ライオンハート、そして。

著者: 木村洋平 きむらようへい : 翻訳家、作家、アイデア・ライター
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高校生の頃、「君を守るために生まれてきた。」というような歌詞が流行って(SMAPの「ライオンハート」ですね。)、当時、恋人もいない僕は、ふうん、と思って聴いていた。「僕も、あの子を守るために生まれたい!」とは、べつだん、思わなかった。それより、なにかがしっくり来なかった。

というのも、素朴な疑問として、「恋人をなにから守りたいのだろう、このひとたちは?」と思った。ファンタジー世界のRPGならともかく、まして銃社会でもない日本で、強盗や不審者から、守るのだろうか。しょっちゅう起こることではなさそうだ。そこで、僕は、どちらかというと、「きっと、お金を稼いで、家計を支えるのだろう。」と考えた。つまり、経済的に「守る」のであって、ライオンの心で守るというのは、格好つけた比喩なのだ、と。

ついでに、「こういう歌詞を作って、ブレイクさせるのは、業界のやり方であって、作り手も歌い手も、消費する側も、そろって頭が『かんたん』にできているひとたちなのだろう。」と考えた。斜に構えていたわけだ、あるいは、正鵠を射ていたわけだ。さすがに、「それなら、いっそ『金を稼ぐために、そのために生まれてきたんだ。』という歌詞にすれば、もっと率直ではないか。」とまでは、考えなかったが、ともかく、さして興奮もせずに、流行歌を聞き流していた。

それから、月日は経たけれども、「J-POPならではの、軽いノリ」と解釈する態度は、一向に変わっていない。

ところが、なんとなく、「恋人(あるいは妻)を守る。」という言い回しそのものは、馬鹿げたものでもなく、軽いノリでもない、と思うようになった。ときどき、ふっとあの歌詞を思い出して、考えるのだ。

世の中には、けっこうな不審者がいて、彼らは夜道でつけ回すかもしれないし、お尻を触るかもしれない。恋人の携帯におかしなメール(出会い系の迷惑メールとか)が届くかもしれない。元彼が暴力を振るったかもしれない。

ほかにもたくさんの危険が、世の中には満ちている。それがすぐ、命にかかわるわけではない、たいていの場合は。けれども、徐々に心をすさませるようなこと、怯えさせること、傷つけること、憎しみを覚えさせること、不安を呼ぶこと、そういう出来事が溢れている。楽しいことよりも、悲しいことの方が多い。誰かに泣きつきたくなることもあるだろう。僕の知っているある女性は、「ただ、思い切り泣きたいとき、胸を貸してくれるひとがよかった。」と言って、結婚した夫と、長い年月、仲良しだ。

「君を守る」の意味を、ひとことで言えるわけではない。そう真面目に考え込んでもいない。ただ、愛情がなければ、ひとはやっていけない。定式化しようとは思わないが、「愛情で包み込む」ことが、本当の意味で「恋人(や妻)を守る」ことではないかな。
僕らは、戦士のように剣をもって暴漢を撃退したりは、しない。けれども、社会的な、あるいは、犯罪にかかわる、または、精神的な危機を迎えたとき、本当に必要なことは、お金や、法律の知識や、病院まで運転する車をそろえることではなくて、「僕がいるんだ、大丈夫だ。僕は、あなたをけっして見捨てない。」そういうメッセージを態度で示すことかもしれない。

念のために注意書きしておけば、「男性は強く、弱い女性を守る。」とか、そんな図式の話がしたいのではない。

僕らは年を取るほど、社会的なステータスによって、恋人にアピールしたり、家庭を安定させようとする。仕事が大切になり、誇りにもなり、そして、人生に慣れてくる。つまり、なにかと倦んできたり、世の中のスタンダードを意識する。他方で、いま、胸のうちから、真実、湧き出た愛情によって、「守れる」ものがあることを、忘れてしまいそうになる……。

SMAPの歌詞は、若き日の思い出のままで、さらりと流してしまいながら、大人になった僕らこそ、「あなたを守るよ。」と、人間らしい心で言えたら、それが本物じゃないだろうか。

初出:ブログ【珈琲ブレイク】
http://idea-writer.blogspot.jp/2013/03/blog-post_4.html より許可を得て転載。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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