ノーベル医学生理学賞受賞者 カリコー・カタリン女史のインタビュー

 恒例の「ノーベル賞」発表週間が始まり、医学生理学賞をカリコー・カタリンが、物理学賞をクラウス・フェレンツが受賞しました。ともに外国での研究が認められましたが、大学・大学院教育をハンガリーで受けており、ともにハンガリー国籍を保持(二重国籍)しての受賞となりました。
 このうち21年3月にHPに掲載されたカリコー女史のインタヴュー記事をあらためて、共有したいと思います。
ところで、2日月曜日にウクライナの首都・キーウィで開催されたEU外相会合に、ハンガリーは外相を派遣せず、次官が代わりに出席しました。これまでハンガリー政府要人は徹底してキーウィ訪問を避けて、暗黙のウクライナ不支持を表明しています。カリコー女史もオルバン政権に批判的なため、ノーベル賞受賞についてもハンガリーの公共放送での扱いは慎ましいものです。
 オルバン政権では学問・文化もすべて、権力維持の観点から評価されます。独裁政権と呼ばれる所以です。政権支持の知識人ですら、最近のオルバン首相の大学(リスト音楽院学長選挙)や文化(オペラハウス支配人選出過程)への政治介入に呆れている始末です。
 スロヴァキアでもオルバン流の政治姿勢をとるフィツォが総選挙で第一党になりましたが、ハンガリーもスロヴァキアもウクライナ支援では無視できる程度のものです。

カリコー・カタリンについて (2021年インタヴュー再掲)

略 歴
 ハンガリー南部のセゲド大学(生物学)を1978年に卒業し、1982年までセゲド生物学研究センターで研究を続け、1983年にPhDを取得した。すでにこの時期にRNA(遺伝子転写物質・メカニズム)の研究を始めた。主流のDNA(遺伝子)研究ではなく、傍流のRNA研究に取り組んだ成果が、25年の時間を経て、大きな成果となって結実した。
PhD取得後にアカデミーの奨学金を得て、セゲド生物学研究センターで研究を続けた。1985年に研究センターの人員整理が行われた際に、家族でアメリカに渡ることを決断し、フィアデルフィアのテンプル大学に職を得て、修飾ヌクレオチド(RNAを構成する物質の構造が変化したもの)の研究に従事した。
 3年後にワシントンに移り、分子生物学を研究し、その後再び、フィアデルフィアに戻り、2013年までペンシルヴェニア大学の医学部循環器科で分子生物学者として研究を進め、その後神経外科に移動した。フィアデルフィアに戻った当初から、mRNAをベースにした治療法を構想していたが、「治療法は有効でない」と研究費申請を拒否された。
 この治療法は遺伝子そのものを操作するのではなく、遺伝子の転写メカニズムに作用して、免疫の元となるたんぱく質の創出を促す治療法である。このメカニズムを操作することによって、従来の不活性化されたワクチン開発より、はるかに短い時間で体内に免疫を創り出すことが可能になり、かつウィルスの変異に迅速に対応することが可能になる。この点で画期的な科学的発見であり、ノーベル賞級の研究成果である。
 さて、神経外科に移動し、免疫学の同僚医師がこの治療法のアイディアに関心を示したことから、さらに研究を進めることになった。研究のポイントは、「合成mRNAが強い炎症反応を惹き起こす」ことであった。これを解決することが、カリコーの研究課題になった。
 フィアデルフィア大学でHIVワクチン開発を行っていたワイスマン(Drew Weissmann)はDNAを利用したワクチン開発を行っていたが、カリコーとともにmRNAをベースとするワクチン開発に方向転換した。ここで、修飾ヌクレオチドから出発し、炎症を抑えたmRNAを作ることに成功した。ペンシルヴェニア大学はKariko-Weissmanの名で知られる特許を取得し、その後、BioNTechやModeRNAが高額の特許使用料(ロイヤルティ)を払って製造を開始した。

セゲド大学を訪問したカリコー・カタリン
(銅像はビタミンCの発見でノーベル賞を受賞したセント=ジョルジィ・アルベルト)

