ペドフィル事件をめぐる政治的攻防

2018年スウェーデンでトナカイを仕留めたシェンミエン・ジョルト
(オルバン内閣副首相)

国会本会議でのシェンミエン副首相の発言
キリスト教民主人民党党首で、オルバン内閣の副首相を長年にわたって務めるシェンミエン・ジョルトは、キリスト教徒を自称しながら、北欧からアフリカまで狩猟に出かける狩猟マニアである。ハンガリー狩猟協会会長も務める。2018年にはスウェーデンでトナカイ1頭を仕留め、それをヘリコプターで運んだことが新聞記事になった。しかし、仕留めたトナカイはスェーデンの農家が飼育しているもので、無断で仕留めたとして、農家はシェミエンをスウェーデン警察に告訴し、「家畜を盗んだ疑い」で捜査が行われたことがある。
シェンミエンはFideszオルバン内閣の副首相に就任後に狩猟を始めた(2012年頃)。ただ、北欧やアフリカへの狩猟遠征費用は、自腹で賄っていない。政府から補助金をもらっているOxigén Hotel & Zen Spa やノスヴァイの宿泊施設(Noszvai Vendégház)の所有者であるアルカシュ・ヨージェフが、すべてを負担していると報道された。旅行費用だけでなく、ヘリコプターの手配まで、アルカシュが狩猟に同行して手配したとされている。所属政党がどこであれ、権力を握った政党幹部は権力の特権を最大限に利用する。ただの俗物である。
カトリック神学者のペリントファルヴィ・リタは、シェンミエンを「尊敬できる人物でもなければ、キリスト教徒でもない」(Semjén becstelen, nem keresztény. Több pedofil ügyről tudhat. Orbán és felesége szerepe is kérdéses)と厳しく批判している。
シェンミエンが惹き起こした問題はこれだけではない。2012年にELTEの博士号を取得したのだが、博士論文の盗作の疑いでELTEが調査することになった。調査は、「盗作箇所が多くみられ、専門的倫理的な誤りを犯している」と認定したが、現存の法律ではそれを罰する手立てがないということで、うやむやになった。
このように、シェンミエンは芳しくない事件で話題になる俗物である。そのシェンミエンが再び、ペドフィル事件で話題の中心になっている。
9月22日のハンガリー国会では、オーブダ(ブダペスト3区、ドナウ川右岸の市街地)にある矯正少年院の所長が長年にわたって少年少女に売春させた事件が、野党の要求によって本会議の議題に取り上げられた。今年5月に逮捕された少年院所長(ユハース・ピーテル・パール)の知人は、ユハースが政府の重要人物に少年少女を届けた、子供たちはその人物を「ジョルト叔父さん」と呼んでいた、と告白した。この問題は反政府系メディが取り上げたが、政府メディアは無視を決め込んだ。しかし、野党は秋の国会でこの問題を取り上げ、委員会の設置を要求して、本会議で論戦が繰り広げられた。
野党の問題解明要求にたいして、Fideszの見解を述べたシミチカは、「野党は偽情報を拡散している」と反論するだけで、問題解明への姿勢を見せなかった。その後、答弁に立ったオルバン首相も明確な態度を示すことなく、野党の主張は人権侵害か、似非情報拡散の問題を含み、告訴される可能性があると野党の主張を威嚇する始末である。
首相答弁で論戦が終わるはずだったが、何を思ったのか、シェンミエン副首相が発言を求めて挙手した。突然の発言要求に、議長のクヴィールは「何を発言したいのですか」と怪訝な様子でシェンミエンに問いかけ、副議長の助言を求め、副首相の発言を許可した。Fidesz重鎮のクヴィールは苦虫を嚙み潰したような表情で発言を許可したのだが、「シェンミエンがここで発言するのは好ましくない、やぶ蛇になる」と思ったようだ。Fidesz幹部にとっても、シェンミエンが発言することは予定外だった。なぜなら、野党はシェンミエンの名前に触れたわけではなく、「政府は買春した<ジョルト叔父さん>とは誰なのかを解明すべき」と主張しただけだ。にもかかわらず、「ジョルト叔父さんは自分のことを指している」と考え、それを否定するために発言を求め、興奮した強い調子で潔白を主張するという意外な展開になったのである。
シェンミエン副首相は何度もメモに目を落としながら、「私はいかなる犯罪とも無関係だ。野党の攻撃は人権侵害、人格否定だ」と繰り返し弁明した。
発言が終わり、与党席の議員は形通りの拍手を送ったが、シェンミエンの発言中は何とも形容しがたい無表情な顔つきで彼の弁明を聞いていた。興味深いことに、シェンミエンの弁明が終わった後、与党の同僚議員の中で一人だけ拍手することなく憮然としているFidesz幹部がいた。ロガーン・アンタル(公安警察、マスコミ対策責任者)である。ロガーンは何か情報を掴んでいるのかもしれないし、クヴィール議長と同様に、シェンミエン発言は「やぶ蛇」だと考えていたのかもしれない。
もし矯正少年院の少年少女をシェンミエンが買春していたとすれば、来年の総選挙前にオルバン政権が崩壊するような事件である。はたして、この問題はどこまで解明されるのか、オルバン政権にとって正念場をむかえることになった。とりあえずの対応は、この問題を提起した野党議員への「名誉棄損」告訴という脅しで、事件を矮小化したいというFidesz幹部の魂胆が見え見えの本会議論戦だった。

