“イスラム国樹立”宣言が示す歴史と現実 ―イラク、最悪の宗派間内戦(2)

著者: 坂井定雄 さかいさだお : 龍谷大学名誉教授
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イラクとシリアで活動する、イスラム教スンニ派の過激な聖戦主義武装組織「イラク・シリア・イスラム国」(ISIS)は6月29日、現存の国家と国境を無視した「イスラム国」を樹立し、そのカリフ(首長)は同組織リーダーのアブ・バクル・アル・バグダディだと発表した。組織名ISISも「イスラム国」に改称した。

▼国と国境を無視
「イスラム国」のイラク・シリア両国にまたがる現支配地域は、シリアの第2の都市アレッポから、イラクのイラン国境に接するディアラ州までの、最大で東西約800キロ、南北約400キロで、トルコ国境にも接する中東のど真ん中。6月に政府軍から奪ったイラク第2の都市モスルやバグダッド西方70キロのファルージャなども含まれている。シリア側では、7月に入ってもイラク国境近くで残された町や油田を新たに支配した。「イスラム国」は、「すべてのイスラム教徒の国家である」として、「イスラム国に来て、国の建設に参加するよう」世界中のイスラム教徒に呼びかけた。「イスラム国」の戦闘員は少なくとも1万人程度と見られており、うちヨーロッパやアラブ諸国、北アフリカ、中央アジアなどからのイスラム教徒が少なくとも1~2割はいるようだ。ロンドンのキングス・カレッジ急進化研究センターの報告では、昨年12月現在、74か国から1万1千人に達する外国人がシリアやイラクのイスラム過激派に参加しているというが、前身のISISに外国人が増えていたことは事実だ。
一方、求心力を失っているマリキ政権下のイラク政府軍はイラン、米国、ロシアの援助も受けて奪回作戦を展開しつつあるが、「イスラム国」を押しつぶすのは容易ではないだろう。政府軍にとっての勝利の”鍵“は、ISISに協力してきた、スンニ派の部族勢力、旧フセイン政権の生き残りのバース党勢力などを「イスラム国」から引き離すことだが、マリキ政権とシーア派主体の軍や警察へのスンニ派国民の反感が強いのは、前稿の通りだ。
イラクのことを最もよく知っており、広い取材網を持って報道している英BBCのポール・アダムス中東デスクは、首都バグダッドから分析するー「ISISの発表したビデオ映像と声明を、プロパガンダに過ぎないと無視することはたやすい。しかし、首長国樹立の発表は、宗教的、文化的、歴史的な重要性に富んでいる。ISISスポークスマンのアブ・アドナニが言ったように、何世代ものスンニ過激派は、恥辱と不名誉を振り払い、現代中東の混沌と混乱、不公正と離別する新たな首長国を樹立するときを夢見てきたのだ。」
第1次世界大戦で敗北したオスマン・トルコの領土を英国とフランスが分割したサイクス・ピコ協定が現代中東の紛争の根源であることは、言うまでもないが、国際的承認など得られるはずもないイスラム首長国樹立宣言に、BBCの中東担当デスクがここまで書き及んだことに、注目した。

▼アルカイダと決別
「首長」になったバグダディは1971年、イラク中部の都市サマラの信仰深い一家に生まれ、90年代後半にバグダッド大学で博士号を得たという。2003年のイラク戦争でフセイン政権が崩壊、米軍の占領下で離散し、地下に潜った旧支配政党バース党とイラク軍の残党が、激しい反米武装闘争を始めた。その中で、故ビンラディン傘下の国際テロ組織アルカイダも、イラクで反米武装組織「イラク・イスラム国」(ISI)を結成、米軍とシーア派に対する爆弾テロ攻撃を開始した。バグダディは当初、ヨルダン国境に近いアンバル州の反米組織に加わったが、逮捕され、米軍監獄に投獄された。しかし、“小者”と見られて釈放され、ISIに加わった。バグダディはメキメキ頭角を現し、2010年には米軍に殺されたリーダーに代わる指導者になった。
間もなくバグダディは、スンニ派住民さえ犠牲になる爆弾テロを繰り広げるISIの作戦に反対。ビンラディン死亡後、後を継いだザワヒリはじめパキスタンを本拠地にするアルカイダ指導部と対立、2013年4月、ISIから離れてISISを結成した。アルカイダ指導部は無差別な国際的反米テロ路線だが、バグダディとISISはイラクとシリア以外での国際的行動に関心を示さなかった。バグダディはスンニ派の諸武装勢力や部族との関係改善に努め、米軍の援助で結成した中部ファルージャなどのスンニ派部族武装勢力と協力して、テロ勢力の一掃に成功した。アルカイダ直系のISI戦闘員……………-*の大部分がISISに転身した。
ISISはシリア内戦にも介入し始め、アルカイダがシリアに結成した反政府武装勢力ナスラ戦線を統合することを宣言した。しかしアルカイダ側はそれを拒否。ISISは独自にシリアで作戦を開始、他のシリア反政府勢力と競合しながら、北部の町や村を支配下におさめた。その本拠地になった人口約50万人の北西部の町ラッカでは、女性へのベールの強制、飲酒・喫煙の禁止、犯罪者には手の切断などの刑罰などをくだすことをはじめ、厳しいイスラム法を実施している。現地からの報道によると、もともとイスラム信仰が強いこともあり、治安が良く、食料やガソリンの供給も改善したためか、住民の生活は落ち着いているが、スンニ派以外の住民からは不満が強いようだ。
ISISはシリア北部の支配で、産出する原油をトルコに密輸出、歴史的美術品を密売して資金源にした。イラクでは第2の都市モスルで国立銀行から4億ドルを奪うなどして資金を潤沢にし、武器を豊富に購入しているという。上記の急進化研究センター長のニューマン教授は最近、ISISの現金資産は20億ドルに達していると推定していた。(続く)

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