アベノミ(ッ)クスは愚民政策 -物価上昇と円安が惹き起こす結末

 アベノミ(ッ)クスを信奉する学者は、消費者の合理的行動に期待して、消費者物価の上昇を見込んだ消費活動の活性化が、生産拡大(GDP成長)をもたらすと信じている。しかし、そもそも消費者が合理的に行動するという前提自体が間違っている。経済学の空理空論を構築する前提条件だが、その前提そのものが間違っている。現実の経済社会で、消費者は合理的に行動しないしできない。
 国民は消費税の3%引き上げで騒いでいるが、その何倍もの影響に晒される円相場が3割(30%)以上も安くなったことに大きな反応を示さない。円安が国の経済を助けるという政府の愚民政策を信じている。どう考えても、消費者の反応は合理性に欠ける。
ちょっと考えて見ればよい。1000兆円の国民貯蓄が2年前にはまだ10兆ユーロの価値をもっていたが、円が対ユーロで3割安くなったために、現在の為替評価では7兆ユーロの価値しかもたなくなっている。3兆ユーロの減価である。日本のGDPの1年分だ。日本からユーロ圏に旅行する人や出張者の費用も3割も高くなっている。3%どころの話ではない。しかし、一般消費者には、30%ものユーロの上昇より、3%の消費税引上げが焦眉の問題だ。戦争で何千何万の人が犠牲になることより、身近で起こる殺人事件の方がよほど大きな関心事であるのと良く似ている。個人的環境を超える事件や出来事は、どれほど重大でも、適切な関心を払うことができない。個人の消費行動が経済合理性や合理的期待にもとづくという前提は空理空論で、現実の分析には役に立たない。

なぜ物価上昇が政策目標になるのか
 そもそも、物価上昇を経済政策目標することが間違っている。経済目標は国民生活の向上と安定にあるはずなのに、それが「物価上昇」にすり替えられている。「諸悪の根源はデフレにあるから、インフレにすれば景気が良くなる」という庶民の無知を誘導するイデオロギーが、物価上昇政策を合理化している。しかし、デフレもインフレも、実体経済が生み出す現象に過ぎない。デフレをもたらす実体経済の解明なしに、「通貨量を増やして、インフレになれば、景気は良くなる」という単純な議論で、経済政策を展開されてはたまらない。
 安倍政権は3%の物価上昇と1%の実質GDP成長を目標にしているが、ここにもトリックがある。実質生産が1%しか上昇しないのに、物価が3%も上昇したらどうなるか。通貨の購買力、したがって所得の実質価値が2%減少するだけだ。アメリカの経済学者クルーグマンなどは、無責任にも、思い切って4%の物価上昇を実現するように通貨量を増やせと提言している。ここに大きな落とし穴がある。
 増税政策で国の債務を削減するのは政治的に非常に難しい。消費税の3%程度の引上げですら、国民の大きな抵抗に合う。国民の不満を和らげるために、増税で税収を増やす一方で、他方で現金をばら撒くから、純増収分は消費税の2%にも満たない。このような増税政策を何度繰り返しても、政府の巨額の借金(公的債務)を大きく削減することはできない。そこで頭の良い連中が考えるのが、インフレで借金を棒引きする方法だ。
 インフレになれば通貨の価値が下がる。したがって、借金の負担も通貨が減価した分だけ減る。たとえば、年金の物価スライド制を廃止し、物価上昇が起きても、年金の名目額を引き上げなければ、年金の実質価値を下げることができ、年金財源の減少をその分だけ食い止めることができる。しかも、そうやって年金を減らしても、増税する時のような抵抗に会うことはない。国民は個人的な税負担には声を上げるが、通貨の減価に声を上げることはない。この事実も消費者の合理的行動を否定するものだ。
 何のことはない。物価上昇を惹き起こす経済政策を一番歓迎しているのは、財務省なのだ。安倍首相は金融緩和政策が株式市場を押し上げて得意満面だが、アベノミ(ッ)クスが惹き起す弊害が明々白々になれば、事態は一挙に逆転する。好事魔多し。あまり調子に乗らない方が良い。

