ミニドバイ構想が新たな政争問題に

ミニドバイ構想

英雄広場からそれほど離れていないズグローというところにあるラーコシュ操車場(130ha)の売却が、大きな政治問題化している。この区画はMAV(ハンガリー国有鉄道)が所有(したがって、国有財産)しているが、体制転換前までは貨車の操車場として機能していた。ところが、旧社会主義諸国との貨車による貨物輸送が激減したために、この大きな区画は荒れ放題のまま放置されてきた。

この土地は英雄広場から遠くない市街地に広がり、ブダペストの最後の開発地域とみなされてきたが、これまで社会党政府もFidesz(キリスト教民主国民党)政府も具体的な対応を決めかねてきた。ところが、この1年半の間に、Fidesz幹部はアラブ首長国連邦のディヴェロッパーと交渉を進め、問題が公になってブダペスト市が優先購入権を主張し始めたために、政府が急いで開発契約締結に動き始めた案件である。

一昨年来、Fidesz政府はブダペスト市の意向を諮ることなく、この大きな区画をアラブ首長国連邦の民間ディヴェロッパーに売却することを決め、一方的に売却交渉を進めてきた。そして、ブダペスト市がこの区画にたいして優先購入権があること主張し始めたために、政府は売却契約を急いだ。先週から今週にかけて、スィーヤルトー対外経済外務大臣がアラブ首長国連邦を訪問して政府首脳との会談を進め、1月30日にはこのプロジェクトの承認を国会決議するにいたった。オルバン首相の訪問も予定されている。

アラブ首長国連邦から帰国したスィーヤルトー大臣は、よほどの接待を受けたらしく、満面の笑みを浮かべ、すべては順調にいっていると空港で語ったが、問題はそう簡単ではない。

ブダペスト市議会は優先購入権を主張し、裁判に訴える意向を示している。政府系のメディアの一部もこのプロジェクトに疑問を呈しており、ブダペスト市長選でカラチョニ市長と最後まで争ったヴィティーズ・ダーヴィッドも政府の対応を非難するに至り、この問題が来年に控える総選挙を前に、大きな政治問題になる様相を呈している。

政府はブダペスト市の優先購入権より、国が結んだ国際契約が優先すると主張してブダペスト市の意向を無視しているが、アラブ首長国連邦の相手は民間ディヴェロッパーである。国家間契約ではない。明らかに交渉締結を急ぐ事情があったと見るべきだろう。

もっとも、Fidesz政権の知恵者が形式上はアラブ首長国連邦政府との協定と見せかけるために、ディヴェロッパーの選定はアラブ首長国連邦が行うという条項を入れて、政府間同士の協定にもとづいてハンガリー政府が民間デヴェォッパーと契約するという体裁をとっている。なんとも手の込んだスキームである。

とはいえ、契約は何段階ものステップがあり、前払金の支払い後の残金精算は、すべての係争問題が解決されてからとなっているようだ。つまり、ブダペスト市が裁判に訴え、法的係争が続く限り、アラブ首長国連邦のディヴェロッパーが、裏金を含めて、支払いを完了することはない。政権幹部が焦っている理由である。

アラブ首長国連邦のデヴェロッパー

ハンガリー政府が契約を締結したアラブ首長国連邦のデヴェロッパーは、Eagle Hills (https://eaglehills.com/)である。そのHPではこれまで請け負ってきた事業を紹介しており、ベオグラードの高層住宅建設の写真が掲載されている。すでにハンガリープロジェクトについても、正式名称Grand Budapestと称して、構想画像を掲載している。

このグループの当初の構想では、ラーコシ操車場後に、高層の高級住宅や高層オフィスの建設が予定され、220―250mの高さ(中心部には500mの高層ビル)の構築物が想定されている。そのため、ハンガリーではミニドバイ構想と通称されてきた。政権関係者はミニではなく、マックスドバイと称しているが、正式なプロジェクト名は「Grand Budapest」である。

およそ100haの土地の売却額は509億Ftで、Eagle Hillsはこの土地に120億ユーロの投資を行う予定であるとされている。他方、政府はこの区画のインフラ整備の費用を負担する。

担当大臣であるラーザール・ヤーノシュは、ブダペスト市がこの金額を払える保証はなく、実際にブダペスト市に売却する場合は509億Ftの100倍の資金を用意しなければならないと牽制している。Eagle Hillsは巨額の投資をするから安い価格で土地を取得できるが、ブダペスト市にはそのような投資資金はないから、土地だけを安価に売却することはできないという。それでも優先購入権を主張する場合には、5兆Ftの資金保証を示せと高圧的な態度をとっている。どうしてもブダペスト市には売却したくないという姿勢が明々白々である。

