3月30日の本欄「16歳のパレスチナ少女に実刑投獄8か月」で紹介した、イスラエル占領下ヨルダン川西岸ナビ・サレハ村のアヘド・タミミさん(現在は17歳)が、7月29日、イスラエルの軍監獄から解放され、自宅に帰った。自宅では、彼女を励まし続けた母親はじめ家族と、彼女の解放を要求してデモを繰り返してきた西岸の住民たちが熱烈に歓迎した。
ナビ・サレハ村は、パレスチナ自治区の“首都”ラマラの北西約20キロの村。人口は約600人。94年にパレスチナ解放機構(PLO)とイスラエル政府が調印した先行自治協定では、行政は自治政府、治安はイスラエルが担当するB地区で、イスラエルが全権支配するC地区を順次B地区に移行させることになっていた。しかしその後、逆にイスラエルはCだけでなく、B地区でも入植地を拡大し、軍がパレスチナ住民の抵抗を排除し、そのたびに、多数の住民が死傷するようになった。
ナビ・サレハ村でも、イスラエル軍の守護の下に、村の未耕作地や休耕地をイスラエル人が占拠して入植地を拡大し始めた。これに対して、村民が毎週、素手の抗議デモを実行、軍との衝突も発生した。その先頭にいつも立っていたのがアヘド・タミミさんだった。タミミさんはパレスチナ人の間で「パレスチナのジャンヌダルク」と呼ばれるようになった。タミミさんにはしばしば母親が付き添い、イスラエル兵との接触があるときは、しっかりスマホで撮影し、直ちにフェースブックに投稿した。それは、抗議行動を世界に知らせるとともに、イスラエル軍が暴力を受けたとする弾圧の口実をあたえないためだった。
昨年12月15日、完全武装の兵士二人が自宅近くの道路や畑そして自宅の敷地まで入り込んで踏み荒らしたため、タミミさんが両手で押し返そうとして接触、兵士たちは彼女を抑え込んで、拘束した。その模様を母親が撮影し、直ちにフェースブックに投稿した。軍当局は、兵士の行動を妨げた、投石した、住民を扇動したなど計12件の罪状で軍事法廷で裁いたが、弁護側との司法取引で、うち4件だけ有罪となり投獄8ケ月となった。タミミさんの無罪解放を求める署名が世界中で175万人も集まり、イスラエル政府に突き付けられたことも、タミミさんの量刑短縮に力となったに違いない。
6月に完成したばかりの、分離壁に描かれたタミミさんの肖像(英公共放送BBCの報道写真)
自宅敷地に侵入したイスラエル兵を押し返そうとするタミミさん。昨年12月25日、母親が撮影、SNSで全世界に伝えた。(英公共放送BBCの報道写真)
▼歴史的、宗教的に重要なナビ・サレハ村での出来事
タミミさんの戦いが、署名数でも示されたように国際的に注目されたのは、ナビ・サレハ村が「乳と蜜の流れるパレスチナ」(旧約聖書)を象徴するような、歴史的にも、宗教的にも特別な場所だったこともある。わたしは、6月下旬にパレスチナに行くまで、なぜ「ナビ・サレハ村なのか」に全く気付かなかった。インターネットでNabi SalihをWikipediaで調べると、だれもが驚くだろう。この村が、確かに歴史上記録されるのは、1517年オスマン・トルコ領への併合。しかし村内にはビザンチン帝国(395-1453年)時代の遺跡、建造物の遺物が豊富に散在している。
イスラム教では、サレハ(サリハ)は、教祖ムハンマドが、布教と様々な問題の解決のために各地で人々を指導した28人の預言者の一人として挙げている。預言者サレハ(サリハ)は、北アラビアの豊かなこの地で、豊かさゆえに、住民のサムード族がアラーの恵みを忘れてしまうことを厳しく戒めたことを、イスラム文献では繰り返し書いている。
歴史豊かなサレハ村の住民としての誇りが、タミミさんのひるむことない抵抗を支えているに違いない、とパレスチナで思った。 今回パレスチナに行って最も知りたかったことは、イスラエルが占領地で入植地と分離壁の建設を進め、パレスチナ人が自由に支配する土地がますます狭くなり、分断されているなかで、パレスチナ人住民は民族としての誇りを失っていないか、子供たちをしっかり教育しているか、希望を失っていないか、ということだった。そして、大丈夫、イスラエルが占領支配を強化しても、パレスチナ住民は、民族の誇りを失うことも、占領支配への抵抗をやめることも、子供たちへのしっかりした教育をやめることもない、とおもった。それは、根拠のない、空想的な希望的観測ではない。様々な住民たち、 さまざまな援助、支援に携わる日本からの方たちからも話を聞いたうえでの、感想だった。タミミさんの行動を、なぜBBCが大きく全世界に報道し、タミミさんの解放をイスラエル当局に要求する書名が短期間に175万人も集まったか、いまはよく分かった。 (了)
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