金融緩和の資金は株式市場へ
 東京証券取引所の株価(時価総額)が1年間で5割も上昇するという異常な高騰で、景気が良くなっているような気になっているが、沸いているのは金融投資家と一部の輸出事業者だけ。国民は「物価上昇と円安が日本経済を救う」などというアベノミ(ッ)クス・イデオロギーで「目くらまし」を食らい、株価が上がり円安が進行しているから、景気が良くなるのではと信じている。しかし、経済成長に裏付けられた株式高騰でないから、証券会社や自動車会社は賃上げできても、一般の会社は賃上げなどできない。円安で物価だけが上昇しているから、生活は確実に悪化している。
 統計を見ても、「異次元緩和」で景気の上向きを感じている事業者は2割程度にすぎない。アベノミ(ッ)クス効果で潤っているのは証券会社を初めとする金融事業者と輸出代金が事業収入に占める割合が大きい事業者だけ。あとの8割の事業者には「異次元緩和」の恩恵がないどころか、逆に売上が増えないのに、輸入価格の高騰によってコストが上がるから、経営は苦しくなっている。
 日銀が市場に流し続ける通貨は、実体経済に向かうことなく、金融投資に回っている。実体経済に資金需要がないから、安易な金融投資に向かっているだけのことだ。金融緩和資金と株式市場の活況を見込んだ投資資金が流れ込んだ結果、東京証券取引所の時価総額は300兆円弱から450兆円までに急上昇した。GDPが1%程度しか増加していないのに、金融投資だけが異常に膨れ上がっている。安倍首相は時価総額が50%も上昇したので「どや顔」だが、所詮、株式投資は合法カジノ。実体経済の成長がないのに金融投資だけが膨れ上がる現象はバブル以外の何物でもない。これこそ、「異次元」の金融緩和という禁じ手が惹き起こした現象である。
 いずれ、日銀はバブルの進行を食い止めるために、金融緩和政策の手仕舞いを考えなければならなくなる。しかし、アベノミ(ッ)クスの根幹をなす金融政策を転換するのは簡単でない。だから、頂点に達するまでバブルが進むだろう。そして、日本は再び20年数年前と同じ状況に戻る。こうやって、バブル生成と崩壊の歴史が繰り返されるが、バブルへの道を敷いた政治家や政策責任者が責任をとった試しはない。腹が痛くなって引退する程度で許されることではない。

対ユーロ円安基調の原因
 失われた20年という表現や、円高が経済不況の元凶という議論もまことしやかに流されている。しかし、リーマンショック前までの数年間は、空前の円安が続き、株式時価総額も400兆円を超えていた。しかも、この20数年のほとんどは自民党政権の時代であり、第一次安倍政権は円安の真っ只中に成立した。ところが、そんな過去などなかったかのように、今までの政権にできなかった経済政策を展開し、第二次安倍政権が日本経済を救うかのような幻想を与えている。民主党政権の無様さを見せつけられた国民は、救世主のように安倍政権を信じて止まないが、現在の状況はリーマンショック前に戻っただけのこと。しかも、国債発行の日銀引受けという禁じ手を使って。禁じ手を使った「付け」は、倍返しどころか、何倍にもなって国民の負担になってくるはずだ。
 すべての経済現象が「アベノミ(ッ)クス」によって生み出された政策魔術のように宣伝されているが、それは買いかぶりだ。安倍政権が円安誘導政権だという投資家の見通しが円安基調を加速したことは事実だが、基本的な円安の流れは、国際金融投資資金のユーロ投資への回帰によって惹き起こされた。