異常に興奮して発言するシェンミエン副首相
www.youtube.com/watchhttps://www.youtube.com/watch?v=FlvGWxP5dzw
他のFidesz議員の顔つきが興味深い。心から声援を送っているようには見えなかった。

矯正少年院所長の経歴
ユハース・ピーテル・パールは2010年に、Fidesz政権誕生と同時に、オーブダ矯正少年院所長に任命された。彼は以前の別の職場(同じく児童養護施設)で2002-2005年まで所長を務めたが、25歳年下の施設の少女と不適切関係を結び、解雇された経緯がある。その少女が成人して、彼のパートナーとなったようだ。
ところが、その彼が2010年にオーブダの矯正少年院の所長に任命された。その経緯は良く分っていないが、地域のFidesz幹部や知人の有力者が彼のキャリアの再出発を与えたことは間違いない。その後、ユハースは自らのパートナーを施設の職員として採用し、二人で15年にわたって施設に収容されている少年少女に売春させることで富を築いた。施設内部の事務所長室や施設の近くに借りたアパートで、乱交パーティが開かれていたという。この5月に逮捕された時には、彼らの住居から1億2500万Ftの現金が発見された。それだけでなく、ユハースは高額のレクサスと真っ赤なオープンカーを所有しており、彼のパートナーもフォード・レンジャー・ラプターと2台の4輪バギーを所有していた。二人の逮捕と同時に、現金と車両は押収された。
施設の所員はユハースの所業を警察に通報していたが、警察は本気でこの問題に取り組んだ形跡がない。地域の有力者あるいは有力実業家が、自らも売春サーヴィスを受けていたために違法行為を隠蔽した結果、長年にわたって悪質な所業が放置されてきたのではないか。Fidesz政権下で利益を貪る連中が、ユハースのような人物を重宝してきたのではないか。利権にまみれた長期政権の腐敗現象の一つである。
ユハースは自らの売春ネットワークを作っただけでなく、少年少女を国外に連れ出して売春させた疑いがもたれている。金持ち相手の商売をしなければ、これほどの財産を築けなかったはずだ。そのネットワークの中に与党政治家がいたとしても何ら不思議ではない。まさに場末の「ミニ・エプスタイン事件」である。
しかし、この事件の全容が解明されるのは総選挙後になりそうだ。オルバン政権は、この問題を法務省の管轄に移して調査すると宣言したが、国会で議論されて3日もしないうちに、法務大臣は「国家捜査局と憲法保護庁の情報にもとづき、政治家が関与しているという証拠は見つからなかった」と結論づける報告書を明らかにした。警察に通報されて10年の時間が経過して、ようやく首謀者が逮捕された事件である。真面目に捜査したとは思われないが、警察が10年かけて捜査した事件を、3日で終結させようとするFidesz政権は、明らかに何かを隠そうとしている。総選挙を控えた今、トップの政治家がこの破廉恥事件にかかわっていると暴露されれば、選挙を待つまでもなく、Fidesz政権は終わりを迎える。だから、「迅速に調査した結果、政治家の関与が認められなかった」のである。
それどころか、Fidesz国会議員団長のコチシュ(Kocis Máté)は、「この数ヶ月展開されているシェンミエン副首相への攻撃には外国の諜報機関(MI6)が関与しており、国家転覆の陰謀である。このような陰謀にたいして、例を見ないほどの反撃(復讐)が必要だ」と述べている。Fidesz政権への批判は国外からの陰謀であり、外国からのお金に支えられたメディアやNGOが仕組んだものだという常套文句が、ここでも強調されている。政権が積極的に問題解明にあたるのではなく、政権への批判をかわすことだけに最大限の力が注がれている。
権力維持を至上命令にしている政権は腐りきっている。奢るFidesz久しからず。

