プーチン忖度路線と瀬戸際外交の代価 -ハンガリー政府はどこへ向かうのか

なぜオルバン首相はキーウを訪問しないのか
 ここ1か月ほど、ウクライナのゼレンスキー大統領がハンガリーのオルバン首相をキーウに招待していると報道されている。これにたいして、ハンガリー政府は、「ウクライナ国内のハンガリー人少数民族にたいする言語統制が少数民族の権利を侵害しており、それが存続する限り、オルバン首相のウクライナ訪問は現実的でない」という立場を表明している。
 首相や対外経済外務大臣は随時モスクワを訪問しても、キーウは訪問しないというハンガリー政府の姿勢は、プーチン・ロシアへの忖度以外の何物でもない。ハンガリー人少数民族問題が障害になっているのであれば、それも一つの討議議題としてゼレンスキー大統領と直に談判すればよいだけのことである。しかし、訪問を実行すれば、ロシアの侵略に対するハンガリー政府の立場を修正することを迫られるので、それはできない相談なのだ。
 ハンガリー国内の少数民族問題の解決は難しいものではない。EU加盟を実現しようとすれば、いずれウクライナ政府もEU基準に沿った形で、少数民族の権利を保証することが必要になる。したがって、ウクライナ政府がこの問題で譲歩することに、それほどの困難があるわけではない。
 他方、ウクライナ政府がこの問題で譲歩しても、ハンガリー政府はロシア侵略に対する従来の姿勢を変えるわけにはいかない。ハンガリー政府は建前としては、国家主権と領土保全を主張しているが、ロシア軍の撤退は主張しない(その点で中国と同じ)。「ハンガリーが戦争の外にいることが肝要」と言い続けるだけで、ハンガリー領を経由する武器輸送を認めないという姿勢を崩していない。ウクライナが少数民族問題で譲歩しても、それにたいしてハンガリーはウクライナに与えるものが何もない。だから、ハンガリー政府首脳はキーウ訪問を実行できない。それが事の真相である。
 昨年3月のEU首脳会議にリモートで出席したウクライナのゼレンスキー大統領が、以下のようにオルバン首相を辱めるような言動を行ったことも、オルバン首相の感情を逆なでしたと思われる。オルバン首相は個人的な批判にきわめて敏感で、その批判を根に持つ性癖がある。だから、ゼレンスキー大統領を喜ばせることなどしないと決めている。
“Listen, Viktor, do you know what is going on in Mariupol? (…) And you are hesitating whether to impose the sanctions or not? And are you hesitating whether to let the weapons through or not? Are you hesitating about whether to trade with Russia or not? There is no time to h  esitate. Now is the time to decide”
 「聞けよ、ビクトル(注:オルバン首相)、君はマリウポリで何が起こっているか知っているのかい?(…)君は制裁(注:ロシアに)を課すか否か、迷っているんだろ? それに武器を通過させる(注:ハンガリーを)ことにも及び腰だろ?ロシアと貿易をすることにも、だ。今はぐずぐずしている場合じゃないんだ。決めるときなんだ」(2022 年3 月24 日)
 
 もともと、オルバン首相にウクライナへの心情的な寄り添いはなく、建前は領土保全を唱えても、心では「スラブ民族の内部対立であり、我々には関係のないこと」だと考えている。だから、キーウを訪問したくない。少数民族問題を口実にしていれば、キーウを訪問せずに済むと思っているのだ。

プーチン逮捕状に対するハンガリー政府の言明
 国際刑事裁判所(ICC)が発出したプーチン逮捕状にたいして、ハンガリー政府のグヤーシュ官房長官は記者の質問に答えて、「ハンガリーはICCの加盟国であり、条約を批准しているが、官報で公告していないので条約は施行状態になく、逮捕を実行することはできない。どの国も国内法に定められていないことを実行することはできない」と述べ、「ハンガリーの国内法に鑑みて、プーチン大統領がハンガリーを訪問しても逮捕できない」という政府見解を明らかにした。
 この姿勢もまた、屁理屈をこね回して、プーチンへの忖度を明々白々にしたものだ。もっとも、プーチン大統領がハンガリーを訪問する可能性は低いが、プーチンが敢えてこれ見よがしにハンガリーを訪問することもあり得る。もっとも、そうなれば、ハンガリー政府の立場はないが。いかに国内法による説明を繰り返そうが、それが逮捕を拒否する理由になりえるはずがない。その気になれば、官報で公告すればよいだけのことだ。その意思がないということは、あくまでプーチンへの忖度を実行することで、ロシアからのエネルギー供給確保というプーチンの慈悲を維持したいということだ。
 オルバン首相はハンガリー・ファーストを主張することで、有権者の支持を集め、権力が維持できると考えている。有権者の三分の二以上を占める地方在住者と年金生活者を懐柔できる政策を追求すれば、政権の基礎は堅固になるからである。稀代のポピュリスト政治家である。

