シリア人を中心とする大量難民の欧州移動はすでに人道的ロマンティシズムを超えた当該社会のアイデンティティにかかわる問題になりつつある。
すでに2ヶ月以上前から、ハンガリー政府はギリシア、マケドニア、セルビアを経由して、EUのシェンゲン条約(EU内自由移動圏)境界であるハンガリーへ入国しようとする大量難民の対策を指示していた。本来であれば、難民が最初に到達したEU国であるギリシアで難民登録が実施されなければならないが、そこを素通りしているため、次のシェンゲン条約の境界にあたるハンガリーがEU加盟国としての難民対応を迫られている。ハンガリー政府が国境に鉄条網を張ることを決定した当時、冷戦時代への逆行だという国際的非難が投げかけられた。しかし、これほどの大量難民に仮の住居を与えることも、難民登録することも、不可能である。数十人程度の流入であれば、なんとか対処できるものの、連日千人を超える難民が入国すれば、ハンガリーがダブリン条約に規定された義務を遂行することは不可能である。もしそれを実行しようとすれば、多くの難民を長期間にわたって、国境地域に留め置くことが必要になる。
シリア人たちの難民流入者がさらに増加したのは、ドイツのメルケル首相が限度なく受け入れると表明した9月5日以降である。メルケル首相はEUの難民の対応措置を決めたダブリン条約(最初のEU到着国で難民申請・登録を行う)を停止して、ハンガリーからの難民を全面的に受け入れることを宣言した。その表明を受けてからシリアから出発した数千の人々が、5~6日かけて、セルビアからハンガリー国境にたどり着いた。
ところが、連日到着する難民の数があまりに多く、ドイツの入り口にあたるミュンヘンとその近郊で混乱が続いていることから、メルケル首相も言い訳して宣言を修正することになった。無制限受入れを表明したメルケル首相には国内からも批判が強く、メルケル首相も、「誰でも無条件と言うことではなく、経済的難民は対象外である」と、再度表明することを余儀なくされた。それに伴い、オーストリアとの国境で入国管理を実施し、経済的な難民を排除する姿勢を明確にした。当初はハンガリーから最初に出発した列車が途中で停止し、難民を下ろして難民キャンプに移動させたことをナチスドイツに例えていたオーストリアも、ドイツに習って、ハンガリーとの国境での入国管理を実施することになり、列車のみならず、ウィーンとブダペストを結ぶ高速道路を上下線とも閉鎖した。
こうして、オーストリアもドイツも、国際列車運行を一時的に止め、入国管理を導入して、難民流入の入り口を狭める措置を導入した。明らかにハンガリー政府を一方的に非難していたドイツやオーストリアの政治家は、事態の深刻さを過小評価していた。
ハンガリー政府は9月15日深夜を期限に、入国管理の検問所のないハンガリー国境線からの入国を厳格に取り締まる法律を発効させ、指定の出入国地点以外の往来を禁止した。この国境閉鎖を前に、セルビアから数千人の難民がハンガリー領に入った。
今後、ハンガリー政府は経済難民と認定された人々や不法入国者をセルビア領へ戻す措置をとる。セルビアやギリシアは平和地域だから、難民はまずそこで難民申請を行うべきだという論理である。しかし、セルビアはギリシアへ送還するのが筋だと主張しており、もう難民の取り扱いをめぐるさや当てが始まっている。
シェンゲン条約国への入国
鉄条網があろうがなかろうが、検問所を通らない国境通過は不法入国である。それは世界の法治国家の共通のルールである。国境線にフェンスを作ったら「グアンタナモ基地」だと騒ぎ、難民の取り扱いがぞんざいだから非人道的だという報道は、事の本質を見誤っている。フェンスがないから誰もが、何時でも自由に入国できるわけではない。シェンゲン条約の境界線での入国管理は、誰もが受けなければならない法的義務である。難民だから、そこを省略して良いという議論は論外である。
