グリーンランド問題とアメリカの戦略的論理について

――八ヶ岳山麓から(553)――

はじめに
トランプ米大統領に自己偏愛など性格的な極端な偏りと認知症の兆候が指摘されたのは大統領第一期(2016~21)である。氏の言動が不安定で政策に問題が多かったために、任期半ばで国務長官ポンペオ氏ら彼が任命した高官が次々辞任したことは我々も記憶している。副大統領のペンス氏は第2期目の選挙のときは敵に回った。現状でも認知症の進行を遅らせる治療が行われているのではないかという疑いを持たれている(本ブログ、「小川洋氏の論評1月26日」を参照されたい)。

まず相手がたまげるような脅しを仕掛けて譲歩を迫るのは、トランプ氏が第1期からくりかえしてきた常套手段である。第2期政権では、どうやらおべっか使いが側近らしく、その言動は歯止めがかからないものになっている。
なかでもこの1月9日、「アメリカはグリーンランドを『所有』する必要がある。ロシアと中国がグリーンランドを奪う可能性があるから」と話したのにはあきれた。グリーンランドは外交と防衛以外の内政を現地住民が行うデンマークの自治領である。
1月17日にはトランプ氏は己の発言に反対するデンマーク、イギリス、フランス、ドイツ、フィンランド、ノルウェー、オランダ、スウェーデンの8ヶ国に対し、2月1日から10%の追加関税を課す、場合によっては武力行使も辞さないと発言したが、これにはさすがにアメリカ国内からも反対の声が上がった。のちにヨーロッパ8ヶ国への脅しは取り消したが、24日には、またまたカナダが中国と合意した関税引き下げを実行するなら、カナダからの輸入品に100%の関税をかけると発言した。

昨年アメリカから高関税攻勢をかけられても屈しなかった中国は、これをどう見ているか。人民日報国際版の環球時報紙は、1月24日上海環太平洋国際戦略研究センター学術委員会副主任という張耀氏の論評を掲げた。同研究センターは、2000年8月に上海市国際関係学会が設立した非営利の民間学術研究機関である。
以下に張耀氏論評の概要を記す。( )内は阿部。

張耀 「グリーンランド問題からみたアメリカの戦略的論理」(要約)                                   
今年1月19日からのダボス会議期間中、トランプ米大統領は、グリーンランドはアメリカの「国家安全保障上の核心的利益(原文:核心国家安全利益)」であると強調し、その戦略的地位が著しく向上していると発言した。ベネズエラへの軍事的打撃から北極圏における戦略的配置まで、ワシントンは、いま南北アメリカと周辺地域の地政学的支配体系を再構築しようとしている。
アメリカはすでにグリーンランド島にピツフィク宇宙基地を含む軍事拠点を有しており、島内の米軍兵力はデンマーク駐留軍をはるかに上回っている。デンマークは米軍の島内での軍事行動範囲を制限せず、治外法権を認めている(注:アメリカの軍事基地は「主権」的性格を持つ可能性がある。日米地位協定の第三条もアメリカは基地について「設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる」としている)。
なぜアメリカはグリーンランドの直接領有を急ぐのか?
アメリカがグリーンランドに抱く「野心」は一時的な気まぐれではなく、長期的な考察に基づいている。第一に、地政学的・軍事的な価値である。気候温暖化に伴い、北極航路の経済的・軍事的価値は急激に高まっている。同島は北米防空の重要な前哨基地でもある。
第二に、資源的・経済的価値である。島には、エネルギー転換とハイテク産業にとって重要な希土類、銅、ニッケル、グラファイトなどの重要鉱物資源が豊富に埋蔵されており、石油・天然ガスの存在も確認されている。第三に、北米の北極圏を支配することで、北極圏大国間の戦略的競争において優位な立場を占めることができるからである。

また、グリーンランドをアメリカ領土に編入するという発想は、現在のアメリカ政治における戦略的傾向を反映している。国家利益を守り、戦略的空間を拡大するイメージを構築することは、アメリカ国内政治において指導力を誇示し、(有権者の)政治的支持を得る手段として頻繁に用いられてきた。
19世紀の「モンロー主義」は、アメリカの西半球における安全保障上の主導権を確立した。現在(トランプ氏は)、経済レベルで南北アメリカ諸国がアメリカの戦略的競争相手と協力することを制限しようとしている。こうした動向は、伝統的な戦略的思考に、さらに排他的で拡張的な地域秩序観念が加わったことを示している。
現在、グリーンランドの将来は、依然として不確実である。歴史的経験とアメリカがこの地域で継続的に力を強めている実態から見て、将来は既存の安全保障協力枠組みのさらなる調整が行われ、同地域の統治構造が変わる可能性がある。
トランプ米大統領はダボス会議総会での演説で、アメリカは近い将来、軍事行動によってグリーンランド島を奪取する意図はなく、アメリカのグリーンランド取得に反対するヨーロッパ8ヶ国に対して課した追加関税についても、一時停止すると発表した。
この発言があった後でも、EUの外交・安全保障政策上級代表であるカッラス氏は、「大西洋横断関係が「重大な打撃を受けた」と明言した。またトランプ氏がグリーンランド問題において戦術的変更を示したにもかかわらず、EUの複数政府は、これが戦略的譲歩を意味するものではなく、その根本的な意図とヨーロッパに対する姿勢に変化はないと見ている。
しかし、NATOにおけるアメリカの存在は決定的な意義を持っている。だからヨーロッパ諸国はアメリカの面子を保ちつつ、双方の利益を考慮した妥協点を探ろうとしており、 グリーンランド問題でも現実的な解決策を模索し、アメリカと自国双方に「体面を保つ道」を求めようとしている。
今日「グリーンランドを必ず手に入れる」と言い、明日には「当面はグリーンランドの主権取得を意図していない」と発言するなど変転極まりない言動によって、もはや誰もがアメリカの指導者を信じてはいない。ヨーロッパがグリーンランド獲得というアメリカの「野心」を阻止できるかどうかは、もう少し時間の経つのを待たねばならない。(要約完)

おわりに
張耀氏の論評からすると、トランプ氏のいう「国家安全保障上の核心的利益」は、習近平氏いうところの「核心的利益」に重なって見える。論理の飛躍を承知で言えば、そこに共通するものは国連憲章と国際法と国際慣行を無視した「支配領域の実力による拡大衝動」である。
習近平氏は国際仲裁裁判所判決を無視し、中国の「核心的利益」として南シナ海を制圧し、台湾の武力侵攻を否定せず、尖閣諸島に軍事的圧力をかけている。空母3隻のうち2隻を実戦配備し、高性能の潜水艦と中距離ミサイルを配備して、第一列島線を突破しようという構えである。
また、習近平氏はアメリカの歴代の米大統領に「新型大国関係」すなわち両大国による世界支配をもちかけ、「太平洋には中国と米国を受け入れる十分な空間がある」と語り、米中による太平洋支配の意図を明らかにしている。
トランプ氏の大統領任期はあと3年、習近平氏は今のところ終身主席とみられる。かれら二人はそれぞれ「核心的利益」の範囲を拡大しようとするだろう。昨今のNATOにおけるアメリカとヨーロッパ諸国との緊張した関係を見れば、米中取引のなかで、日本(の領土の一部)がトランプ氏の「国家安全保障上の核心的利益」によって取引材料にされる危険性は否定できない。
独立国として日本はどのような位置に立つべきか、米中両国にどう対処すべきか、今回の総選挙後、あらためて国民的議論が必要だと思う。
(2025・01・27)

「リベラル21」2026.02.05より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
〔opinion14666:260205〕