Fidesz政権下の「ペドフィル」事件
2024年2月、当時のノヴァク・カタリン大統領は、ペドフィル事件の被告に恩赦を与えた責任をとって辞任した。同時に、マジャル・ピーテルの元夫人ヴァルガ・ユーディット法相も引責辞任した。2023年春のローマ教皇のハンガリー訪問を機に大統領恩赦が与えられたが、その中にブダペストからそれほど離れていないビチケ町の児童保護施設次長の名前が含まれていた。彼自身は性的虐待に直接的に関与していなかったが、逮捕された所長を擁護するために、児童に嘘の供述を強要した罪で起訴され有罪判決を受けた。これらの経緯については、本通信2024年14日No.4(https://www.morita-from-hungary.com/j-07/07-01/2024/240214_004.pdf)で詳述した。
通常、恩赦を与えられた人物の名前は公表されないが、恩赦から9カ月も経った2024年1月に、たまたま裁判所の公報でこの人物の恩赦を発見した記者が公にしたために、問題が明らかになった。野党から批判を受けたオルバン首相はこの二人の女性政治家を即時に辞任させることで、この問題の拡大を防いだ。なぜなら、当該施設の所長と副所長は隣町のオルバン家と親交があり、地元のFidesz組織とオルバン首相の実弟がこの恩赦に絡んでいたからである。そのことが明らかになれば、オルバン首相とFidesz政権にとって大きな打撃になる。だから、その鋭い政治的嗅覚で二人の政治家の辞任で問題を収束させようとしたのである。その代わり、辞任する二人には、十分すぎる経済条件が約束された。
ノヴァク・カタリンには事務所として古い館1棟が与えられ、3名の秘書と運転手付きの車が与えられた。さらに、月額450万Ft(200万円)の報酬が与えられた。このような条件を提示されれば、裏切ることはないという算段である。
ヴァルガ・ユーディットは政権に近い企業の顧問として迎えられ、加えて出身のミシュコルツ大学の研究所客員研究員として、それぞれ200万Ftを超える報酬を得ることになった。現在の為替レートで、月々計200万円を越える報酬である。これは政権の機密保持の対価でもある。マジャル・ピーテル元夫人を取り込むことはとりわけ重要だ。しかも、自分のポケットマネーからお金を出すわけではないから、オルバンの腹が痛むわけではない。
このように、オルバン首相は辞任させた政治家が敵対行動に走らないように、十分すぎる経済的報酬を与えることで離反を防ぐ。オルバンは根っからの政治屋である。
それはともかく、誰が恩赦をごり押ししたのか。オルバン自身か、それとも彼の意思を体現した人物か。児童虐待事件被告の恩赦を受けた経緯が解明されることなく、この問題は「決着」した。ノヴァクもヴァルガも、当該人物が恩赦リストに入っていることを知らなかったが、恩赦文書に署名した責任をとった。
このほか、いくつかの地方の児童施設で性的虐待問題やペドフィル事件が発生している。政権内部の問題としてよく知られているのが、駐ペルー・ハンガリー大使による児童ポルノ写真(ビデオ)事件である。
2019年、ハンガリー政府は極秘で当時の在ペルー大使を召還した。児童ポルノ国際配信ネットワーク(Welcome to Video)を捜査していたアメリカの機関からの報告で、カレタ・ガーボル(Kaleta Gábor)大使の名前が浮かび上がり、ハンガリー政府はカレタを帰国させた。政権は問題を公にしたくなかったが、メディアの記者が記事にしたために、事件が公になった。19,000枚ともその10倍とも言われる写真やビデオは自分用に収集されただけでなく、ネット販売あるいは共通の趣味をもつ人々の交換に利用されたと見なされている。
最終的に、2019年に1年の執行猶予を付けた有罪判決を受け、54万Ftの罰金刑を受けた。あまりに量刑が軽すぎるのではないかと話題になった事件である。国会の調査委員会はこの事件の内容を、2030年まで国家機密事項に指定し、これ以上の問題の広がりを防いだ。政権幹部が先手を打って、カレタから児童ポルノ写真を購入したハンガリーの政治家や実業家を守ったのではないかと推測される。

