ハンガリーは石油と天然ガスの禁輸制裁にどのように対応するのか

 欧米の対ロシア制裁は物資やサーヴィス面の輸入制限で効力を発揮しつつあるが、国際金融面での効果が思ったほど出ていない。ロシアの外債利払いで、デフォルトが間近いと予想されながら、ロシアは外貨で元利支払いを続けている。その原資は石油と天然ガスの売上げであることは間違いない。少なくとも、欧州地域からロシアに支払われる石油と天然ガス代金が、1日10億ドル(10日で1兆円超)に上ると報道されている。この売上げ収入がある限り、ロシアがデフォルトに陥ることも、戦費に困ることもない(もっとも、お金があっても、資材の輸入が断たれているので、武器の補填や国内製造が進むとは考えづらいが)。

 ロシアの無法をくい止めるのに軍事力を使うことができなければ、兵糧攻めにするしかない。しかし、ロシアのエネルギー輸出に手を付けなければ、決定的な効果が得られないことが明らかになった。他方、ロシアへのエネルギー資源制裁はロシアからのエネルギー供給に依存してきた多くの国にとって、厳しい政策判断を迫られることを意味している。
 ハンガリー政府は国の利益のために、「戦争から距離を置くことが必要」だと国民に呼びかけ、国民の不利益になるような制裁措置は受け入れられないと主張している。一方で制裁に同調しながら、他方でロシアからのエネルギー資源の益を享受しようとするのは矛盾しているが、まさにここに対ロシア制裁の面従腹背的姿勢が現れている。制裁を発動する側が、制裁発動から発生する不利益を甘んじて受けるという姿勢がなければ、本当の制裁にならない。

 制裁が永遠に続くことはない。ロシアがポスト・プーチン時代に入り、戦争の過ちを認めれば、再び新しい関係が築かれるはずである。それまでのあいだ、ロシアとウクライナに隣接する諸国は、軍事的に支援できないなら、ロシアが過ちを認めるまで、制裁による不利益を忍ばなければならない。自国の利益のためと称して、抜け駆けすることは許されない。代替輸入源を確保する作業は欧州全体の利益を守るための義務である。

石油と天然ガスの代替可能性
 5月4日、ヴォンデアライエン欧州委員長はロシアからの石油と天然ガスの輸入停止の制裁措置の段階的導入を明らかにした。統計に依れば、EU全体の石油のロシア依存度は25%、天然ガスのそれは40%である。しかし、これは平均値であって、EU諸国内の依存度には国ごとに大きなばらつきがある。

 石油とガスをエネルギー計算した統計では、ロシアへの依存度はリトワニア96%、スロヴァキア57%、ハンガリー54%、オランダ49%、ギリシア47%、フィンランド45%、ポーランド35%、ドイツ30%、ラトヴィア31%、クロアチア25%となっている。このなかで、海に面していない国は、スロヴァキアとハンガリーである。この二ヵ国の場合、ロシアからのエネルギー資源の輸入転換を実現するのは容易ではない。実際、オルバン首相はハンガリーのロシアへの石油の依存率が60%、天然ガスの依存率が80%で、とても調達先を転換するのは不可能、ロシアからのエネルギー資源の輸入停止は、ハンガリーにとって経済的な原爆を落とすようなものとまで主張している。しかし、これはかなり誇張した主張だ。

 旧体制時代から、ソ連への全面的なエネルギー依存を避けるために、アドリア石油パイプラインが敷設されている。クロアチアからハンガリーへ流れるパイプラインで、ハンガリーに到達した中東石油は、さらにロシアの「友好パイプライン」でチェコやスロヴァキアへ送ることができる。年間1千万トンの輸送能力があり、ハンガリーが使用する1年分の石油を賄うことができる。これまでアドリアパイプラインの使用度は低かったが、それは輸送中継料金が、ロシアの「友好パイプライン」より高いからである。

 他方、政府は技術的な面からアドリア石油パイプラインからの石油輸入で、ロシアの石油を代替できないと主張している。ウラル産のロシア原油と中東原油では精製技法が違うというのだ。しかし、専門家はロシアからの原油も一定のブレンド加工を施されたものが送られてきており、中東原油からの原油も同様に一定のブレンド加工品で、それほど本質的な違いがあるわけではないという。これまでもアドリア石油パイプラインで輸送された中東石油を精製しているのだから、技術的に克服不能な困難があるわけではない。ハンガリーの輸入元MOLはアドリア石油パイプラインへの全面転換には、数年の時間と一定の技術投資を必要とすると主張しているが、これも政府への忖度が含まれる主張と思われる。

石油と天然ガスとでは、制裁の効果や制裁する側の不利益も大きく異なる
 ロシアにとって、石油の輸出制裁は天然ガスより厳しい結果をもたらす。原油抽出を適宜止めることは不可能で、売り先のない噴出する原油の処理が難しくなる。他方、制裁を課す側は、精製の技術的条件さえ整えば、比較的容易に輸入の代替源を見つけることができる。
 これにたいして、天然ガスの場合は、ロシアは供給停止を比較的簡単に行うことができる。他方、それで困るのは制裁を課す側だ。制裁を課す側には、ロシア以外からの調達を余儀なくされ、パイプラインがなければ、LNG(液化天然ガス)の海上輸送とその気化装置が必要になる。海に面していないスロヴァキアとハンガリーの場合は、港からのLNG輸送も必要になる。したがって、天然ガスの代替源の確保は大きな投資を必要とするだけでなく、それなりの時間もかかり、ガス料金が高騰することは避けられない。
 したがって、EU内の制裁決定においても、石油と天然ガスは切り離して行われることになろう。ハンガリーが拒否権を行使し、石油の禁輸を拒否するかどうかが、当面の焦点になる。