 当初、RNAを利用する治療法は無視されていたが、細胞情報を伝達するRNAを使えばどのような感染スィミュレーション(simulation)にも対応できるというアイディアは次第に多くの研究者の関心を得ることになり、ヴェンチャー企業であるModeRNAを2010年に創設したマサチューセッツ・ケンブリッジのデリック(Rossi Derrick)がカリコーを引き込もうとした。しかし、カリコーはドイツのヴェンチャー、BioNTech RNAと連携する道を選んだ。
 現在、カリコーはペンシルヴェニア大学の教授職を保持したまま、BioNTechの副社長を務めており、ドイツとアメリカを往復している。ハンガリーにも時々戻っている。カリコーはハンガリー国籍を保持しており、二つの国籍を持っている。なお、長女のジュジャンナは、Susan Franciaの名前で五輪の女子エイト競技(ボート)に参加し、二度金メダル(北京、ロンドン)に輝いている。ハンガリーはカヤック、カヌー競技に強いが、ジュジャンナがアメリカに渡ったのは3歳の時だから、ハンガリーで競技力をつけたのではない。
 1937年にビタミンCの発見でノーベル医学生理学賞を受賞したセントージョルジィは1931年に、セゲド大学に新設された生化学研究所に教授として赴任した。戦後の体制の中で優れた伝統は失われたが、しかしセゲド大学では生化学研究が細々と続けられている。ハンガリーの優秀な人材はハンガリーの教育を受けた後、西側の世界で世界的な成功を収めてきた。
 この辺りの事情は、マルクス・ジョルジュ著(盛田編訳)『異星人伝説-20世紀を創ったハンガリー人』(日本評論社、2001年)の「セント-ジョルジィ・アルバート」(198-206頁)を参照されたい。(盛田)

カリコー女史への質疑応答(2021年インタヴュー再掲)