 リーマンショックによって、ユーロ圏のバブルが弾け、ユーロ圏諸国が軒並み経済危機に陥った。そのため、国際投資資金はリスクオフで、資金をユーロ圏から引き揚げ、ユーロ下落と円高の基調を作った。ギリシア、イタリア、スペイン、ポルトガルなどの経済状況は、今もなお、芳しくない。ところが、一昨年央以降、次第に資金がユーロ圏に戻り始め、2012年第4四半期から資金の本格的な還流が顕著になり、為替は円安ユーロ高基調へと転換した。そこに安倍政権が成立し、円安促進政策でこの基調を後押しした。時期的な一致が「魔術」であるかのような幻想をもたらしているが、アベノミ(ッ)クスそのものが対ユーロ円安基調を生み出したのではない。
 欧州中央銀行が、経済危機に陥った諸国の国債を無制限に引き受けることを決定した結果、ユーロ圏の金融投資がリスクオンになった。ユーロ圏の実体経済が回復しているどころか、回復の見通しはほとんど見えないが、当面、欧州中央銀行がユーロ圏の国債を保証するから、投資するのに躊躇はない。経済危機にある国の国債は利回りが良いから、欧州中央銀行が保証してくれるなら、これほど美味しい投資はない。それが異常なユーロの高騰を帰結している。
 リーマンショック前のユーロバブル期の最後には、1ユーロ=180円近くまでユーロが上昇する超円安だったが、ヨーロッパに住む者の生活実感として、1ユーロ=140円ですら異常相場だ。BigMac指数でみると、対ユーロで日本円は35%以上も過小評価されている。現在のユーロ相場がいつまた暴落するか分からない。ドイツ経済を除き、ユーロ圏の実体経済に好転の見通しはないから、ユーロが高止まりすれば、ユーロ圏の輸出が落ち込み、実体経済の回復などますます期待できないからだ。欧州中央銀行も、無制限に国債引受けを続けることができないことも自明なことだ。いずれまた、危機処理のコスト負担やユーロ圏からの離脱をめぐって、大きな議論が沸き上がろう。その時にはリーマンショック以上の危機が到来するだろう。なぜなら、ユーロ圏自体が抱える根本的矛盾を解決することなく、小手先の政策で危機の先送りをしているだけだからである。先送りしただけ、危機処理のコストは大きくなる。

円の過小評価と貿易収支の悪化
 今日の為替相場は巨大化した国際的金融投資資金の移動に左右される。投資資金は短期的な売買益や利ざやが稼げるところを狙うから、経済状況が堅固な国より、リスクの高い国を中心に資金を回す。
 今議論になっている問題の一つに、円安基調が1年以上も持続しているのに、日本の輸出額が増えず、貿易収支の赤字が増え続けていることがある。アベノミ(ッ)クスの想定では、円安によって輸出が増加し、国内の生産活動が活発化するというシナリオだった。しかし、実際の貿易取引では、輸出は増えず、エネルギー資源を中心として輸入が大幅に増えて、貿易赤字が増え続けている。国民経済レベルでは円安メリットより、円安デメリットの方が大きくなっている。
 もちろん、現地通貨建てで輸出し、円が下がった分だけまるまる為替差益を享受した会社は、笑いが止まらない。何もしなくても、売上げが3割も4割も増えたからだ。しかし、ここに輸出が増えないからくりがある。
 円安になっても、相手国通貨建ての輸出価格を維持しようとすれば、輸出数量を増やすことはできない。現地の販売価格が変わらないからだ。輸出数量を上げるためには、円安に応じて現地の販売価格を下げなければならない。そのために、まず相手国通貨建ての輸出価格を下げる必要がある。しかし、輸出価格を下げれば輸出数量は増えるかもしれないが、為替差益が薄くなる。先進国への輸出の多くは成熟した市場への販売だから、為替が有利になったからといって、輸出価格を下げて、数量を増やす販売戦略に切り替えるのはリスクが大きい。数を売って儲けるより、現在の数量を維持しながら、儲けを増やす方がビジネスとしては確実だ。だから、円安になったからといって、すぐに輸出価格を切り下げて、数量を増やそうという選択にはならない。
 こう考えると、アベノミ(ッ)クスの円安誘導政策には大きな限界があるばかりか、この先も貿易収支の赤字が続けば、円の信認がますます落ちる。そうなれば、日本経済は一時代に戻ってしまう。財界首脳がこれ以上の円安に警告発している理由である。もう日本経済は、通貨を切り下げて儲けようという時代を卒業しているのだ。

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