観光客であっても、EUシェンゲン条約国への入国にあたってはパスポートの渡航履歴が念入りにチェックされる。欧州に展開している日系企業は、日本人派遣社員の経費を節約するために、長期出張で対応することがある。しかし、過去1年間に、EU加盟国での居住が6ヶ月を超える日本人出張者は入国審査ではねられ、その場で日本への帰国が命じられる。これは日系企業が良く経験している事例である。
国際ルールとして、当該国あるいはEU圏に半年以上居住する場合は、居住許可を取得することが義務になっている。所得税の納付も、居住国で行うのが国際的ルールである。6ヶ月以上の滞在には、当該国の滞在許可証がなければならない。滞在許可証を保持していない日本人社員は、最初に到着したEU国の入国審査で排除される。
観光でなく、経済的活動で金銭的な支払いが伴う人物の入国は、短期間であっても、短期の労働許可証を事前に取得していなければ、同じく入国が許可されない。また、長期の労働ビザ=滞在許可を得るためには、事前に、当該国の駐日大使館で事前に必要なビザを取得しなければ渡航できない。また、長期労働に従事する場合の労働ビザ取得は簡単ではなく、国によって労働ビザ取得の難易度が異なるが、一定の時間を要する点はどこも同じである。
このように、EU域内はパスポートなしでも移動可能だが、最初にEU加盟国に入国する場合には、厳しい審査が待ち受けている。パスポートの履歴をそれほどチェックしないケースもあるが、最近はどの国でもかなり厳しいチェックが行われている。
通常の難民認定
通常の経済活動に従事する者の審査以上に厳しいのが、難民認定である。ハンガリーの場合は、一応、認定期間は30日と定められているが、必要書類が整っていない場合はその期間は無限に延長される。ドイツですら、難民認定に数ヶ月から1年もかかる。
現在、ハンガリー国境に押し寄せる「難民」の多くはシリア人だが、実態は多様で、コソボ人、パキスタン人、アフガン人、イラク人など多様な人々が混じっている。パスポートを持っている者もいれば、持たない者もいる。偽造パスポートの可能性もある。ISの戦闘員が混ざっていることも十分考えられる。そういう「難民」が1日に千人以上も国境に到着したら、ハンガリー政府は手の打ちようがない。難民認定を厳密にすれば、何万人もの難民がハンガリー国境に放置される。
ドイツのメルケル首相はドイツへの入国を「歓迎」し、難民認定をドイツで行うことを決定したが、それが難民流入を加速させたことは否めない。「何時でも誰でも歓迎するから来なさい」と言えば、それならとお金を集めて、ハンガリーへ向かったシリア人も多いはずだ。その煽りを受けたハンガリーの措置にたいして、非人道的だのナチスのようだなどと批判するのは、無責任極まりない。「ドイツが受入れると言っているのだから、国境を自由に通過させろ。国境にフェンスを立てるなど、グアンタナモ基地と同じだ」などという論理は通らない。
実際、CNNの特派員がハンガリー政府の難民対応を非難し、欧州の西側諸国もハンガリー政府の対応を非人道的と非難してきた。その背景には、ハンガリーの民族主義的右派政権と欧米諸国との関係が良くなく、腐敗にまみれ国民の支持を失ったハンガリーの「左翼」勢力が、ハンガリー国外の欧州左翼の力を借りて外からハンガリー政府批判を行っているという事情がある。オーストリアの社会民主党政権がハンガリーのオルバン首相をヒットラーに例えるのは、1956年にウィーンに亡命し、ウィーンのメディア界の重鎮になった元新聞記者ポール・レンドヴァイから借りた知恵である。アメリカ政府との関係も良くない。だから、何事にも付け、ハンガリーの措置は反民主主義、オルバン首相は偏狭な右翼民族主義、排外主義の全体主義者というレッテルが貼られ、それを欧米のジャーナリストが枕詞のように使っている。西側からハンガリーにたいするこうした非難が繰り返されるのが、ここ数年の慣例になっている。
