イラク政府軍とシーア派民兵軍団が3月1日に開始した、「イスラム国(IS)」に占領されていたイラク中部の小都市テクリートの奪還作戦が、ようやく終わろうとしている。政府軍側は作戦開始数日後には、市街地を取り巻く町や村落を支配したが、市中心の市街地には少数ながらIS部隊が立て籠もって激しく抵抗、道路と建物には仕掛け爆弾が多数埋め込まれ、避難しなかった一般市民も残っていたため、性急な突入ができなかった。
イラクでは昨年、シリアから逆侵攻したIS部隊との戦いで、政府軍と警察部隊があいついで敗北、シーア派の兵士たちが見せしめに集団虐殺され、同国第2の都市モスルはじめ、中部、北部の市や町、村落が占領された。今回のテクリート奪回作戦の成功は、イラクからISを駆逐する突破口になりそうだ。もちろん75万人の市民が残留しているIS支配下のモスルを、人質になっている市民の犠牲を避けて解放することはじめ、決して容易ではないが。また、今回の作戦が政府軍をはるかに上回るシーア派民兵軍団の支援で実施されたことが、宗派抗争を再燃させる大きな危険をはらんでいる。
この作戦には、政府側の説明では、治安警察部隊など準軍隊を加えた政府軍7千人と10を超えるシーア派民兵組織を統合した「人民動員軍団(PMU)」1万8千人が参加した。政府軍3千人、PMU2万人という有力情報もあるが、いずれにせよ、表向きには政府軍が中心、PMUはその支援部隊。8月以来、ISへの空爆作戦を実施している米軍も、ISと戦い続けてきたクルド人民兵勢力も作戦には不参加。その一方で、イランはPMUを支援、武器弾薬を供与しているだけでなく、強力な革命防衛隊の幹部が軍事顧問として参加している。
昨年8月、2006年以来、8年間にわたって君臨したマリキ首相が米、欧の圧力も受けて辞任、ISと戦う挙国一致体制のアバディ政権が発足。オベイディ国防相(スンニ派)は、就任演説で、ISに占領されたイラク第2の都市モスルの「解放」を真っ先に誓った。新政権は、5万人もの“幽霊”兵士汚職の追及とISの攻撃に無抵抗で逃亡した基地司令官や部隊長の処罰を実施。それから5か月、イラク軍はやっとISへの反撃を開始したのだ。
テクリートはチグリス川沿いの、市街地面積15平方キロ、周辺集落を含め人口20万人ほどの小都市だが、戦略的には極めて重要なサラフディン州の州都。長年、独裁支配し、2003年のイラク戦争で米軍に打倒され、死刑になった故サッダム・フセイン大統領の生まれ故郷だ。その出身部族を中心にスンニ派部族勢力が強力で、その協力によって昨年6月、モスルとともにISに占領された。首都バグダッドとその北350キロに位置するモスルを結ぶ、チグリス川沿いの幹線国道1号線のほぼ中央に位置する。
このテクリート奪還作戦の成功は、次のような重要な諸点を示しているー
(1)”再建“イラク軍の試金石。
昨年、シリアからイラクに逆侵攻し、モスルをはじめテクリート、首都西方60キロのファルージャなどの町や村落を支配したISに対する、イラク政府軍の初めての大規模反攻。
イラク政府軍は、イラク戦争での米軍の攻勢で雲散霧消した後、米軍が再建と訓練に大きな力を注ぎ、大量の装備も供与、8年後の11年末の米軍撤退時には約21万人の軍隊に成長した。だがその後、シーア派偏重で腐敗したマリキ首相の政権に対するスンニ派国民(国民の約20%)の不満が高まり、軍からの離脱が増えた。さらに、5万人の兵士が実在しない“幽霊”兵士で、その給与が政権にわたっていたとみられる事態も発覚。昨年ISの攻勢を受けた部隊から兵士たちが逃亡して、全政府軍の実数は4万8千人程度(米軍当局の推定)に減少していた。軍の最も重要な任務は、IS支配地域に3方面から包囲されている状態の首都バグダッドの防衛で、北部や中部の都市や村落防衛に配置されている部隊では実数が定員の半数以下になったところも多く、戦闘意欲も弱体だった。それが、地元スンニ派部族の支援を得たISの電撃的な集中攻撃で、政府軍基地と都市や村落を相次いで奪われた主な理由だった。
(2)米軍の空爆に頼らない作戦
昨年8月以来、イラク軍やクルド人武装勢力、シーア派民兵勢力のISとの戦いには、米軍が空爆支援してきた。空爆はISの車両部隊、前線拠点などを攻撃して、相当な効果を収めた。空爆支援が無ければ、イラク中、北部は、クルド人自治区を除き全域がISに支配されていたかもしれない。今回のテクリート作戦に、イラク側が米軍の支援を受けなかった理由は、公表されてはいないが、PMUが米軍による支援を拒否したからに違いない。米軍の空爆支援が始まって以来、バグダッドでの対IS作戦調整は、政府軍と米軍、政府軍とPMUが別々の作戦会議で行ってきた。2003年の米軍占領以来、イランの支援を受けてきた最強のシーア派武装勢力バドル軍団などは、しばしば米軍とも衝突を繰り返し、反米意識が強い。今回も、米軍との支援に反対しているからだ。(続く)
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