フィンランドとスウェーデンのNATO加盟批准を遅らせる理由
 フィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請は、プーチン大統領にとって大きな誤算の一つである。NATO拡大阻止を理由の一つにした侵略戦争が、逆にNATOの拡大を帰結することは、プーチンの戦略的失敗である。ハンガリーはこの両国の加盟批准に当たっても、最大限にプーチンへの忖度を実行している。もちろん、真っ先に批准する必要もないが、トルコとハンガリーを除いてすべての加盟国が昨年のうちに批准したのに対し、この両国は種々の理由を付けて批准を遅らせてきた。
 トルコのエルドアン大統領にはいろいろな策略・深謀があることは理解できるが、ハンガリーがトルコに倣って、批准を遅らせるのは子供じみている。年初には、「EU補助金をめぐる法改正に没頭されて、批准にまで時間を割くことができなかった」と説明していたが、今年に入って、オルバン首相からゴーサインが出たあたりから、別の口実が語られることになった。
 3月初旬、ハンガリー政府の防衛大臣と外交委員会委員長一行は、与党内部にある疑念を質すためと称して、フィンランドとスウェーデンを訪問した。批准に当たって、これら両国がEUの各種会議において、ハンガリーの法治性にたいして種々の疑念と非難を投げかけてきた無礼を質すためだと説明された。しかし、EUとNATOは別組織であり、EUにおける問題を理由に(しかもハンガリーの法治性にたいする疑義と調査は欧州委員会と欧州議会の決定でもある)、NATO加盟問題を拒否する論理は成立しない。この訪問の成果が何だったのかの説明がないまま、3月27日にフィンランドの加盟がハンガリー国会で批准された。EU国では最後の批准承認である。
 しかし、スウェーデンについては、批准が見送られた。与党政治家は、「トルコがスウェーデンの加盟に疑念を示しており、それが十分に解消されない限り、批准はできない」と説明している。今度はエルドアン大統領に忖度して、スウェーデンの加盟批准を遅らせるというのである。
 要するに、対EU・対NATOで、両国の加盟問題を政治的な圧力に使いたいというハンガリー政府の意図が透けている。スィーヤルトー対外経済外務大臣は、「これまでハンガリーに民主主義がない、法治性に欠ける、メディアの自由がないと批判してきた両国が、早期の批准を期待するのが間違っている」とも述べている。加盟問題を利用して意趣返ししたいという子供じみた考えである。
 もっとも、オルバン首相は、「オルバンがエルドアンと結託して加盟を遅らせている」という国際批判を気にしており、フィンランドの批准から一定の時間をおいてスウェーデン加盟の批准を行う予定だと見られている。こうやって大仰に構えてもったいぶることで、幾分かでも西欧諸国のハンガリー批判に仕返しをしたいということだ。しかし、その代償は小さくない。欧州委員会や欧州議会の多数はハンガリー政府の姿勢と意図を看破しており、それがEU補助金支出への厳しい条件付けに帰結している。

