オルバン首相夫妻が LCC 機でスペイン旅行に出かけたことは本通信でも触れた。
来年の選挙を意識したパフォーマンスだと、多くのメディアは夫妻の搭乗時の写真を報じた。ところが、8月21日には側近を連れて、プライヴェットジェットでクロアチアの景勝地へ飛び、ヨット遊びをしたことが報じられた。オルバン政権下の高速道路建設で大儲けしている会社が所有する豪華ヨットが、オルバン一行が借りたヨットに寄り添うように停泊していたことも報道されている。この時に使用したプライヴェットジェットはオルバン首相顧問のシュミット・マーリアの娘の会社が所有しているものだと暴露された。
しかし、オルバン・ヴィクトルはそのような報道を意に介すことはない。9月6日 にダブリンで開催されたサッカーW杯予選の対アイルランド戦を観戦するために、 今度は最大手の商業銀行 OTP 傘下の会社が保有するプライヴェットジェットに乗って、OTP 会長チャーニ・シャンドルたちとダブリンに出かけた。OTP は商業銀行だが、国策銀行として、政府と NER(政権とともに歩む)企業と密接な協力関係を結んでいる。チャーニ・シャンドルがハンガリーサッカー協会会長だという事情はあるが、いかに OTP 会長といえども、個人の趣味に会社所有のジェットを使うのは公私混同と批判されても仕方がない。さらに、チャーニの観戦を口実に、政治家が側近同伴でジェットに同乗するのは、政府と利害関係のある企業からの利益供与にあたる。しかし、オルバン・ヴィクトルには利益相反や贈収賄という観念そのものがなく、プライヴェットジェット使用は首相特権の一部だと考えている。
しかし、ハンガリーのメディアはオルバンの行動に疑念を呈することはなく、オルバンの試合評価を報道するだけのものがほとんどである。だから、当事者たちは開き直っている。「(プライヴェットジェットの)どこが悪い」と。メーサーロシ ュがプライヴェットジェットで UEFA 主催の CL 決勝戦(ミュンヘン)を観戦した際に「徒歩で行くわけじゃないよ」と記者の質問をはぐらかしたのを真似て、一行に加わった首相顧問のオルバン・バラージュは次のようなメッセージ(※注 出発するよ、 もちろん徒歩でないけれどね!)を Facebook に投稿している。公人としての倫理観はゼロである。
Orbán Balázs www.facebook.com/orbanbalazsandras ブダペスト通信(2025年9月10日)① 3日·
Ma este Magyarország-Írország VB selejtező.
※注 Nemsokára indulunk – gondolom, nem gyalog
Hajrá, magyarok!
すでに本通信でも報じた通り、サッカー狂いのオルバン・ヴィクトルがサッカー試合にプライヴェットジェットで観戦するのは恒例行事になっている。反政府系のメディアは批判するが、政府系メディアが報道することは一切ない。だから、有権者の反応は鈍い。長期の社会主義政権下で、市民社会的倫理が育まれることがなく、 権力者が特権を享受することを当然のことだと許容する社会的倫理が未だにハンガリー社会を支配している。
プライヴェットジェットの利用はオルバン・ヴィクトル個人だけのことではない。 オルバンがサッカー観戦のために利用したジェットは、本年3月にオルバン次女シャーラ一家のモルジブ旅行にも使用された。この時、メーサーロシュ・グループの最高幹部でグループ IT 会社4iG 社長のヤーサイ・ゲリールトの家族も同乗していたと報道された。LCC機を利用する

この情報が公になった3月、OTP は関連会社が所有するプライヴェットジェット は周辺国に点在する OTP 子会社間の移動に利用しており、空き時間があればジェット使用の一般販売も行っていると説明していた。しかし、いったいこのジェット費用を誰がどう払ったのか、オルバン次女ファミリーが支払ったのか、あるいはメー サーロシュ幹部のヤーサイが払ったのか、それとも OTP からのプレゼントだったのかについて回答を拒否した経緯がある。
親父が市民的な社会倫理観を保持していなくても、体制転換以後に誕生した息子や娘が新しい市民的価値観を育んでいてもおかしくない。しかし、オルバン家は長女も次女も父親並みに特権を享受していることに何の違和感もないようだ。まるでオルバン家がロイヤルファミリーであるかのような感覚でいる。