Fidesz有力議員の薬物依存
Fideszの創設幹部で欧州議会議員を務めていたサイエル・ヨージェフは、2020年11月、ブリュッセルの男性のみのホモセックスパーティを急襲したベルギー警察に拘束された(当時、Covidでパーティ自体が禁止されていた)。サイエルは裸同然で屋根伝いに逃げたが、警官に取り押さえられた(一時拘束され、その後、議員不逮捕特権で保釈された)。持参していたリュックから薬物が押収された。有力幹部の拘束に驚いたFidesz幹部もいるが、党内にはサイエルの性癖を知っていた者も多い。サイエルは15年近くにわたって務めた欧州議会議員を辞任し、隠居した。
サイエルの友人で、Fideszのインフルエンサーとして知られるバイエル・ジョルトは、サイエルからカミングアウトの告白を受けたことや、サイエルが定期的にタイへ旅行する目的を聞いたことを語っている。タイでは簡単に少年を買えるからだという。
同じくFidesz欧州議会議員のドイッチ・タマーシュは15年以上も欧州議員でありながら、英語を満足に話せないことで知られている。しかし、それ以上に、薬物常用者とみなされており、ハンガリーのインフルエンサーの世界では既成の事実として揶揄され、薬物粉末を鼻で吸う仕草がドイッチの物真似になっている。実際のところ、薬物常用者として逮捕されたことはないが、1998年と2005年に薬物を吸引している美容院や売春宿を急襲した警官によって現場尋問を受けており、受け答えから薬物を摂取した症状を示していたという現場の証言がある。ここから、ドイッチ・タマーシュが薬物依存症だと断言されている。
このようなFidesz政権内部の状況を知っている人にとって、オーブダの少年院事件にシェンミエンの名前が出てきたことを意外と考える人より、「さもありなん」と考える人が多い。ただ、シェンミエンが実際に関与していたかは不明である。与党の他の議員、あるいは政権に近い企業幹部がかかわっていた可能性は否定できない。政府が事態の収束を急ぐのは、全容が解明されたら、政権にとって都合の悪い事実が出るからではないだろうか。もしかして、すでに逮捕者の供述が得られているのかもしれないが、Fidesz政権下でそれが公になることはないだろう。内閣で公安警察を管轄するロガーンが、憮然としてシェンミエンの弁明を聞き、拍手しなかったことに、それなりの理由があると考える。
(2025 年9 月 26 日「ブタペスト通信」から)

初出:「リベラル21」2025.10.11より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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