EU補助金の行方
 ハンガリー政府にとって、現在の最大の懸案事項は、EU補助金の行方である。補助金支出にはハンガリーの法治性の改善が条件になっており、厳しい交渉が続き、夏前までに協議が終わることは難しいと言われている。
 問題になっているのは、二種類の補助金である。
 一つはコロナ禍からの復興補助金(ハンガリー割当分総額72億ユーロ)であり、もう一つは2021-2027年の7年間にわたるEU予算から支出される補助金(ハンガリー割当総額210億ユーロ)である。
 ハンガリー政府はすでに復興補助金を見込んで予算を立てており、教員給与引上げを復興補助金に連動させている。だから、これは緊急に必要な補助金だが、欧州議会と欧州委員会はハンガリーの法治性にかんする改善条件17項目を設定し、必要な法整備を要求している。それが承認されるまで、大部分の復興補助金の支出が凍結されている。ハンガリー政府は国内向けに「ブリュッセルが根も葉もない因縁をつけて、補助金支出を遅らせている」と批判しながら、他方で法整備を進めながら、欧州委員会との調整を行っている。
 ところが、昨年末に承認された2021-2027年の予算計画の補助金支出に当たっては、すでに設定された17項目に加え、さらに10項目の条件が付加された。ハンガリー政府には難題が次から次へと投げかけられている。
 オルバン首相などは「法的整備を行えばよいのでしょう」という態度だが、欧州委員会は運用の実態を見極めないと判断できないという態度をとっている。形だけの法整備では意味がないからだ。事実上の一党独裁が続く状況では、どのような法整備がなされようと、運用に内実が伴わないだろうことは容易に理解できる。だから、欧州委員会は公正な運用の保証を要求している。
 欧州委員会が強調しているのは、公共事業発注の透明性の確保、公正な競争入札の保証、腐敗防止策、詐欺行為や利益相反にたいする適切な措置であるが、さらに司法の独立性(裁判官の任命・罷免手続き)も大きな問題になっている(ポーランドもこの問題で欧州委員会との協議が続いている)。
 さらに、ハンガリーに固有な問題(欧州連合基本憲章に違反)として挙げられているのは、次の三つである。
 一つは、いわゆる「ペドファイル法」で、ハンガリーではこれを「児童保護法」と通称している。子供を性犯罪から守ることは当然のことだが、ハンガリー政府が制定した法律では、犯罪として認定される小児性愛と性的マイノリティが性的趣向として一緒くたにされ、性的マイノリティの人権が制限されている。これが基本憲章違反だとして、欧州委員会で問題視されている。これにたいして、ハンガリー政府は、国内向けには、「ブリュッセルは子供を守るハンガリーの法律を攻撃している」というキャンペーンを続けている。この法律の修正にはかなり時間がかかることが予想される。
 二つは、学問の自由の保証である。すでに科学アカデミー組織の大規模な改編が、科学アカデミーとの協議を一方的に打ち切って実行されたが、これに続き、Fidesz(ハンガリー市民同盟=与党)政権は大学への干渉を強めており、大学評議委員会に政権幹部や政権周辺の実業家を送り込んで、有形(予算)無形(教育研究)の圧力をかけている。具体的事例としては、コルヴィヌス大学(旧経済大学)の助教授が、週間経済誌上で、「現政権は非民主的」という意見を表明したことにたいし、所属長が注意処分を言い渡した。「教育現場に政治的意見を持ち込んだ」という理由である。当該教員はこの処分を不当だとして裁判所に提訴しているが、この事例から分かるように、欧州委員会は昨年末、大学評議会に与党政治家や高級官僚を据えることは、政権に忖度する大学幹部を生むことになる(利益の相反)として、評議会の規定を改めるように求めた。その改善が行われるまで、評議会システムで運用されている大学は、「エラスムス・プラス」と「ホライズン・ヨーロッパ」の二つの学術交流プログラムから排除される(新規契約停止処分)。
 三つは、難民の権利を危うくする措置の改善である。難民の人権擁護という原則は重要であるが、この問題については具体的な指摘が欠けている。2015年の難民・移民の大量流入の際にハンガリー政府がとった各種措置が問題になっていると考えられるが、避難国を自ら指定する人々を難民と規定するのは無理がある。実際、2015年以降、EU内部での難民・移民の強制配分は実現しておらず、EU内部でも難民と移民の区別の必要性が高まっているから、シェンゲン協定の見直しなどの議論を進めていく以外に解決策はない。国境での入国管理の在り方も、丁寧な議論が必要だ。したがって、2015年の事例で一方的な判断を下すのは無理がある。
 いずれにせよ、ハンガリー政府は巨額のEU補助金を犠牲にしてまで、自らの主張に固執することはないが、国内法の整備と運用実態の明確化をめぐって、まだ長い協議が続けられよう。ハンガリー政府の建前と本音が違う以上、夏前の解決は難しく、年末まで協議が延びるという観測が強い。

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