トランプのめざすものはなにか

――八ヶ岳山麓から(519)――

信濃毎日新聞(4月16日)に、思想家内田樹という人の「トランプのロールモデル」というエッセイが載った。氏は、トランプ米大統領に「戦略」と呼べるものがあるか、と自問しながら、「Make America Great Again」と呼号したときの「再帰する先」がどこかは見当がついた、と書いている。

わたしもトランプがアメリカをどこに導こうとしているか疑問に思っていたので、内田氏の議論には強い関心を抱いた。内田氏は、それはウィリアム・マッキンリーとセオドア・ルーズベルトが大統領をしていた1897年から1909年までのアメリカだという。これは意外だった。

たしかに、トランプ02の就任演説ではこう言っている部分があるからわからないではない。
 「マッキンリー元大統領は、関税と才能を通じて米国を非常に豊かにした。彼は生まれながらのビジネスマンで、彼がもたらした資金によりテディ(セオドア)・ルーズベルト元大統領は多くの偉業を成し遂げることができた。その中にはパナマ運河も含まれるが、愚かにも米国からパナマの手に渡ってしまった」

内田氏のエッセイから引くと、「マッキンリーは米西戦争でスペインの植民地だったプエルトリコ、グアム、フィリピンを奪い、キューバを保護国化した。ハワイも併合した。米国が露骨に帝国主義的な領土拡大をした時期の大統領である。そして保護貿易主義を掲げ、外国製品に対して57%という市場最高の関税を掲げたことで名を遺した」

「ルーズベルトは『大きな棍棒を担ぎ、穏やかに話す』という『棍棒外交』で知られる。日露戦争を調停したこと(この功績でノーベル平和賞を受賞した)とパナマ運河の建設でも後世に名を伝えている」

そこで、内田氏はトランプの発言をとらえ、「トランプはアラスカにある北米最高峰デナリをマッキンリーに戻し、メキシコ湾をアメリカ湾に改称した。グリーンランド領土化、パナマ運河の奪還を求め、ウクライナ戦争の調停役に名乗り出て、高関税による保護貿易を目指した点から推して、彼がこの2人の大統領をロールモデルにしていることは確実だろう」という。

そして「過去の成功体験を模倣すればすべてはうまく行くというのが、ドナルド・トランプの政治思想のすべてである。申し訳ないけど」と付け加えている。

わたしは、関税を手段にした保護貿易主義によってアメリカはインフレになる、それ以上に貧困に陥る、中国の中小企業は軒並み倒産する、といった目先のことばかりを考えていて、マッキンリーやルーズベルトなど思いもよらなかった。なるほど、この2人の歴代大統領の経歴は、トランプ02の就任演説に重なるところが多い。

内田氏は、マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』を引いて「マルクスいわく世界史的な出来事の渦中に投じられた時、ひとは『過去の亡霊たちを呼び出して助けを求め、その名前や闘いのスローガンや衣装を借用』するものなのだ」という。

だが、わたしには、そうかなあという疑がいが残る。

トランプは第一期の大統領候補のときから、メキシコは麻薬密売人やレイプ犯をアメリカに送り込んでいるとか、当時の大統領オバマのアメリカ市民権には疑いがあるといい、ホラとウソを意識的に振りまいた。大げさな身振り、暴言で相手を威圧し、メディアがそれを面白がって取上げ、大衆がそれに追随したといわれる。とくにヒラリー・クリントンと争った大統領選挙ではソーシャルメディアを意識的に利用して勝利した。

大統領になってからも、暴言を連発して批判されたが、決して反省することはなかった。吉見俊哉という人の『トランプのアメリカに住む』(岩波新書)は、トランプ01のアメリカを語ったものだが、その中に『トランプ自伝』のゴーストライターをしていた人物の話がある。

――教室でじっとしていられない幼稚園児』のような存在で、自己顕示欲がすべてである。なぜならば彼は、まだ一冊も本を読みとおしたことがない。集中力がないのだ。だから情報源は全部テレビ。なによりもトランプは「口を開けば嘘をつく」 「(彼の)嘘は口から出まかせではなく計算ずく。人をだますことに何の良心の呵責も感じていない」

だがわたしは、トランプが無能だというのではない。ソーシャルメディアを巧みに使い、記者会見などでも演出がうまい。彼は4月9日、相互関税に関して米国に報復措置を取らなかった75ヶ国に対する適用を90日間一時停止すると突如発表した(対中国関税は125%へ引き上げた)。これは米国債の大量売りがあり、時価が下がり利率が上がったのに驚いたからだという。取り巻きの忠告もあったと思うが、こういうことには敏感に反応し決断する。

先日、トランプが仲間内で、「関税を掛けるといったら、世界中の指導者が俺のケツを舐めに来る」と言ったという報道があった。まるで専制君主気取りだ。また4月14日には事情通の友人から「今日のアメリカのテレビ番組で、関税の除外を働きかける各産業分野の利益を代表するロビーストがワシントンにわんさと集まっているという報道がありました」と知らせてきた。さらに、トランプが何か言うと、そのたび株が乱高下する。その間隙をついて瞬時に大儲けする輩が出たという話もあり、上院議員が調査を要求している。トランプとその取り巻きにとって、「口利き」で大儲けできる環境が生まれている。

内田氏のいうように、トランプ一人でマッキンりーやルーズベルトといった人物の「その名前や闘いのスローガンや衣装を借用」することができるだろうか。カナダをアメリカの1州にし、グリーンランドを領有し、パナマ運河を牛耳ることを、彼が本気で考えているとしたら、それは誇大妄想である。だが、彼ならやりかねない。アメリカの有権者の半数は、こんな人を大統領に選んだのだ。

いま、世界の経済は彼にかき回され、各国の指導者たちがこれとまともに付き合わねばならないとは、なんという不幸なことだろう。        (2025・04・17)