12月18日、欧州連合(EU)の欧州議会で、人権や民主主義を守る上で功績のあった人に贈る「サハロフ賞」の授賞式があった。今年の受賞者、ウイグル族の経済学者イリハム・トフティ氏(50)は、中国で国家分裂罪に問われて収監されており、米国在住の娘のジュハルさんが代わって出席した。ジュハルさんは「多くのウイグル族の人たちと同じように、父は、改めるべき思想を持った暴力的な過激主義者というレッテルを貼られた。中国政府は収容所に送ったウイグル族の人たちに改宗を強い、文化を捨てるよう迫り、拷問し、死ぬ人もいる」と話した。ジュハルさん家族がイリハム氏の消息を最後に聞いたのは2017年で、今はどこにいるのかも分からないという (朝日 2019・12・20)。
私にとって、イリハム・トフティ氏についてのニュースは、彼が2014年1月16日に無期懲役を言い渡されて以来のことだった。2017年以後彼の所在は家族にも不明とのことだが、私は虐待による獄死を恐れている。以下、以前ここに書いた記事のいくつかを要約して述べる。
1949年12月、中共軍第一野戦軍第一兵団が新疆に進駐したとき、司令王震は戒厳令を敷き、ウイグル語を禁止し、男子が街頭に3人以上集まれば銃殺し、中共支配に反抗的な集落とみれば、これを襲って機関銃で皆殺しにするなどの挙に出た。
文化大革命時代には、漢人の酷政にたまりかねたカザフ牧民が何度も大量にシベリアに逃亡した。1980年代、90年代に起きたパリン郷事件、ホータン事件、なかでも1997年のイリ(クルジャ)暴動は新疆の中共支配を揺るがした。テロをやったのは主に地下コーラン学校の「タリフ(学生)」である。
だが、テロの攻撃対象は警察や役所などの権力機関や民族の裏切者とされた人物であって、漢人一般に向けられてはいなかった。だから20世紀には、一般の漢とウイグルとの間は好かったとは言えないにしても、正月のあいさつ程度の付き合いはあった。
ところが、2009年のウルムチ大暴乱(漢・ウイグル両民族の相互襲撃事件)以降のテロ事件は、14年3月の昆明無差別殺傷事件(漢人など45人死亡)、4月ウルムチ駅前爆発事件(自爆2人を含む3人死亡、79人負傷)、市場爆発事件など、いずれも漢人に対する無差別テロとなった。
かつて中共内部には「経済を発展させることは、新疆問題を解決するカギである」という考えもあった。経済が発展し、生活水準が向上すれば、「国家分裂活動」は市場経済の中に消失するし、宗教の影響も世俗化が進んで消え、問題は自然に解決することができるという理屈だ。これはむなしい期待だった。
市場経済浸透のもとで格差は急速に開いた。すでに2008年新疆全体の年一人当たりGDPは1万9000元(2800ドル)に達したが、農村地域のそれは3800元(560ドル)、なかでもウイグルの多数が住むタリム盆地のオアシスの郷村では1500元(220ドル)前後にすぎなかったのである。いま格差はもっと開いているだろう。
漢人移民は、政府の政策に従って入植し、草原を開墾し、水を引き、石油・天然ガスなど資源を開発し、新疆の経済発展に貢献してきたと誇る。それに引き換え、ウイグルやカザフは勤勉ではないし、教養もない(=漢語ができない)のだから、漢人が彼らより金持になるのは当然だと考える。
だが、ウイグルやカザフら現地農牧民からすれば、漢人移民は災難そのものである。家畜放牧地を勝手に耕地にして、集落の水源から用水路を引き、塩類化が進んで作付けができなくなると、耕地を放棄し別な草原を開墾する。彼らのために砂漠が広がり、河川や湖の水が少なくなり、さらには石油試掘井の廃水が水源地と耕地と草原を汚染した。
新疆の中共当局は、チュルク系民族の民族運動の目的は、漢人を新疆から追い出し、東トルキスタン共和国をつくることだと宣伝している。漢人移民にしてみればウイグルやカザフの攻撃対象になるなど論外である。彼らがテロに走るなら、殺したところで何の差支えもないと考えるのがふつうである。
今や人口だけみても漢・回人口の合計はウイグル・カザフに匹敵する。しかも武装力は政府・漢人側にある。新疆の社会矛盾は、中共当局とウイグルやカザフをはじめとする先住ムスリム民族との対立ではなく、漢人と先住ムスリム民族の民族間の対立に変貌したことにある。
このような状態を憂えて、イリハム・トフティ氏は2009年11月中央民族大学で「中国の民族政策は再検討すべきときである」と題する記念すべき講演をおこなった。
この中で氏は、中国憲法と民族自治法の実施、就職や営業の機会平等、民族の言語、信仰、伝統、習慣の尊重などを求めたのである(この内容は「八ヶ岳山麓から(97)」を参照)。
トフティ氏は、新疆独立が問題解決の唯一の道だと考えるウイグル人はごく少数だという。多くのウイグル人は中国共産党の新疆に対する統治の現実を受け入れている。ただ本当の意味の自治を要求しているだけだと訴えた。そして「今日、新疆の民族政策を検討する必要がある」と問題を投げかけ、民族間対話の回路を作り、泥沼状態から新疆を救おうとしたのである。
かつての私の生活経験からしても、市場経済は現地少数民族に対して公正・平等ではない。新疆でもチベットでも内モンゴルでも、漢人はほとんどの行政と経済、知的資源を握っていて、どんな場合でも現地少数民族を飛び越して利益を獲得できる。たとえば漢語が公用語であることは当然だが、民族自治区のどこでも、漢語が卓越し少数民族語は片隅に追いやられている。漢語が堪能でないと少数民族の就職はほとんど不可能だが、漢語ができたとしても、雇う側が漢人か現地人かを選択するときは、間違いなく漢人を選ぶ。新疆各地を結ぶ飛行機の機内放送はウイグル語ではなく漢語と英語のうえ、機内食はムスリムではなく漢人の会社が作っている。
無神論を教育された漢人は、迷信と宗教との区別ができないし、信仰上のタブーも考慮しない。たとえばイスラム教徒は死者の骨灰を忌避するのに、「王胡子(ヒゲの王)」と嫌われた王震が死ぬとその骨灰を天山に撒いた。モスクも破壊したり商店にしたりしている。
習近平政権は力業に出た。中国の治安維持費は国防費を上回っている。2014年度の「内地」を含めた治安維持に使われる「公共安全」予算は、前年比6.1%増の2050億元(約3兆4000億円)を計上した。2018年には治安維持費が国防費を20%も上回っている。
豊富な治安維持費によって、この5年の間に当局は「暴力的なテロに絶えず打撃を加え、慈悲を見せない」方法でテロに報復し黙らせ、反テロを名目に見境なく大勢のムスリムを収容所に放り込んだ。都市村落を問わず監視カメラを設置し、いたるところに顔認証装置を置き、背筋が寒くなるような厳しい監視網を張り巡らして、新疆全体を先住ムスリム民族の監獄にしたのである。かくして今やウルムチは、中国で最も治安のよい街だと称されるに至った。
イリハム・トフティ氏の勇気ある発言は、ただ思想取締りの対象になったに過ぎなかった。彼は「東トルキスタン共和国」の独立を主張するのでもなく、中共の支配を肯定し、ただ憲法と民族自治法の実現を願うだけの人物である。この彼すら、「中華民族の興隆」をめざす当局にとっては邪魔者であり、その命は鴻毛より軽い存在となった。いまは氏が新疆の極寒の冬を、どうか無事に乗り越えてほしいと願うばかりである。
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