ワクチンの有効期間はどれほどか?
 カリコー:まだ確実なことは言えない。昨年4月と5月に試験的な接種を行ったが、現在、そのうちどれほどの人が感染したかを調べている。コロナに感染した人が、接種を受けていない場合、6ヵ月後に再感染することが分かっている。
 これにたいして、最初に接種を受けた人たちの感染はいまだ確認されていない。しかし、この点については、まだ状況を見る必要がある。
感染後、どれほどの時間経過の後に接種を受けることができるか?
 カリコー:1か月ほど前までは90日が目安だった。その後、この問題について研究が進められているが、まだ明確な結果が示されていない。この問題は、感染の重度に依る。
 無症状あるいは軽症の場合、抗体形成が進んでいないので、もっと早く接種を受けてもよいと考えられる。しかし、重度の症状があった人の場合は、ウィルスに対する強い反応が残っているので、接種は重度の副作用をもたらす可能性がある。
感染した人は1回目の接種と同様の効果をもっていると考えられるか?
 カリコー:はい、最近の研究では、感染が1回目の接種と考えてよいということが分かっている。
アナフィラクシー・ショックの確率はどの程度のものと考えられるか?
 カリコー:イスラエルの接種からPfizer/BioNTechに寄せられたデータによれば、470万人の接種で、158名の重度の副作用が見られた。47000名に1人の割合である。
 このワクチンの検証が終了した時点では、妊婦と16歳以下の人々への接種を避けるように提案したが、それは治験を行っていないからである。ワクチンへの反応が不明だからである。現在、妊婦および子供への治験が行われている。
 副作用のない薬剤は存在しない。しかし、感染によって、それより深刻な結果が生まれる可能性がある。したがって、心臓手術の後であっても、接種を勧めたい。
1回目と2回目の接種に3週間の期間が設定されている。ハンガリーではこれを35日に延長しているが、これは問題を惹き起こすか?
 カリコー:3週間という時間は治験で設定された時間で、それで認可を得ているからである。したがって、3週間が最適な時間であることを意味しない。3週間というのはもっとも短い期間で、それを過ぎれば再度接種が可能ということを意味する。
 現在、2か月間の間隔を空ける治験が行われている。今言えることは、接種の間隔について、正確・厳密に言えることはないということである。
接種が男性機能に影響することはあるか?
 カリコー:それはあり得ない。私が知る限り、接種が体の機能に影響を与えることはない。1回のワクチンには30ミクログラムのmRNAが含まれている。一粒のコメにはおよそ30mgである。この事例を使えば、一粒のコメ千粒ほど細かく砕いたほどの量のmRNAが、局所的に腕に入る。さらに、mRNAは不安定ですぐに破壊される物質で、2日経てば組織から消えてなくなる。mRNAによってコード化されたタンパク質が現れるが、これは数日間だけ体内に残るものである。短時間とはいえ、この時間は免疫反応を引き起こすのに十分な時間である。
自己免疫疾患をもつ患者は接種を受けることができるか?
 カリコー:これについては、CDC(アメリカ疾病予防センター)の指針がある。私が知る限り、mRNAベースのワクチンが自己免疫疾患者に問題を惹き起こした事例はない。他方、コロナは自己免疫疾患患者に大きなリスクを与えるので、接種が問題を起こす確率は極めて低いと思う。一般論として、接種可能と考える。
妊婦への接種は胎児を守ることになるか?
 カリコー:現在の医学界の見解は、イエスである。抗体が胎児に渡り、子供を守ることができる。これは授乳期の母親についても同様で、母乳を通して、抗体が引き渡される。
免疫抑制ケースにある患者に接種は可能か?
 カリコー:重篤の疾病患者の場合、免疫抑制状態にあるか、免疫反応を抑えるために免疫抑制剤が使われている。このような患者の場合、数か月にわたってコロナウィルスと戦うことはできず、ウィルスが体内で分離された時に、変異を生み出す。一人の人間の体内で、無数の変異種が発生する。一部の病原体は体内で無効化されるが、すべて無効化することはできない。
 したがって、このケースでも、接種は有効だと考える。なぜなら、これらの患者は他者に感染を惹き起こし、社会全体を大きなリスクに晒すからである。
Pfizer/BioNTechワクチンの冷凍問題で、改善が予想されるかどうか?
 カリコー:「なぜ零下70℃でなければならないのか」はよく受ける質問である。これも実験結果が決めている。3-4年70℃で冷凍保存したmRNAを取り出して使ったところ、完全な効能を示した。
 零下20度で保存した場合の実験を行っているが、この場合は6か月で有効性を失うことが分かっている。したがって、可能な限り、適切な冷凍庫を入手できるのが望ましい。
mRNAワクチンの製造能力を制限している要因は何か?
 カリコー:mRNAを大量に作ることは可能で、それを包む4種類の脂質のうち二つはどこでも入手可能だが、イオン化可能な脂質の合成が最大の問題である。このプロセスそのものがあまり効率的でなく、現在の技術は少量の生産に向いているが、単純に拡張することができない。
 誰にでも分かることだが、今まで二人の人に接種しなければならなかったのが、明日から急に200人に接種しなければならなくなった時のことを考えればよい。こうなると、それまでの製法を変える必要が出てくる。他の会社の助けを借りることもできる。たとえば、脂質合成はその例である。しかし、イオン化可能な脂質合成の増産は解決できていない。多くの製薬会社も少量生産しかできないからだ。
製薬会社は大きな利益を上げている。パンデミックの時も、利益が業務遂行を決める要因になっているのか?
 カリコー:今の状況下で皆が考えていることは、可能な限り速やかに、かつ効率的にワクチンを開発することだ。Pfizerはアメリカ政府の補助金を得るのではなく、20億ドルを出資してBioNTechの開発を支援してきた。これは失敗すれば、株主に弁済しなければならないお金である。そういうリスクをかけて開発している。
 これまで費やしたお金や努力に比べて、ワクチンの価格が高いとは思わない。会社の幹部も利益が一番重要な動機だとは思っていない。
ロシアや中国のワクチンをどのように評価しているか?
 カリコー:私自身は生化学者であり、ワクチンの専門家ではない。もちろん、科学雑誌で最新の研究情報を得ているが、ロシアや中国のワクチンについて意見表明することはできない。どのワクチンにも効果があり、それなりにウィルスから守ってくれるものだと思っている。
中国ワクチンを打った後、別のワクチンを接種することはできるのか?
 カリコー:たとえば、秋になってワクチンが十分に確保されている場合には、別種のワクチン接種を考えることは可能である。mRNAベースあるいは不活性なウィルスを含むワクチンを接種した場合、次回にどのようなワクチンをも選択できる。しかし、スプートニクVやAstraZenecaのように、アデノウィルスをベースにしたワクチンの場合、すでに体組織が所与のアデノウィルスヴェクター(この場合のヴェクターは、ウィルスの媒介者という意味)を認識しているとすれば、免疫システムが有効成分を目的箇所に運ぶことを拒否することが考えられる。
 たとえば、アフリカでエボラ熱にたいするチンパンジーアデノウイルスベクター・ワクチンを接種している場合、コロナにたいするアデノウィルスヴェクター・ワクチンを接種しない。体組織がそれに反応しないからである。
https://qubit.hu/2021/03/10/kariko-katalin-a-vakcinak-kifejezetten-olcsok-ahhoz-kepest-hogy-mennyi-munka-van-bennukより翻訳。
 
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