オルバン政権にウクライナ戦争を仲介する資格も能力もない

エジプトのシャルム・エル・シェイクで開催されたガザ和平協定成立を祝う国際会議の一場面

オルバン・ヴィクトルがプーチン-トランプ会談招聘を演出したのは、来年に控えた総選挙勝利への宣伝材料として政権の国際的正統性を誇示できると考えたからである。ウクライナを批判し、ロシアの主張を繰り返すオルバンに、ゼレンスキーのみならず、EU首脳は眉をひそめている。ウクライナにとって、1994年の核放棄を決めたブダペスト協定が反古になっていることもあり、ブダペストには良い印象がない。EU首脳はハンガリーがスタンドプレーで、具体的な取り決めの見通しがないまま、二人の独裁者を迎え入れることに苦い思いを抱いていた。とりあえず、直近の会談がなくなり、ハンガリー以外の当事者たちは安堵している。

10月下旬に想定されたプーチン-トランプ会談は、まさにハンガリーがソ連の軍事進攻を受けた1956年10-11月の苦い歴史を抱える時期に設定された。しかし、オルバン・ヴィクトルはそんなことにはお構いなしに、ハンガリー国民の感情を無視し、ヨーロッパで唯一、プーチンとトランプと話せる政治家として、歴史の大舞台で脚光を浴びることを手柄にしたかった。しかし、ハンガリー・オルバン政権には、この戦争を仲介する資格も能力もない。独裁的手法で知られるこれら3名の政治家が、勝手にウクライナの運命を決めてはならない。悲劇が待ち受けるだけだ。

2013年、パクシ原発拡張工事に関連してロスアトムから巨額の裏金を受け取ったオルバン・ヴィクトルは、自らの対ロシアの姿勢を180度転換させた。また、バイデン政権によるハンガリーの腐敗批判でアメリカとの関係は冷え込んでしまったが、トランプ登場までの我慢だと、大統領選挙でのトランプ支持を明確にしてきた。オルバン・ヴィクトルは、安倍晋三と同様に、トランプへの最大限の恭順を示して、孤立する対EU戦略でアメリカの後ろ盾を得ようとしてきた。

この10月13日にエジプトで開催されたガザの和平協定成立を祝う国際会議で、ゼレンスキー大統領も出席するなか、トランプはオルバンを特別に讃えるという異例の見せ場を作った(https://www.youtube.com/watch?v=MYvIaYGT-ZM&t=2304s)。オルバンは自らのウクライナ戦争観をトランプに伝えているはずで、それがブダペスト会談開催のアイディアに繋がった。オルバンのウクライナ戦争観はプーチンのそれとほとんど変わらないものである。

オルバン・ヴィクトルの対ウクライナ戦争観
オルバン・ヴィクトルのウクライナ戦争観はきわめて明快である。それを箇条書きすれば、次のようになる。

  1. この戦争の本質はスラヴ民族同士の内部紛争である。
  2. 戦争はウクライナの挑発によって起きたものである。
  3. 圧倒的な軍事力を誇るロシアにたいして、ウクライナは軍事的に勝利することはできない。この点ですでに戦争の勝敗は決まっている。つまり、すでにウクライナは敗北している(この認識はトランプに影響を与えている)。
  4. したがって、ウクライナの領土は分割される運命にある。EUは軍事的にウクライナを支援することで、領土分割で優位に立つことを狙っているが、われわれはそのような争いに加わらない。
  5. アメリカが軍事支援を断てば、ウクライナ戦争は即座に終結する。ハンガリーはこの戦争に直接的に関与せず、自国の国益(戦争にかかわる不利益を被らないように)を守る。
  6. したがって、ウクライナがロシアの戦争終結条件を飲むことによって戦争は終わる。ロシアのプーチンとアメリカのトランプがそれを確認すれば、すべては終わる。その場として、ブダペストが歴史的記念の場となる。

オルバンにとって、終戦の条件など最初から議論する余地がない。ただロシアの停戦条件にしたがって、戦争が終結することが肝要なのである。だから、ハンガリーは「平和勢力」で、戦争の継続を支持するEUは「戦争勢力」と主張するだけで、ロシアの侵略を批判することも、具体的な停戦条件を提案することもない。

このようなロシアの主張を繰り返すだけのハンガリーのオルバン政権にウクライナ戦争解決を仲介する資格も能力もないが、オルバン・ヴィクトルにとって、ただただ、世界の注目を浴びる舞台に立ち、仲間外れにあっているEU首脳を見返し、来年の総選挙勝利の条件を整えることだけが、最大の目的だった。

それを見抜いたEU主要国の有志連合は即座に12項目の停戦条件を提示し、トランプがロシアと無節操な合意を得ようとすることに対応した。ポーランドはプーチン一行の領空飛行を容認しないことを明言した。ゼレンスキーも、ウクライナ抜きで、ロシアとアメリカが停戦合意することを避けるために、開催地としては不適切であるが、それでも敢えてブダペストへ赴くことを表明したのである。

