キューバ再訪記 - 社会主義最後の「改革・開放」はどこまで?(中) -

著者: 田畑光永 たばたみつなが : ジャーナリスト
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続・観光から民営化
前回はキューバのここ数年の目立った変化として観光客の増加を紹介したが、観光に欠かせないのが観光バスである。そして自動車売買の自由化も改革・開放の目玉政策の1つである。キューバでは古いアメリカ車が走っていることで有名だが、単なるレトロ・ブームが理由ではなく、自動車の輸入や売り買いがこれまで自由に出来なかったから古い車を大事に使ってきたのである。

【古いアメ車と若者たち】

ジェトロ(日本貿易振興機構)の『キューバの政治・経済の概況とビジネス機会』(2017年4月)という資料(以下『J資料』)によると、キューバ政府は2013年の政令で個人の自動車売買を自由化した。ただし、輸入そして国内販売は運輸省が定めた条件にしたがって、外国貿易・外国投資省の許可を得た国営企業のみが扱えるとされ、さらに消費者への小売価格は「車両価格×8+関税」(関税は1500~3000㏄のガソリン車で15%)とべら棒な高値に設定されているから、個人が新車のマイカーを持つことは容易でない。まだまだ(米車に限らず)中古車、大古車の天下は続くだろう。
それでどのくらいの車がキューバに入っているか。『J資料』によれば、乗用車は新車、中古車合わせて年間5000台前後、バスと貨物自動車が各2000台前後というところ。乗用車とバスの15年の実数がある。興味深いのでご紹介する。
15年の乗用車の輸入台数は合計4452台、そのうち中国からが3101台と3分の2を超えている。バスは合計1816台のうちなんと1696台が中国から。われわれが乗ったバスもすべて中国製であった。日本からはわずか2台であった。車に限らず消費物資では中国の進出が目覚ましい。
ついでだから同資料で、2012年(つまり改革2年目)の国勢調査による家電の普及率を見ておこう。当時の日常生活の一面がうかがえる。
扇風機 171.9%、冷蔵庫 81.0%、テレビ 78.3%、ミシン 30.1%、固定電話 23.7%、携帯電話 22.8%、電子レンジ 15.7%、エアコン 15.5%、パソコン 11.8%。
このほか家電ではないが、自転車 36.3%、自動車・ジープ 4.6%、オートバイ3.8%、である。

【客待ちする新旧のタクシー】

キューバの特区
 ところで、中國の改革・開放といえば、その象徴として深圳や厦門の経済特区が有名である。しかし、これはなにも中国の専売ではなく、それ以前に台湾、韓国などアジアの新興経済体(ニュー・エコノミーズ)と言われた国、地域の発展にこうした特区が大活躍し、むしろ中国はそれらの後塵を拝して、1979年に特区の創設をきめたのであった。言わば、低開発状態から脱皮、飛躍するための特効薬として、外資にさまざまの特権、特別待遇を与えて工場を誘致し、外貨獲得、技術の導入、雇用の創出などを図る地域である。
 キューバも作った。2013年の政令により設置された「マリエル開発特区」である。場所はハバナの西45キロほどのカリブ海に面した一帯である。設立目的として輸出促進と輸入代替、技術移転、外資誘致、雇用創出、インフラ整備、物流システムの創造などを掲げ、特に物流、先端的な製造業、バイオ・製薬の3つの産業を重視している。(『J資料』)
 ところがこの特区、さっぱり存在感がない。設立4年後の17年3月現在で進出企業は100%外資が13社、合弁企業が6社、資本関係不明が2社、100%キューバ資本が4社の25社止まり。うち製造業は9社、それも食肉加工、使い捨て注射器、紙巻タバコ、塗料といったもので、先端的な製造業とは縁遠い。(同)
 マリエルからそう遠くないサンクティ・スピリトゥスという街に住み着いてボランティアで日本語を教えている松尾光(あきら)さんという日本人がおり、この人に特区のことを聞いてみたが、「さっぱり存在感がない。名前を聞くことはほとんどない」という返事だった。。
ほかの国や地域では特区の果たした役割は大きかったが、キューバの場合、今のところ発展の先導役を特区が務めているようには見えない。それにはさまざまな理由があるのだろうが、今後、この特区がどういう道をたどるか、まだ予測はつかない。
 改革・開放にむけてスタートをきったはずだが、これまでを総括すればキューバはかなりのスロー・スターターとお見受けした。

アキレス腱の農業
 じつはキューバ経済には古くからの懸案がある。食料の自給ができないのである。自給率は20%程度と聞いた。亜熱帯に属し、平均気温は摂氏25度以上、5月から10月までは降水量もたっぷり。日本の本州の約半分の広さに1100万人強の人口。この条件で食料の自給が出来ないというのは解せない。
 前述のアルフォンソ教授は、その理由として、島国のため地下水に海水が浸潤している
ところが多く、肥沃な土地は30%ほどしかない。その塩分を除くプラントを2017年は11か所作ったがまだまだ足りない。高い山がないので大きな川がなく、淡水資源はとぼしい。水力発電ができない・・・などを挙げた。
 なるほどそういうものかとも思うが、かつてのサトウキビ畑が、荒れたままになっているところも多く、その中に昔はサトウキビを満載した貨車が走っていたであろう線路が錆びたまま放置されているのを随分見かけた。サトウキビのモノカルチュア時代より耕作地はだいぶ減っているのではないかと想像した。
また中国の例で恐縮だが、中國の場合、改革の決め手は農業を集団経営から個人経営へ戻したことであった。社会主義の建前上、この転換には決断を要するが、1980年代前半にこれを実現したことで、生産性が上がり、農村に「万元戸」(収入が1万元以上)が出現してニュースにもなった。また農村に「郷鎮企業」呼ばれる小規模工業が起こり、その中から大きな家電企業が生まれたりもした。
キューバの場合、国営農場を協同組合経営に分割するところまでは踏み切ったが、今のところなかなか個人経営への転換には踏み切れないというのが実情のようであった。
J資料には、キューバの主要輸出品として「鉱産物(ニッケル等)、医薬品、タバコ、砂糖、魚介類」が挙げられ、主要輸入品には「燃料類、機械、輸送機械、食料品」が挙げられている。キューバの貿易構造は長年、赤字体質である。『J資料』によれば、2015年の貿易収支は輸出33億5000万ペソに対して輸入は117億0200万ペソ、83億5200万ペソの赤字である。輸出額の約2.5倍である。食料輸入は輸入総額の15%程度であるが、農業を改革して食料自給率を高めることは経済の「抜本的改革」の前提であろう。(未完)

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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