オルバン次女シャーラは 2017年に結婚した。外部のメディアを排して、ブダペストの教会で挙式を行い、オルバン家発祥の地で披露宴を開いた。ガス配管工からハンガリー一の億万長者になったオルバンの盟友メーサーロシュが所有するアルチュートドボズのプシュカシュ・ホテルが宴の場となった。その後、新婚夫婦はなぜか 日本へ新婚旅行に出かけた。この旅行は内々で準備され、駐日ハンガリー大使館内でも極秘のうちに国内移動の種々の手配が行われた。
しかし、多くの人の手を経て準備されるから、新婚カップルの情報がいろいろ漏れてきた。京都ではフォーシーズンズホテルに宿泊し、老舗料亭に芸者を呼んで宴が開かれた。新郎は地方の教会牧師の息子だから、長女夫婦のように派手な生活はしないだろうと噂されていた。ところが、宴が終わる頃に、新郎はポケットから万札の束を取り出し、そこから気前よく芸者にチップを配ったという。「牧師の息子 だから」、潔癖な社会倫理を保持しているなどということはない。金の力に取り込まれてしまえば、信仰も倫理も思想信条もない。オルバン・ヴィクトル自身がその典型である。
オルバン次女夫婦の様子は、この宴をセットした私の知人が語ってくれた。「ハンガリーにはこんな金持ちがたくさんいるのですか」と問われたが、「自分が汗水たらして得たお金ではないから、贅沢できるのでしょう」と答えた。
一事が万事、プライヴェットジェットでモルジブ旅行しても恥じることなどない。 恥じるという意識そのものがない。シャーラは首相の娘として享受できる当然の権利だと考えているし、婿入り同然の夫もまたその特権を積極的に受け止めている。 まるで王室に婿入りしたかのようである。まさにドキュメンタリーフィルムのタイトル通り、「オルバン王朝(Orban Dinasty)」である。
オルバン長女一家のアメリカ移住にプライヴェットジェットが使用されたかどうかは報道されていない。メディアへの露出を避けていったんミラノへ行き、そこからアメリカに渡航したから、渡航の詳細が分かっていない。
公共事業の独占的受注で焼け太った連中が、我が世の春を謳歌している。それに対する反発が、反 Fidesz のマジャル・ピーテルの支持を押し上げている。政権内部からも、ハンガリーの一般生活に比べて、異常な贅沢を批判する声(ラーザール大臣)も出ている。しかし、いったん慣れ親しんでしまった贅沢から抜け出すのは容易ではない。プライヴェットジェット、豪華ヨット、ブランド装飾品、高級スポーツカー、大邸宅建設が、Fidesz 政権幹部と政権に庇護された企業幹部の日常生活になっている。
政府は9月から 10 月にかけて、年金生活者に3万 Ft(25,000 円)の買い物クーポン券を手渡しするキャンペーンを始めた。Fidesz の岩盤支持層を形成する年金生活者を繋ぎとめる政策である。通常の年金支給に一律上乗せして銀行送金すれば済む話だが、それでは貰う側の有難味がない。だから、郵便局員が2か月かけて、年金生活者一人一人に手渡しする。政治家が自腹で払うのならまだしも、国費をばら撒いて票を得ようなどとは大胆不敵である。
また、野党の支持層になっている若者たちに狙いを定めた 25 年 3%固定年利の住宅ローンのキャンペーン(Otthon Start)も始めた。最大で 5000 万 Ft(およそ 2000 万 円)で、住宅費の 10%を自己資金で賄うことが条件になっている。もっとも、若者をターゲットにしているが、ローン取得資格に年齢制限を設けていない。
総選挙が近づき、あの手この手で票を買おうとする政権政党の魂胆が明々白々である。財政赤字が膨らんでも、政権を取った野党に赤字の責任を取らせればよいから、公金をばら撒いても、痛くも痒くもない。
公金から莫大な富を蓄えながら、さらに公金をばら撒いて権力を維持しようという Fidesz 与党に鉄槌が下るかどうか、来年の総選挙を控え、与野党の攻防が激しく なっている。
(「ブタペスト通信」No.29.2025 年9月 10 日から)
初出:「リベラル21」2025.09.16より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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