2015.11.15 21世紀が始まった年の9月11日、米国で同時多発テロが起こり、世界は、宗教戦争の様相を孕んだ、危機の時代に入りました。そして、パリの「13日の金曜日」の虐殺、サッカー・スタジアムや劇場・レストランなど8カ所での同時多発テロ・無差別自爆殺人で、120人以上の死者。暴力と暴力が応酬する時代が、続いているようです。暗澹たる想い。もっともパリでは1月に風刺画でムハマドを冒涜したとする「シャルリー・エブド」襲撃事件がありました。ロシア人ら224人の生命が奪われたエジプトでの民間航空機墜落事件は、シリアでの空爆に踏み切ったロシアへのISによる報復とする見方が、有力です。「21世紀の民族大移動」といわれる、ドイツなどヨーロッパ諸国への難民流入も、シリア内戦とIS、イスラム教内部の宗教的対立やクルド民族問題などが重層した、複雑な構図です。欧米・ロシアの空爆・掃討作戦で片がつくとは思われません。フランスもロシアも、IS掃討作戦に深くコミットしたことが、報復を呼び起こしたともいえます。米英による無人機ドローンを使ったIS要人攻撃、空爆による民間人被害も、数百万人の難民の国外脱出を増幅しています。
しかし、この「憎しみの連鎖」の始まりは、ある程度特定できます。2001年の米国です。9.11直後から世界で語られたのは、「報復の連鎖を止めよう!」という反戦平和の声でした。ジョン・レノンの「イマジン」が世界中で歌われました。しかしアメリカのブッシュ政権によって、アフガニスタン、イラクへの「対テロ」報復戦争が強行されました。世界社会フォーラムがよびかけた、2003年2月15日のイラク戦争反対の統一行動には、全世界で1500万人もの人々が、街頭に出ました。日本では「100人の地球村」が、ベストセラーになりました。本サイトの「イマジン」コーナーは、9.11への非戦・反戦運動の中で、設けられました。米国のアフガニスタン武力介入は、15年たっても撤退できない泥沼化、そして、あの「大量破壊兵器」を口実にした米国のイラク戦争が、今日のIS=イスラム国誕生の直接の土壌になりました。今日では、CIAの大量破壊兵器情報が誤りであったことが、明らかになっています。多国籍軍で、アメリカと共に中心になったイギリスのブレア首相(当時)は、この10月25日のCNNインタビューで、イラク戦争の誤りを認め、謝罪しました。そのアフガン・イラク戦争の標的とされたアルカイーダ系から派生したイスラム原理主義過激派と、米国に徹底弾圧された旧イラク軍の一部が、今日のISの地域「テロ支配」と「報復戦争」の主力となっている、とみられます。今日の「憎しみの連鎖」は、米国の「対テロ」戦争から始まったものです。それによって、日本と日本人は、米国の従僕と同一視されて、テロの標的となる危険を高めたのです。
日本政府は、いまだに米国のイラク戦争を支持した過去を、全く反省していません。日本の自衛隊の海外派遣は、いうまでもなく、イラクから本格化しました。その延長上で、日米同盟の強化と、今夏の集団的自衛権発動を含む戦争法制定が決められました。20世紀末の湾岸戦争の頃までは、まだ外交青書などで語られて、日米同盟の前提となる柱であった、国連中心主義、国際法と国際組織への貢献は、今では滅多に使われず、後景に退きました。それどころか、南京大虐殺のユネスコ記憶遺産登録を機に、国際社会から敢えて孤立しようとする動きも、強まっています。後藤健二さんらを人質にとられても、安倍首相はわざわざ中東まででかけて、米国の対IS戦争支持を表明し、ISの側からは、標的国の一つにされました。すでにチュニジアやバングラデシュで、日本人の犠牲者が出ています。今回のパリでの日本料理店攻撃(流れ弾?)は、偶然でしょうか。オバマ大統領、プーチン大統領、安倍首相を始め、G20 首脳がトルコに集まる時機に、パリの大虐殺が起こったのは、偶然でしょうか。主催国のトルコ自身が、シリア情勢・クルド問題・IS問題に深く組み込まれ、不安定になっています。安倍首相が、ここで米国に従順に自衛隊派遣や武器輸出など派手なパフォーマンスを採ると、ISとの関係では、日本人の生命の危機が、いっそう高まるでしょう。かつて中東では好意的にみられていた、この極東の狭い非イスラム国には、原発・米軍基地・大劇場・大スタジアム等々、IS自爆テロの広報効果を最大化できる標的が、いくらでもあります。海外在住の日本人も、125万人にのぼります。日本外交に必要なのは、まずは中東情勢を冷静に分析し、隣国韓国や中国との関係を早急に回復して、米国ばかりでなく、国際社会全体の中での安全保障と日本の役割を組み立て直すことでしょう。残念ながら、現在の安倍首相に、それを期待することはできませんが。国家としてイラク戦争を反省できないのは、それが誤りであっても、国策だったからでしょう。
この国は、過去の国策の誤りを、正面から認めようとしません。前回更新でも強調したように、今日のアジア諸国との外交的困難の多くも、その歴史認識に由来します。南京大虐殺、従軍慰安婦、関東軍731部隊の細菌戦・人体実験など、事実関係の基本は歴史的にはっきりしているのに、それをあれこれ口実をみつけて否定しようとします。たとえば南京大虐殺の犠牲者が、仮に中国側の主張する30万人ではなく、4万人ないし2万人だとしても、なぜそれが「大虐殺」とよばれることを好まず、「南京事件」とか「南京戦」と言い換えようとするのでしょうか。虐殺=massacreという表現は、今回の(たった100人!?)のパリのテロでも、いたるところで使われています。言葉の問題ではありません。ようやく日中韓で合意された、「歴史を直視する」ことが、求められているのです。この間、情報収集センター(歴史探偵)の「731部隊二木秀雄の免責と復権」(2015夏版)の延長上で、10月15日に神田・如水会館・新三木会で「戦争の記憶」、10月18日に日本ユーラシア協会で「ゾルゲ事件と731部隊」の公開講演を行いました。このうち新三木会での話のテープ起こし原稿をもとに、講演録「戦争の記憶:ゾルゲ事件、731部隊、シベリア抑留」が、画像付きで臨場感ある記録になりましたので、公開しました。その後、皆さんのご指摘や読み直しで、いくつかの誤りもみつかりましたので、「戦争の記憶:ゾルゲ事件、731部隊、シベリア抑留」を、逐次修正・改訂してゆきます。『週刊読書人』10月9日号に、ロベルト・ユンク『原子力帝国』再刊本(日本経済評論社)の書評を書きましたので、アップ。現代史料出版の加藤哲郎編集・解説『CIA日本人ファイル』全12巻は、高価ですが幸い好評で、国内外の大学図書館等に入れていただき、さらに要望があるとのことで、編集中の続編『CIA日本問題ファイル』全2巻の概要を、予告ビラで紹介しておきます。学術論文データベ ースの深草徹「安保法廃止のために」(2015.11)のほか、今年の夏前に公刊された論文集収録の拙稿、「米国の占領政策ーー検閲と宣伝」(波多野・東郷編『歴史問題ハンドブック』岩波現代全書、2015年6月)、「占領期における原爆・原子力言説と検閲」(木村朗・高橋博子編『核時代の神話と虚像』(明石書店、2015年7月)を 研究室に入れましたので、ご笑覧ください。なお、次回更新は、今月末からしばらくオーストラリア滞在のため、12月10日頃の予定です。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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