――八ヶ岳山麓から(369)――
ウクライナ戦争に関しては、中国のネットにかなりの変化がみられるようになった。中国在住の友人によれば、「ロシア支援」と「勝方支援」のふたつの傾向があるという。
私が読んだ中には、ロシアが負けたら、キャフタ条約・アイグン条約・北京条約などでロシアに強奪された清帝国の領土を取り返すとか、ロシア人は日本人に次ぐ人殺しだと積年の恨みをぶちまけるものもあった。意外にも中国が「一帯一路」の拠点としてウクライナにかなりの投資をし、6000人余りの中国人が滞在していた事実に言及したものはなかった。
以下、「ウクライナ寄り」でありながら比較的穏健な分析をしている「深度」なる人物の論文「ウクライナ戦争はどちらかの徹底的敗北をもって終わる」(短评社 2022・03・24)を中心にネット上のウクライナ戦争論を紹介したい。
勝敗の行方
深度氏は、開戦直後3日間のウクライナ側の抵抗の強さを指摘する。これによってウクライナ人のロシア軍に対する恐怖心は消しとび、同時に国際的驚きと大量の援助をもたらしたという。
また宣伝力に注目して、ゼレンスキー演説を挙げる。ヨーロッパで最も貧しく国際的影響力の小さい、とりわけ長年の政治的混乱状態にあった国家が突然全世界の関心の的となり、かつ絶大な支持と同情を得て、ほとんど無限の戦争資源を獲得したと評価する。
――ゼレンスキーの英雄的気概を示した演説によって国際的影響力は空前のレベルとなった。3月1日の欧州議会、3月5日のアメリカ議会でのテレビ演説で彼は天賦の才を発揮した。これによって兵器の供与と人道支援などが高まり、アメリカの援助は136億ドルに達した(3月17日には5億ドルの追加支援)。
――ゼレンスキーは、戦争は4月末までは続くとみており、「ウクライナ戦争の和平協議は最も早くても1週間後、遅れれば5月になる」といった。ここには徹底抗戦の決意とともに、戦局に対する自信が反映している。ウクライナ側はロシアの戦争資源がこの期間に底をつくと判断している。
――ロシアは、かりに勝ったとしても辛勝だ。西側に包囲された状態では、経済・金融・エネルギーなどの領域では制裁が長引き多大な損失を受ける。しかも西側国家の民衆の多くは、ウクライナと難民への援助の負担を引き受ける気概がある。
ここからは筆者(阿部)の意見。
ウクライナの抵抗が強力なのは、戦場が自国であることが第一だと思う。いまのところは経済制裁よりも、アメリカなど西側の対戦車ミサイルや高性能のドローン、通信手段、さらには精密な軍事情報などの各種軍事援助があるからだ。
またもともとドンバス地区(ドネツク州・ルハンスク州)ではウクライナ軍とロシア側武装勢力との戦闘状態が8年間もあり、そこでの戦いによってウクライナ軍は練度を上げていたこともあると思う。
和平の条件
深度氏は、核心問題はクリミアとドンバス地区の帰属問題に絞られている、ロシアはこの両地区を戦争以前から実効支配しているから、積極的に交渉の対象とする気はないだろうという。また(矛盾するが)深度氏は、ロシアは戦況によっては、クリミアとドンバス地区の領有という目標を達成したとして、一方的に両地区の領有を宣言して撤兵する可能性があるという。
だから深度氏は、この戦争はフィンランド戦争と同じ結果になるかもしれないと懸念する。1939年11月ソ連はフィンランドに侵攻した。フィンランドは1940年3月まで戦ったが、犠牲の大きかったことから国土の10%、工業生産の20%が集中する地域をソ連に譲り渡すという屈辱的ともいえる条件を飲んで講和した。深度氏はこれについて、
――ウクライナ側にしてみれば、クリミアとドンバスの割譲が条件では戦争をやめるわけにはいかない。領土割譲はゼレンスキーら指導者にとって政治生命にかかわる重要事項だ、誰だって国土喪失の歴史的責任は取りたくないだろう。
深度氏が論評を執筆した時には、まだウクライナ側からの「軍事的中立」「NATO不加盟」の条件は提案されていなかったから、こういう考えになる。
戦後処理をめぐって
深度氏は、戦後処理について以下のように予測する。
――西側国家から見たとき、アメリカをはじめNATO諸国は、戦闘の終結でよしとするか、それともこれを奇貨としてロシアを二度と他国に出兵できないまでに瓦解させるか。どちらかといえば、後者の確率は高い。3月11日バイデンは「ロシアのウクライナ侵攻の責任を追及する」「同盟国とともにプーチンに対して経済的圧力をかけ続ける。さらにロシアを国際的に孤立させる」と発言した。ロシアの国際的孤立は(勝利したとしても)戦後も長びくだろう。
また深度氏は、ロシア敗戦後の国際関係について楽観的な見通しを述べている。
――ソ連の継承者(すなわちプーチン)は戦争を生んだ理由で下野を迫られる可能性がある。独裁者の政治は国際的市場を失い、国際的力関係と秩序はこれによって作りなおされる。道徳の力が呼び起こされ、(民主主義・基本的人権・法の支配か、それとも専制支配かという)価値観外交が再度立ち上がる。戦争の形も革命的変化を遂げる。
深度氏は国際関係は変るというが、国連についてはまったく考えていない。国連は紛争当事者が常任理事国の場合、拒否権を発動すれば何もできない。中国もロシアもアメリカも、自国に都合の悪いときは遠慮なく拒否権を発動してきた。いまウクライナ戦争は国連が新たな組織原則を取り入れるか、それが不可能だとすれば別の強力な国際組織が必要なことを示している。
さらに深度氏には、プーチンが核を脅しにNATOの軍事介入を牽制している事実や、核保有国としての中国はどうあるべきかについて考えた跡がない。核と台湾は、中国にとって最も「敏感」な問題であるがゆえに触れることができないのかもしれないが、バイデンがいまクギを刺さない限り、中国による台湾侵攻でも核で脅せば西側は手を出さないというメッセージを送ることになる。
さて中国はどうするか
ネット上での「ウクライナびいき」は、戦争が長引けば西側のロシアに対する非軍事的制裁が功を奏する、そして確実にロシアは敗北すると見ている。
深度氏は「竜は浅瀬ではエビにからかわれ、虎は平野では犬に欺かれ、羽根をむしられた鳳凰はなお羽毛のある鶏に及ばない」という。そこで、中国が武器援助も含めてロシアを支援した場合、勝敗に関係なく、西側諸国がロシアにやった全面的制裁をそのまま中国に適用してくると考えている。中国経済は米日欧など西側に組込まれているから、中国指導層もそこに懸念がある。
3月31日ラブロフ外相が王毅外相と会談した。経済的援助はもちろん、軍事援助も求めたと思われるが、中国は国際的孤立を恐れているから、答をあいまいにせざるを得ない。目立たない形の援助はやるだろうが、見せかけの中間政策はしばらく続くだろう。
だが中露両国の指導層には、専制体制維持の連帯感がある。戦局次第では、中国によるロシア全面支援の可能性は残っている。そのようにした結果が事実上のロシア敗北、プーチンの失脚となると、習近平にとってもこれは一か八かの大冒険である。
(2022・04・04)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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