政権幹部が焦る理由は、すでにディヴェロッパーとの交渉が完了しており、キックバックの話も済んでいるからだろう。一部のキックバックはすでに主要な政治家にわたっていると考えられる。しかし、ブダペスト市に売却すれば政治家へのキックバックはなく、逆にEagle Hillsにお金を戻さなければならない。Fidesz幹部にとってブダペスト市に売るという選択肢は、最初から存在しないのだ。

ヴィティーズ・ダーヴィドも反対

昨年春のブダペスト市長選で、最後までカラチョニ市長と争ったヴィティーズ(Fidesz支持候補)は、政府のミニ(マックス)ドバイ構想を批判していた。

それは以下のような理由からである。

ヴィティーズは以下の5点にわたって、政府のミニドバイ構想を批判した。

  1. ブダペスト市民が購入できるような住宅建設や憩いができる緑地が必要であり、高級高層住宅建設はこれに当て嵌まらない。
  2. 政府の構想では、ブダペスト市や区が建物の大きさや高さを制限できる余地が残されていない。
  3. ディヴェロッパーは新規開拓地への交通の便の開発費用を負担しない。政府がそれを負担することになる(国民の負担になる)。
  4. 中国が開発を請け負う予定の空港直結の高級列車は、ブダペスト市内ではなく、ラーコシュ操車場へ直結されることになる。これでは中国資本とアラブ資本だけが儲ける話になる。

破綻した復旦大学構想との類似点

アラブ資本による新市街地建設は、かつて破綻した復旦大学構想と類似している。復旦大学構想が頓挫したのは、中国の経済情勢の変化によって、利益が見込まれない投資に中国側がしり込みしたからだと思われる。他方、ハンガリー側は開発費用のかなりの部分を負担する予定になっていたが、その費用回収が見込めない。ハンガリー人家庭が支払えない高額の授業料が必要になる大学を作っても、国外から十分な学生を受け入れることが不可能と判断したからだろう。最初から分かっていたことだが、ビジネスとして成立しない。

同じことはミニドバイ構想についても言える。ふつうのハンガリー人が購入できないような高級マンションを作っても採算がとれないだろう。近隣諸国から金持ちを誘致する以外に方法がない。にもかかわらず、Fidesz政府がこの構想実現に躍起になっているのは、政権周辺の建設関連企業に美味しい仕事を与えて、政権を支えてもらわなければならないことだ。

復旦大学の開発が無くなったから、それに代わる案件が必要になった。

他方、ロシアや中国と同様に、アラブ資本との取引には裏金が付いて回る。来年に総選挙を控えるFideszにとって、選挙資金の確保は重要である。それだけでなく、政権中枢幹部が私腹を肥やす絶好の機会である。投資額が大きくなればなるほど、キックバックも大きくなる。中国資金の先行きが不透明で、ロシアとの取引にも厳しい目が光っているから、今度は金が唸っている中東に目を付けたということだ。

ブダペスト市議会は、Fideszを除くすべての会派の賛成で、ラーコシュ操車場跡地の購入を決議した。5兆Ftの保証を要求する政府を裁判所に訴え、500億Ftでブダペスト市の優先購入権確認を求める予定になっている。オルバン政権幹部の汚い金儲けを許すのか否か、来年の総選挙を控え、新たな政争課題が持ち上がっている。

Fideszの好き放題、やりたい放題を許さないという政治的動きが強まれば、来年の総選挙に大きく影響することになる。セルビアでは駅舎のベランダ崩壊で多数の死者が出た事件で、政府の責任を問う反政府運動が高まり、首相が辞意を表明するにいたった。ハンガリーと同様に、中国資本やアラブ資本に頼る政治姿勢が、若者の反対に出会っている。また、オルバン首相と同様に、ロシア支援に転換したスロヴァキアのフィッツォ政権にたいして、連日、若者たちの抗議活動が続き、フィッツォ首相はウクライナのクーデターと断定する事態にまで至っている。

ハンガリーでもFidesz支配にたいする反対運動がティサ党の支持拡大となり、Fidesz支持率を上回るようになっている。Fidesz政権がミニドバイ構想で失点すれば、来年の総選挙での勝利が危うくなる。

欧州議会選挙では右派勢力が伸長したが、その右派勢力の足下は揺らいでいる。

初出:「リベラル21」2025.01.05より許可を得て転載
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