しかし、ハンガリーの実態を良く知っている人々は、ハンガリーが一方的に、かつイデオロギー的に非難されるのは、公平性に欠けると考えている。現在の難民問題はイデオロギーを超えた当該社会のアイデンティティの問題なっており、人道支援の域を遙かに超えている。新潟や福岡に、北朝鮮からの難民が1日千人単位で到着したことを想定してみれば、問題の深刻さが分かる。
なぜ旧東欧諸国が難民受入に抵抗するのか
フランスは旧植民地からの移民を受け入れてきた歴史があり、難民の受入れにそれほどの抵抗感はない。ドイツも第二次世界大戦におけるユダヤ人迫害・虐殺の歴史から人道的支援には積極的で、すでに一昔前からトルコや旧ユーゴスラビアのゲストワーカーを受け入れてきた歴史もあり、ドイツは多民族国家に変貌しつつある。ミュンヘンの地下鉄に乗ると、一瞬、どこの国にいるのか分からなくなるほど、多種の言語が聞こえてくる。ゲストワーカーやイスラム圏の人々の他に、ロシア語も聞こえてくる。大きな列車の中央駅の内部はきちんと清掃されているが、駅周辺の路地は国外から移住したと思われる多様な人々が小さな店舗を構える雑居路地に変わり、綺麗に清掃された昔のドイツの路地とは様変わりしている。ゲストワーカーや移民労働者は、ドイツ人が嫌がる仕事に従事している場合が多く、すでにこれらの労働力の存在は当該社会にビルトインされている。それで良いと考えているドイツ人もいれば、社会の変貌を嘆くドイツ人もいる。表向き、歓迎の意思を表明しているからと言って、それが社会全体の意思であるとは限らない。
これにたいして、旧東欧諸国は市場経済の発展途上にあり、失業率も高い。したがって、難民を労働力として計算することはできない。難民の社会保険や居住施設の確保を行う余裕もない。さらに、東欧の小国はキリスト教文化で一体化しており、そこにキリスト教社会との同化を拒む異教・異文化の集団を受け入れることを望んでいない。旧東欧諸国にはすでに中国人がかなりの数で移住しており、彼らもまた集団的に生活して、当該社会との同化を望んでいないように見えるが、少なくとも宗教的な意味での対立軸を持っていない。それが小さな集団に留まっている限り、社会的なコンフリクトは起きない。
日本にとって対岸の火事か
現在の難民問題を振り返ってみれば、その発端はアメリカのイラク侵略戦争にある。イラク戦争以後、中東地域が不安定化しただけでなく、通常の国際移動にも、多くの制限がかけられるようになった。爪切りまで刃物扱いを受けて没収され、水分の入った容器の持ち込みが制限されるなど、ふつうの旅行にすらさまざまな制限がかかるようになった。
ブッシュの戦争は、中東世界という蜂の巣を突いて、蜂が四方八方に飛び散る状態を惹き起こした。この戦争をいち早く支持し、軍隊を派遣したイギリスやフランスなどの諸国はアメリカと同罪である。支援根拠が薄弱なまま、アメリカの後尾を追いかけた日本にも、それなりの責任がある。そして、旧東欧諸国はこぞってアメリカのイラク侵略戦争を支援し、ハンガリーは軍隊まで派遣した(ジュルチャーニィの社会党政権)。それが回り回って、難民の大量流入という形でつけが回ってくるとは誰も思わなかっただろうが、中東世界を壊した一端を担ったのなら、その結末の一部を受け入れることは拒否できまい。
ところで、イラク戦争を始めたアメリカはどうか。オバマ大統領は難民を1万人引き受けることを表明したが、受入れ数の桁が二つほど間違っていないか。現在の難民問題はアメリカ自らが惹き起こした戦争の結末である。他人事ではないはずだが、アメリカには当事者意識が欠如している。
アメリカがこうなら、アメリカの尻を追いかけてきた日本に、当事者意識などあろうはずもない。アメリカ以上に他人事だ。こういう脳天気な日本が、アメリカの戦争に荷担したらどうなるのか。その結末を引き受ける覚悟など、まったくないだろう。ぼんぼん宰相には思いも付かないことだろう。ぼんぼん宰相の浅知恵が国を滅ぼすのだ。
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