ひるまずに前進を! -朝日新聞慰安婦誤報問題について-

近くの区立図書館へ行って新聞を広げた。ある週刊誌の最新号の広告が載っている。ほとんど全ページにわたって朝日新聞の「慰安婦誤報事件」を取り扱っている。図書館の帰りに書店へ寄ってみると、今度は入ってすぐ目の前に「従軍慰安婦大誤報」を特集した月刊誌が平積みされている。表紙には安倍晋三首相にごくごく近い面々の名前がずらっと並んでいる。朝日新聞を潰す絶好のチャンスがやってきたと欣喜雀躍している様子が目に見えるようだ。「それ見たことか。とうとう墓穴を掘りやがったな。二度と立ち上がれないようにしてやるから覚悟しろ」というわけだ。Facebook、Twitter、YouTubeなどなどでも、朝日潰せのキャンペーンはにぎやかである。
確かに朝日新聞は立て続けに「謝罪」に値する記事を書き、その結果についての対応に失敗した。そのことは社を挙げて猛省し、2度と同じ過ちを犯さない対策を講じてほしい。
今回の「慰安婦問題」については、誤報であったことを認めて謝罪し、第三者委員会を設置して問題の調査・究明にあたるということなので、その結果と朝日新聞社の対応のあり方に注目したい。それにしても、朝日新聞は福島原子力発電所事故に関わる記事やニンテンドーの架空インタビュー記事、池上氏問題など失敗が続きすぎた。頭をすげ替えてどうにかなる問題ではあるまい。

ただ、「誤報」についてはこれまで他の新聞社や週刊誌、月刊誌などにもあった。具体的な例を2つだけあげておく。
「産経新聞」は2005年4月15日東京版朝刊で、「地球環境大賞授賞式」における秋篠宮殿下のお言葉の中に、勝手に「フジサンケイグループが一体となってこの顕彰制度を主催することになり云々」という文句を差し込み、それがすぐにばれて翌日「秋篠宮殿下のお言葉の中に、引用の誤りがありました。謹んでおわびし、全文を取り消します」と謝罪した。自分の利益のためには皇室をも巻き込むさもしさと、不敬の挙はそれこそ国内ばかりでなく国際社会からもあきれられる内容のものである。私のかつての同僚は学習院大学の学生だったころ、皇太子殿下と同じクラスであったが、殿下と一緒に風呂に入ったとき、殿下が使用するボディソープ、シャンプー、リンスなどはすべてメーカーが分からないように無地の容器に入れ替えてあったという。皇室が公式の場で特定の企業の名前を出してこれに賛辞を送るなどということはあり得ないという初歩的な知識を持っていない記者がいること自体、信じられないことである。

「週刊新潮」はこれまで数多くの告訴を受け敗訴を繰り返しているが、なかでもひどかったのは、1994年(平成6年)6月27日に起きた松本サリン事件に際してとった行動だった。「週刊新潮」は被害者河野義行氏の家系図をおぞましい血の家系として掲載した。河野氏は自分を犯人扱いしたマスメディアの中から、「週刊新潮」だけを選んで告訴しようとしたが、新潮側が謝罪文掲載を約束したため告訴を取り下げたのだったが、結局、新潮側はその約束は守らないまま今日に至っている。
だから、朝日新聞批判はやめろと言っているのではないし、慰安婦問題とその他の問題を同列に置こうというのでもない。ただ、倫理の欠落を自らに問いかけ、学習して、批判たり得る記事を書いてほしいと切望しているのである。

朝日新聞としては長年にわたって「吉田証言」を採用してきたことに限って謝罪すべきであって、慰安婦問題があたかも無かったかのような主張に対しては毅然として「否」の姿勢を貫くべきである。日本の国際的地位を貶めた原因は「吉田証言」だけによるものではないからだ。
国連人権規約委員会は今年7月24日、日本政府に対してヘイトスピーチや慰安婦問題などに関して国家責任を認めるよう勧告したが、その勧告が妥当なものなのかどうか、朝日新聞は「吉田証言」抜きにした慰安婦問題の論陣を張ってほしい。

 さて、おこがましいことではあるが、私は朝日新聞の再生に向けて提言したい。
再生の原点は次の「朝日新聞綱領」である。
一、不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄す。
一、正義人道に基づいて国民の幸福に献身し、一切の不法と暴力を廃して腐敗と闘う。
一、真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す。
一、常に寛容の心を忘れず、品位と責任を重んじ、清新にして重厚の風をたっとぶ。
そしてこの綱領を具体化するための基本方針には「私たちは、新聞づくりの理念を定めた朝日新聞綱領にのっとり、高い倫理観をもち、言論・報道機関としての責務を全うすべく努力します。国民の知る権利に応えるため、いかなる権力にも左右されず、言論・表現の自由を貫き、新聞をはじめ多様なメディアを通じて公共的・文化的使命を果たします」とある。
私はこの綱領と基本方針を全面的に支持するものである。それは、かつての新聞(もちろん朝日新聞も含めて)が大本営発表の記事に踊らされて国民の戦意を煽り、戦争を長引かせ、日本の国民と兵士、対戦国の国民と兵士を死に追いやった過去の過ちを改める基本姿勢だからである。
朝日新聞はこの原点に立ち返るべきであり、この原点を死守すべきである。

反・朝日(反・NHKもそうだが)の声を挙げている人々の中心にいるのは安倍首相の「親衛隊」である。彼らは権力の中枢に入り込み、千載一遇のチャンスを逃すまいと必死であり、いろいろな分野で徐々にその結果を出しつつある。安倍政権が長期化すれば、日本の政治や社会は大きく様変わりすることは確実だ。国会をのっとり、文科省をのっとり、NHKをのっとり、慰安婦問題は無かったことにし、……。
彼らは「朝日新聞は慰安婦誤報問題によって日本の国際的地位を貶めた」という。だが、彼らの勢いが増せば増すほど、逆に日本の国際的地位は急落するであろう。東京裁判の否定から始まる歴史認識は「日本国憲法」も「村山談話」も「河野談話」も否定する。これらのものは「戦後レジーム」であって、「美しい日本」には馴染まないのだ……。こういう歴史認識は国際社会、とりわけ日本の軍国主義の犠牲になった国々から快く迎え入れられるはずがない。アメリカから「失望した」といわれる程度では終わらないし、中国・韓国との緊張関係は永久に続く。その先にあるのは日本の孤立化だ。これは私の妄想だろうか?
しかし、安倍首相の周りに群がる人たちの普段の言動だけから見ても、私は豊かで美しい日本の将来像を思い描くことはできないのだ。

「罪や過ち」を犯したら、潔くあやまる。それは「自虐」ではない。再生へ向かうエネルギーだ。朝日新聞は今こそ原点に立ち返って、敵対しようとする者たちにぐうの音も言わせぬ格調高い記事を書いてもらいたい。国際社会で平和に共存できる美しい日本のために。                                (2014.9.24)

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