奇数の中央政治局常務委員(これまで最小は5人、最多で9人、現在は7人)を、大会で選ばれた中央委員が、最初の中央委員会で決定することになる。
 中央委員選挙の具体的方法も、そして中央委員会が政治局員を選ぶ方法も明らかにされていない。結果が発表されるだけである。おそらく200人の中央委員がそれぞれの派閥や系列に分かれて、その主だった人たちの間で談合がおこなわれるのであろう。
 したがって、『人民日報』に紹介されたような優等生代表たちによる万雷の拍手の中で進む大会の議事と、せっかくの慣例を破ってまで総書記に10年以上居座りたいという習近平の野望をどうするかをめぐる暗闘とはまったく別の世界である。どこかに暗闘の気配でもないか、ときょろきょろあたりを見回していたら、ある報道が目に留まった。見当違いかもしれないが、まあご一読あれ。

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 先月(9月)24日の『人民日報』の第4面に1本の記事が載った。ある裁判の判決を伝える記事である。その内容は・・・・
 東北部の吉林省長春市の中級人民法院(日本流にいえば高等裁判所だが、中国では重大犯の場合、第一審から中級法院が扱う)が、公安部(日本流にいえば警察庁だが、トップは閣僚がつとめる財政部、外交部などとならぶ官庁)の元副部長(次官)の孫立軍という被告に対して9月23日、判決を言い渡した。
 同被告は収賄、証券市場の不法操作、銃器の不法所持の3つの容疑をかけられ、一昨2020年4月に失脚。今年1月に検察の捜査が終了、以来、上記の長春市中級法院で審理が行われてきた。
 判決は、収賄について2年の執行延期つき死刑、政治的権利の終身はく奪、全財産没収。2年の死刑執行延期期間が無事経過すれば無期懲役に減刑、但し終身監禁で減刑、仮釈放なし。証券市場操作については懲役8年、罰金100万元(約2000万円)、銃器の不法所持では懲役5年、である。
 収賄で死刑というのはずいぶん厳しい感じがするが、その額がすごい。判決によれば合計6.46億元、1元約20円で換算すれば130億円余りとなる。この被告は1969年1月生まれで2001年から2020年まで公安部に勤務というから職歴は約20年。そんなに若い時から賄賂で稼ぐのは無理だろうから後半の10年で稼いだとすれば、平均して1年にざっと13億円、1か月に1億円以上を懐に入れていた勘定になる。
 いくら汚職天国の中国でもそんなことが可能か?可能なのである。まず警察に限らないが、さまざまな許認可を扱う役所では業務そのものに賄賂がつきものと言われる。たとえば大きな工事をする場合、多くの役所から許認可をもらわなければならない。そんな場合、役所どうし他の役所より損をしないようにと、お互いに顔を見ながら役得の競争になるらしい。
 それは外部からの収賄だが、警察とか軍隊とか、人間がいること自体が仕事という組織の場合、成績の良し悪しを判定するのがそもそも難しい。とくに軍隊の場合、ある人間が優秀かどうか、成果を上げたかどうか、それがはっきりするのは戦争をした場合である。しかし、戦争がある時はむしろ例外的で普段は軍隊を軍隊として維持すること自体が仕事である。警察も似たような面があるだろう。
 しかし、日常的な人間の評価には客観的な物差しはない。人間関係がものを言う世界になる。私自身、ある中国人から、職業軍人だったが、昇格のための賄賂競争についていけなくて転業したという話を聞いたことがある。この裁判の判決理由にも「収受賄賂後為多人謀取職務提抜、調整、」(賄賂を取って多くの人間の職務上の昇進、調整を謀り)と、警察内部での昇進のための賄賂の横行が言及されている。
 ということで、被告は巨額の賄賂を手にした(ほかにもいろいろやったが)結果、死刑という最高刑を言い渡された。しかし、中国独特である死刑の執行延期という制度のおかげで、一命はとりとめることになった。
 これはわが国の「執行猶予」とは違う。いわば死刑と無期の間の量刑とでもいうべきもので、今度の場合、2年間の延期期間を無事に勤め上げれば、その段階で「無期懲役」に減刑されるという制度である。日本の執行猶予は比較的軽い量刑の判決の場合に、一定期間、執行を猶予して、その間を無事に過ごせば、刑の執行自体を行わないことになるが、中国の執行延期は死刑という究極の刑罰から一命をとりとめて、減刑、保釈なしの無期懲役へ、というお情けの制度である。
 そこで孫力軍がなぜ最後に「執行延期」の温情を与えられることになったか、それが問題である。その理由を判決はこう言う。「孫力軍は取り調べに対してその他の重大案件についても情報を提供し、それらは事実であることが判明して、大きな功績を挙げた。また自発的に当局が把握していない収賄の事実を提供したが、それらはすべて事実であり、本人は罪を認めて、損害賠償に協力した。被害額の大部分が返納されたため、法の定めにより情状を酌量し、死刑判決の即時執行をとりやめる」
 要するに自分の犯した罪を認め、損害賠償に協力したほか、当局が把握していない重大案件についても情報を提供したので、罪一等を減じて即時に死刑を執行することはしない、というわけである。
 「腐敗をなくさなければ共産党はもたない。腐敗をなくせば国がもたない」という言葉を以前に紹介したが、それほどまでに不正腐敗が広がっている中でこの判決はどういう効果を持つか。
党大会の代表に選ばれた人間たちの中にも、脛(すね)に傷をもつ役人、贈賄で財をなした企業家、事業家たちがたくさんいるはずだ。そういう連中は生きた心地がしないだろう。なにしろ孫力軍は警察のナンバー2(公安部副部長)だった男だ。なにをつかまれているか分からない。
 党大会の舞台裏で繰り広げられるであろう習近平続投賛成派、反対派の動き、とくに反対派にはこの判決理由は不気味であろう。目立った動きをして行動を洗われたら、孫力軍に何を言われるか。
 2年ほど前から、習近平政権の公安系統に対する腐敗摘発が幅広く、かつ執拗に続いている。2012年までの胡錦涛時代に、トップ9人の中央政治局常務委員の1人として公安系統を掌握する政法委員会書記を担当していた周永康を習近平は腐敗で摘発し、無期懲役の判決で服役させている。
 その仲間がなお公安系統にはびこっているというのが、最近の公安系統に対するきびしい腐敗摘発の理由であるが、それがそのまま習近平続投への地ならしとしての習近平賛歌以外の発言を抑える役割をはたすのではないか。
 以上が大会直前に元公安次官が知っていることを洗いざらいしゃべった上で、習近平の手の中にいることを明らかにした『人民日報』記事が出た理由であろう、というのが、私の推測である。勿論、当たっていると言い切る根拠はない。でも、それを念頭において、大会の動きを見るつもりではいる。                                    (221005) 

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