1月3日 ちきゅう座編集部注:原典が、”パロディ「アベのミックソ」”から ”寓話「アベのミックソ」”に改訂されたのに伴い、改訂版を掲載いたします。
第一話 早分かり「アベのミックソ」
J 大学医学部内科医長にアベセンセイが選出され、彼のポン友アッソウセンセイも副医長に任命された。二人とも学業成績は悪かったが、親の七光りで教授ポストを得た劣等生仲間だ。とくに研究業績もないが、彼らには人脈があるので医学部ではいろいろ重宝されている。この医局では多発性腫瘍の患者を多く抱えており、有効な治療法を打ち出せないまま、苦悶の日々が過ぎていたが、アベセンセイとアッソウセンセイが医局のトップに立つことになって、皆、戦々恐々としている。なぜなら、この二人は「荒唐無稽」な治療方針を堂々と主張しているからである。
勉強不足で現代医学に精通していないアベセンセイの治療持論は、とにかく患者を元気にさせることが第一で、そのために限りなくモルヒネや強心剤(カンフル剤)を使うこと。一時的にせよ、患者が元気になれば、後はその勢いで健康が回復することを信じて疑わない。多発性腫瘍の根本治療にはほど遠いが、とにかく必要なだけモルヒネや強心剤を使えという妄信に凝り固まっている。厚生省の倫理委員会はモルヒネや強心剤の使用の制限を厳しくしており、アベセンセイの内科医長への就任が決まってから、倫理委員会はJ 大学の治療実態に目を光らせている。
アシスタント「センセイ。モルヒネや強心剤を打っても、患者の容態に改善する兆候がみられません。やはり、この治療方針が間違っているのでしょうか」
アベセンセイ「馬鹿を言え。君は倫理委員会の制限を守って、ちょびちょびしか患者に投与していないからだろう。ドーンとやれ。目いっぱい強心剤を打って、患者が元気になるまで打ち続けろ」
アシスタント「それでは患者が死んでしまいます。死んでしまえば、取り返しがつきません」
アベセンセイ「君はまだ倫理委員会の規則を守っているのか。どうせ多発性腫瘍は治癒の見込みがないんだ。何度も言っただろう。やる時は思い切って大量に投与しないと効果がないんだ。数学科のフジワラセンセイもそう言っているぞ」
アシスタント「フジワラセンセイは医者ではありません。素人が言うぶんには構いませんが、専門医がそのように言いきってしまうと、問題になります」
アベセンセイ「これは何も俺だけの考えじゃない。アメリカの大学の世界的権威、ハマダセンセイから頑張れというFAX をもらってるんだ。ほれ、見ろ、こんな偉いセンセイからお墨付きをもらったんだぞ。額に入れて、俺の部屋の壁に飾っておけ」
アシスタント「でも、ハマダセンセイはもうお年だし、臨床に詳しくなく、理論研究分野の方だと伺っています」
アベセンセイ「理論だろうが、臨床だろうが、権威は権威だ。倫理委員会のシラカワ委員長はハマダセンセイの弟子だから、いずれセンセイの軍門に下るはずだ」
アシスタント「でも、全国医師会のヨネクラ会長も、センセイの治療方針を荒唐無稽だと批判されています。大丈夫でしょうか」
アベセンセイ「あれは失敬な奴だ。君、知らんのか。あのタヌキ親爺は後から電話で詫びを入れてきたんだぞ。失礼しましたと。だから言ってやったんだ。俺の医局の方針に、外からガチャガチャ言って、介入するなとな」
アシスタント「最近では、マスコミの方も、センセイの方針をアベのミックソなどと言ってリスクが大きいと騒ぎ始めていますし、ハマダセンセイもいろいろ批判を受けられて、ちょっと弱気になっていますが」
アベセンセイ「マスコミなど、気にするな。俺も馬鹿じゃないんだ。実際に治療する時は、投与量を匙加減して、患者が死なないようにする程度のことは分かっているよ。大げさに言っているのは、医長に就任するまでの話さ」
アシスタント「センセイ、言動に気を配ってくださいね。そうしないと、また足をすくわれて、神経症にならないとも限りません」
アベセンセイ「分かっているって。だからいつも神経安定剤を持ち歩いているんだ。それにしても、倫理委員会のシラカワはしぶとい野郎だ。どうしても俺に逆らうなら、解任してやる」
アシスタント「センセイ、それはいけません。倫理委員会には独立性が保証されているので、介入することは許されません。公になると、問題になります」
アベセンセイ「そんなことは分かっている。だから、裏から手を回して、俺の息のかかった者に交代させるだけだよ」
アシスタント「センセイ、慎重にお願いします」
筆者紹介:
盛田常夫(もりたつねお)さんは富山県出身の経済学者。1970年国際基督教大学(ICU)卒業、1975年一橋大学大学院博士課程修了。法政大学教授、野村総合研究所研究顧問を経てハンガリー立山研究所取締役社長、ブダペスト在住。経済体制の研究が専門で、主な著訳書に『体制転換の経済学』(新世社、1994年)、コルナイ・ヤーノシュ著『[不足]の政治経済学』(岩波書店、1984年)など多数。ホームページ「ハンガリーからのメッセージ」(http://morita.tateyama.hu/)。
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