ハンガリー政府のディレンマ
 今回のロシアの侵略戦争で再認識されたように、ロシアの権力が専制的である限り、エネルギーをロシア一国だけに頼る政策は常に政治的リスクを抱える。そのことは旧ソ連時代から言われてきたことである。社会主義時代ですら、アドリア石油パイプラインを附設することで、ハンガリーは万一の事態に備えていたはずである。
 ところが、オルバン政権はロシアや中国との友好関係を強化する姿勢を示すことで、EU内で「瀬戸際外交」を展開してきた。その「瀬戸際外交」はロシアのウクライナ侵略で破綻した。にもかかわらず、オルバン政権はその破綻を認めるのではなく、自国利益の優先を掲げることで、破綻を覆い隠してきた。政権を支持する有権者も、ほぼオルバン首相の主張に同調し、ロシアへのエネルギー依存を肯定的に捉えている。反社会主義反共産主義を唱えながら、旧体制時代以上に対ロシアへの依存を強めるのは矛盾しているが、イデオロギーは野党を叩くための道具に過ぎず、自らが旧社会主義政権と同じ政策を取っていることに何の矛盾も感じないのだ。そして、安いエネルギーを国民に提供するという目先の人参に釣られた有権者の3割が、強固に現政権を支持する基盤になっている。

 ハンガリー政府にとって頭が痛い問題は天然ガスだけにとどまらない。ハンガリーの電力供給の過半をロシアの技術で建設されたパクシ原発が担っている。500MWの原発が4基稼働しているが、それらすべての原発は当初の耐久期限(30年)を過ぎており、現在は20年間の延長期間にある。
 ハンガリー政府はそのパクシ原発の耐久期限を延長しつつ、新たな原発(加圧水型VVER-1200型を2基)を建設することを決め、2014年に国際入札を行うことなく、ロシアのRosatom社と増設契約を締結した。建設費の8割をロシアからの融資によって賄うプロジェクトである。契約の詳細は30年の国家機密として公開されていない。この契約を巡って、欧州委員会は調査を行い、2017年になってようやく承認した曰く付きの案件である。

 ハンガリー(オルバン首相)とロシア(プーチン大統領)との蜜月は、このプロジェクトから始まった。ロシアとのビジネスは常に不透明な金銭授受が付随する。チェコのゼマン大統領がロシア寄りになったのも、ロシア資金が裏金の政治資金として流れたからと考えられている。それと同様に、オルバン首相が親ロシア親プーチンになったのは、ロシアや中国とのビジネス関係の拡大が裏金形成に役立ち、かつ政権支持の実業家に仕事を与え、自らの政治勢力を堅固にできるからである。さらに、東方政策を展開することで、EU内で独自のポジションを形成でき、発言力を高めることができると踏んだのである。まさに、ロシアや中国とのビジネスは、一石二鳥いや一石三鳥の効果があると分かったのだ。

 しかし、瀬戸際政策は常にリスクを含む。ロシアが侵略戦争を始めてしまったこの段階では、原発の建設や燃料輸入にもリスクが出てきた。今のところ、欧州委員会はハンガリーの原発拡張について何も発言していないが、ハンガリーがロシア原油輸入制裁反対を強く唱えれば、やぶ蛇となって、ハンガリーの原発拡張問題がクローズアップされる可能性を排除できない。

ハンガリー政府の不可解な態度
 オルバン首相がEUの対ロシア原油輸入制裁に反対していることにたいし、ロシアの元大統領(元首相)メドヴェージェフは以下のような発言をソーシャルメディアTelegramで行っている。四面楚歌のロシアにとって、ハンガリーは唯一、折につけ、ロシアに寄り添う姿勢を示してくれる国になっている。

 ロシアの侵略戦争が始まって以降、ハンガリー政府は、「ウクライナの領土の一体性を支持する。紛争は平和的に解決されなければならない」と言いつつ、「ハンガリーが戦争に巻き込まれることがあってはならず、紛争の外にいることが正しい政策であり、ハンガリー国民の利益を最優先することが重要である」と主張している。この立場から、ウクライナからの難民は支援するが、武器の供与や武器の通過それ自体は戦争にかかわることになるので拒否するという態度を貫いている。
 一見してもっともらしい主張であるが、この口先だけの主張には、ロシアへの批判もウクライナの悲劇に対する心痛も見えない。この消極的態度には、明らかにロシアとプーチンにたいする忖度が垣間見える。本当にロシアの友人なら、プーチンに対する厳しい意見や対応があってしかるべきだ。ウクライナの領土の一体性を支持すると言いながら、それが壊されていることに対し、何の意見表明もない。ただただ、ハンガリー国民の利益を守るために、ロシアの原油と天然ガスを輸入し続けなければならないと主張しているだけである。
 フォンデアライエン委員長は5月9日夜、急遽、オルバン首相を訪問し、ロシアの石油輸入制裁への支持を要請したようだが、話し合いは物別れに終わったようだ。EUではハンガリーの法治性(rule of law)に対する厳しい調査が始まっている。対ロシア石油禁輸制裁に最後まで反対すれば、ハンガリーのEU内での立場はさらに悪化するだろう。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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