あー、面白くない。どうしてこんなことになっちゃったんだ。総理大臣の私に、できないことが多すぎる。やっぱり、憲法がよくない。憲法を眠り込ませたヒトラーはエライ。ナチス政権が羨ましい。
ホントのことを言うと、国と沖縄県との間でどんな裁判をやっているのか、私には詳しいことはよく分からない。何度も説明は受けたけれど、複雑で覚えきれない。分かっているのは、「世界一危険な普天間飛行場」をなくすには、辺野古に新しい基地を作って、米軍に移ってもらうしか方法がない、ということ。辺野古新基地建設の埋立工事を続行するための代執行訴訟だくらいは私も分かっている。この訴訟は、こちらが原告となって仕掛けた訴訟だ。それを、判決はあきらめて、和解に応じなければならないなんて、屈辱じゃないか。
「和解を受諾せざるをえない」と言われたときには、私も驚いた。でも、指定代理人になっている専門家が、「判決をもらえば敗訴の公算が高い」と言うんだから、仕方がない。「補充性」というらしいが、他にとりうる手段がないときに限り、代執行訴訟が可能なんだそうだ。その補充性の立証が難しいということのようだ。この訴訟提起の前に、国交大臣の執行停止命令があって、知事の埋立承認取り消しへの対処はできている。現実に工事は続行できているのだから、補充性の要件に欠けるというややこしいことらしい。専門家なら、初めからそんなことくらい分かっていたはずだと思うんだがしょうがない。敗訴のみっともなさよりは、作り笑いで和解に応じた方が、浅い傷で済む。
でも、和解の内容を説明されると、なるほど一方的な譲歩という話しだけでもなさそうだ。負けそうな判決を避けて、あとで反撃に転じることも可能なのだから、これも悪知恵のうちかも知れない。
和解は次のような骨子だ。
▽国は代執行訴訟を取り下げる。沖縄県知事は、国地方係争処理委員会に申し出た審査請求が却下されたことを不服として起こした訴訟を取り下げる。
▽防衛省沖縄防衛局長は、沖縄県知事による埋め立て承認取り消しに関する国土交通相への審査請求と執行停止申し立てを取り下げ、埋め立て工事を直ちに中止する。
▽国は知事に対し、埋め立て承認取り消しについて地方自治法に基づき是正を指示する。知事は不服があれば、指示があった日から1週間以内に国地方係争処理委員会へ審査を申し出る。
▽委員会が是正指示を違法でないと判断し知事に不服がある場合や、違法と判断し国が勧告に応じた措置をとらない場合、知事は是正指示の取り消し訴訟を提起する。
▽国と知事は、是正指示の取り消し訴訟の判決が確定するまで、普天間飛行場の返還と辺野古の埋め立てについて円満解決に向けた協議を行う。確定した判決に従い、互いに協力して誠実に対応することを確約する。
けっして、協議を先行する内容ではない。協議の進展に関わりなくいつでも「埋め立て承認取り消しの是正指示」ができることがミソなのだ。結局は、現在3本ある裁判を、是正指示取消の裁判に一本化して、これで決着をつけようということなんだ。その裁判での決着がつくまでの間に、「普天間飛行場の返還と辺野古の埋め立てについて円満解決に向けた協議を行う」ことになる。
この問題で、国が方針を変更することはあり得ないのだから、円満解決のためには沖縄県が譲るしかない。明日にでも是正の指示を出すことができるわけだが、ここは駆け引きだ。いつ出すのが得策かよく考えてみよう。指示が遅れれば、裁判での解決も遅れ、それまで埋立工事がストップするのは面白くないが、ここは選挙対策の意味もある。寛大なアベの顔を見せることも無駄ではない。
担当者の起案のとおりに、記者会見ではこう言った。
「本日、国として、裁判所の和解勧告を受けて、沖縄県と和解する決断をしました。20年来の懸案である普天間飛行場の全面返還のためには、辺野古への移設が唯一の選択肢であるとの国の考え方に何ら変わりはありません。しかし、現状のように、国と沖縄県双方が延々と訴訟合戦を繰り広げているこの状況のままではこう着状態となり、家や学校に囲まれ市街地の真ん中にある普天間飛行場をはじめ、沖縄の現状がこれからも何年も固定化されることになりかねません。これは誰も望んでいない、そうした裁判所の意向に沿って和解を決断すべきと考えました。」
この取り繕った理由、自分でも白々しいと思う。そんなこと、裁判を起こす前から分かりきっていた。これまでは、裁判所の和解案を無視し続けてきた。ここで突然折れた理由にはならない。誰の目にも、「よく考えたら、敗訴の可能性が高い」「それなら、不本意だけど和解の方がマシ」という判断が見え見えだ。
それでも、ゴリ押しの印象は選挙によくない。沖縄県議選が5月27日告示、6月5日投票日に決まっている。直後に、参院選も控えている。それまでは、マイルドにいかなくちゃならない。敗訴のリスクはどうしても避けなくてはならない。辺野古の工事は、機動隊に守られて続行というイメージが定着して甚だよろしくない。だから、一旦停止だ。リセットだ。再度の強行は、選挙のあとにしよう。
もちろん、すんなりと方針が決まったわけじゃない。断乎として埋立工事は続行したいところだ。そのために起こした裁判を取り下げて工事も中止じゃあ、国としての面子が立たない。案外弱いんだなと侮られることも避けたい。工事を阻止しようと現地に集まる人たちに、バンザイなんて言わせたくはない。でも、敗訴判決をもらうことを思い比べれば、我慢ができるし、我慢をしなければならない。
じっと耐えて選挙が終わったら、そのときこそが、本格的なアベ晋三の底力。遠慮のないゴリ押しを始めよう。そして今度は、途中で「敗訴の可能性が高い」などということのない訴訟の準備を指示しなくちゃ。
それにしても、仲井眞さんは名知事だった。常識的な考え方で、分かり易かった。共通の土俵の人だった。「県民世論がなかなかウンとは言いませんぞ」などといいつつ、上手な条件闘争を積み重ね、取るだけのものを取ったうえで折れあった。さすがに、経済人だけのことはある。ところが、翁長知事ときたらどうだ。どうしてあんなに、強情で折れ合おうとしないのか。私には理解しかねる。この人相手では、そして私が総理でいる限り、やはり、裁判でしか問題は解決しそうにない。そうなれば、裁判官はきっと国の立場をよく分かってくれるはずだ。
(2016年3月4日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2016.03.04より許可を得て転載 http://article9.jp/wordpress/?p=6495
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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