イラク、「イスラム国」掃討に挙国体制へーカギ握るスンニ派武装勢力(下)

著者: 坂井定雄 さかいさだお : 龍谷大学名誉教授
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イラク報道では断然強い英BBCの電子版は8月29日、「スンニ派武装勢力は『イスラム国(IS)に立ち向かう用意がある』」と題した、現地取材陣の代表格のジム・ミュール記者による注目すべきインタビュー記事を掲載した。取材に答えたのは(上)でも触れた、スンニ派の地元武装勢力の活動で有名な、イラク中部アンバル州ファルージャの指導者の一人、モハマド・アル・ズバーイ。
全国各地のスンニ派武装勢力は、非公然の緩い軍事評議会で協議しながら、シーア派偏重のマリキ政権に抵抗、同じスンニ派のISに協力してきた。しかし、ISは支配地域でシーア派や他宗派住民を残虐に扱い、スンニ派一般住民だけでなく部族勢力に対しても、ISの命令に従うか、武装解除するかの選択を強いるようになったため、地元勢力側の反感が高まっているという。最近、ファルージャの近くで、地元武装勢力とISが衝突、IS側に16人の死者が出る事件が発生したことも、ズバーイは明らかにした。
ズバーイは、辞任したマリキ首相の後を継ぐ政権が、シーア派偏重を止め、スンニ派やクルド人にも十分配慮する体制になり、米国と国際社会がそれを保障するならば、「全国のスンニ派武装勢力はISに立ち向かう用意がある」と明言した。BBCによると、スンニ派武装勢力の軍事評議会の有力メンバーが、ISとの協力から敵対へと転換する「用意がある」と明言したのは初めてだという。
ズバーイは、新政権では各派がそれなりに満足する権力分配が必要であり、そのために米国が影響力を行使するよう、「スンニ派武装勢力は米国に文書で求めたが、まだ実質的な回答はない」と述べた。
しかし、米国のケリー国務長官が、アバディ首相の新政権発足をいち早く「画期的なことだ」と高く評価し、「『イスラム国』を包囲する世界的な連合ができる」と発表したことは、スンニ派武装勢力との接触がすでに進んでいたのではないか、とも推測させる。
BBCが報道した、ズバーイの発言を、以下に抜粋しようー
「われわれは米国から銃を求めてはいない。われわれが求めているのは、米国がバグダッドの政権に政治的解決をさせることだ。」
「ISの問題は終るだろう。もし米国がこの解決を保障するなら、我々はISを駆逐する」
「ISと同居することは、燃える石炭を手に持っているようなものだ。彼らは、他の旗が彼らの旗とともに揚げられるのを受け入れない」
「われわれはISとの全面的対決か、ISのもとで頭を下げておとなしくするか、の選択を迫られた。そのときには、われわれは頭を下げることを決めた。ISと戦う準備がなかったからだ」
ズバーイによると、イラク北西部のクルド人自治区とその周辺地域へのISの電撃的な進出は、強力なクルド人民兵部隊「ペシュメルガ」の逆襲を招き、ISが支配した町や村は経済封鎖された。スンニ派勢力は、米軍の空爆はじめ介入する他国による攻撃で、ISと同一視され、スンニ派の町や村がひどく破壊されることを恐れているという。
「スンニ派は、だれもが彼らを敵視し、攻撃目標にしていると感じている」
「最悪なことは、これ以上失うものは何もないことに、気づくことだ。状況は非常に悪く、さらに悪くなる一方だ。」
「われわれの最大の関心は政治的解決だ。軍事的解決は何ももたらさない。空爆は止めるべきだ」
スンニ派の武装勢力、地元部族勢力は、国際的な後援の下に、ISとシーア派民兵組織を除外した国民和解会議の開催を求めている。
ズバーイによると、スンニ派武装勢力は90%の部族を動員でき、彼らだけが、外部の援助なしにISを制圧できる。一方、前政権下の政府軍は戦場での戦いでも、バグダッド防衛でも役に立たず、マリキはシーア派民兵と新たな志願兵に頼らざるを得なかった。もし、バグダッドでの政治的一致のないまま、アバディ新政権が米空爆の支援の下に、前政権と同じようにIS支配下のスンニ派地域を攻撃すれば、米国は最も避けたかった宗派間内戦の一方だけを支援していることに気づくだろう。だがスンニ派武装勢力、地元部族勢力がIS攻撃に参加すれば、事態はまったく変わる―とズバーイは断言した。
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イラクで支配地域を電撃的に拡大したISは、米軍の空爆支援を得た政府軍やクルド人民兵部隊の反撃を受け、一部では支配した町や地域、ダム周辺から撤退してはいるが、外国からの志願者を含め兵力と車両を増やして、さらに戦線を拡大しようとしている。しかし、アバディ新政権の下で、スンニ派も含めた挙国体制ができれば、ズバーイの言う通りスンニ派武装勢力、部族勢力がISとの戦いに加わり、ISをイラクから駆逐することが可能になるだろう。
スンニ派とシーア派の宗派抗争の根は深く、広い。心から信頼し合う挙国一致体制は難しい。しかし、ISを駆逐するための緊急体制で合意し、共闘態勢は作れるのではないだろうか。軍事的には、ISに支配されている第2の都市モスル(人口約150万)を市民多数の犠牲なしに解放することなど、難しい問題もあるが、あまり月日をかけずにIS駆逐をできるはずだ。
しかし、イラクから駆逐することができても、ISはシリア領に撤退するだけで、シリア北部、西部の「イスラム国」は、ますます支配を固めるだろう。ISと戦うべきシリアのアサド政権は、首都から地中海岸に至る地域を固めるのに精一杯のありさま。
オバマ政権は、ようやくシリア領内のISに空爆を拡大する方針を決めたが、空爆の打撃効果は戦術的でしかない。宣伝が先行している「国際的IS包囲網」がどこまでISを追い詰めることができるか。国際社会の課題は重い。

 

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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