ドンバス地方をウクライナが全面的に放棄することで戦争が終わると考えたトランプだが、ヨーロッパ諸国からの強い批判を受けて会談のキャンセルを決めた。ウクライナ戦争がそれほど単純なものではないと悟ったのだろう。どこまで深く考えての決断か分からないが、ドンバス放棄では欧州のウクライナの了解もEU主要国の了解も得られないこと分かったからではないか。

*12項目の内容は以下の通り。
1. 即時停戦、2. ロシア軍の撤退、3. 戦争犯罪者を捌く国際法廷の開設、4. 滞りない人道支援の保証、5. 国連監視の下での和平会議の再開、6. 和平条件実行に応じた経済制裁の緩和。7. ウクライナ領土の統一性の確認、8. クリミア半島の地位の国際的対応、9. 難民帰還の保証、10. 戦争損害の賠償、11. 将来にわたる安全保障の確保。

ことごとく裏目に出るオルバン政権の目論見
今年に入ってから、オルバン・ヴィクトルの構想はことごとく失敗している。

すでに習近平の機嫌を得ようとした復旦大学キャンパス構想は何時の間にか、消え去ってしまった。それにたいする政府の説明はない。そもそも、ハンガリー人学生が入学できない大学に、膨大な国家予算を注ぎこめるほど、ハンガリーの財政状況は芳しくない。

今年に入ってから、政府はラーコシュパロータの大規模な空き地にアラブ首長国連邦の資本を導入して、高層ビルを建設するミニドバイ構想を打ち上げた。これに関連して、トランプジュニアがブダペストに招聘され、オルバンと懇談しながら、トランプタワーの建設の可能性が議論された。しかし、この構想そのものが頓挫してしまった。理由は復旦大学と同じである。ただ、これを契機に、オルバンはトランプ一家との関係をさらに強化することに成功した。

3月15日の独立記念日の演説では、オルバンは政府を批判する政治勢力を「害虫」と称して、春の大掃除で害虫退治を実行すると明言した。それにしたがって、ハンガリー版「プーチン令」を国会に上程したが、何の説明もないまま取り下げた。大規模な大衆行動を惹起するという恐れからである。

6月のブダペストプライド行進は、政府の開催不許可にもかかわらず、20万人近い大衆行動に膨れ上がり、政府はいまだに参加者を罰することができず、沈黙を続けている。

そして、この10月のトランプ-プーチン会談のセットである。Fidesz政権の劣勢を一挙に覆す切り札として実現一歩手前まできたが、これも実現しなかった。他方で、EU内ではハンガリーへの批判と警戒観がいっそう高まることになった。

これとよく似た出来事が、ハンガリーがEUの持ち回り議長国になった昨年7月初めに起こった。オルバンはあたかもEUを代表するかのように、ウクライナを訪問し、その直後にモスクワに出かけた。トランプともEU議長国の首相として会談を実現させた。

この時、EU首脳はいっせいにハンガリーを批判し、ハンガリーがEUを代表して各国元首と会談する資格をもたないと強く警告した経緯がある。ウクライナ訪問は開戦以来、オルバンにとってはじめての訪問だったが、それを事前にプーチンに伝えながら、ゼレンスキーにはモスクワ訪問の意図を隠し通した。それほどまでに、プーチンに忖度しなければならない関係にある。

これらのことからも、ハンガリー・オルバンはプーチンの代弁者であり、EUの立場とは相容れないと思われている。したがって、12項目の停戦条件の会合や、ロシアとの国境との間に「ドローンの壁」を建設する会合にも、ハンガリーは呼ばれていない。開戦以来、モスクワを11度も訪問し、ラヴロフ外相から特別表彰を受けているスィーヤルトー対外経済外務大臣は、巷では「ロシアのスパイ」だと陰口をたたかれている。実際、今回のトランプ-プーチン会談が実現しなかったことにたいして、ロシアのラヴロフ外相と同じ表現を使って言い訳している。「そもそも日程が決まっていない会談を<延期する>ことなどありえない話だ」と、最初から会談は決まったものではなかったと言い訳している。あれだけ、ハンガリーでの開催を快挙だと自画自賛していたくせに。この口実はロシア側が使ったものとまったく同じである。ところが、彼は即座にアメリカへ飛び立ち、ルビオ長官に直接談判して会談実現を迫ったが、ホワイトハウスの決定が覆されることはなかった。

23日はハンガリー動乱勃発記念日で、EUサミットが開催される。オルバンは国内集会での演説を終えてから、EUサミットに遅れて出発する。その間、EU首脳は対ロシアの新たな制裁案を議論している。

はたして、来年の総選挙でFideszが下野するのか。それが今後の大きな政治的焦点である。政権交代が行われれば、ハンガリーとEUの関係は大きく改善されることになるが、そうでない場合には、7条国制裁(議決権の剥奪)が課される可能性がある。
(2025年10月23日「ブダペスト通信」から)

「リベラル21」2025.10.31より許可を得て転載
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-6901.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14496:251031〕