リーマンショック後の中欧ホテル事情(上)

閉鎖されたSauerhof
 数年ぶりに、オーストリアから南ドイツへ旅行したが、ホテル事情に大きな変化を感じた。何よりも驚いたのが、ウィーン近郊バーデン(Baden bei Wien)の由緒ある老舗ホテル、Grand Hotel Sauerhofが倒産したことだ。かれこれ30年以上前から、ウィーンへの買い出しや、スキー場への中継ホテルとして利用してきた。2階建ての瀟洒な館で、ベートーヴェンやサリエリなどの音楽家が寄宿したとされている。近くには第九交響曲を仕上げたベートーヴェンハウスもある。2009年に池田理代子さん率いる合唱団が、ウィーンのシュテファン教会で小林研一郎指揮のもと、モーツアルト「レクイエム」を歌ったことがある。旅程の相談を受けた時に、ウィーンに連泊しないで、バーデンのSauerhofに1泊することを薦めた。日本の旅行会社はコストが高くなるので渋ったが、最終的にSauerhofに前泊することになった。
余談になるが、シュテファン教会のマネージメント会社と交渉した折、「レクイエム」は良いが、「第九」は演奏できないと伝えられた。予想はしていたが、神への祈りはよいが、人間の崇高さをたたえるものは受け入れられないようだ。日本のオーケストラや合唱団は楽友協会ホールやシュテファン教会など、世界に知られた名所で演奏することを好むが、ウィーン市はしたたかで、途方もない高額の会場費を要求するのに驚いた。「これは日本人向け料金なのか」と問い質したが、はっきりと答えなかった。ただ、次回からは仲介業者を立てずに直接交渉すれば、多少のことは可能だという感触を得た。コンサートホールを含め、ウィーン市全体が「街の貸出しビジネス」で生計を立てている。その中で、日本人は一番の上客だ。
さて、現在でもインターネットで、Sauerhofを検索できるが、何度トライしても宿泊予約に辿りつけないので可笑しいと思ったら、今年2月に倒産していた。1820年開業の老舗のホテルで、1990年代の初めには『婦人画報』で10頁建てのグラビアで紹介され、日本でも知られたホテルである。今この館は少し荒れ果てた状態のまま、放置されている。いずれ景気が良くなれば、ここに投資する投資家も出て来るだろうが、何時になるだろうか。バーデンはこの時期、葡萄の収穫期を終えて、新酒を振る舞う時期だが、観光客は少なく、レストランも閑散としていた。王宮と見間違えるような中欧随一のカジノがあるバーデンだが、ウィーンへ旅行しても、バーデンまで足を伸ばす人がいなくなったのだろう。リーマンショックまで続いたユーロバブルの崩壊が、ここまで及んでいる。
 Sauerhofが閉まった所為か、バーデンのもう1軒の古城ホテル、Schloss Weikersdorfは満杯だった。カジノのある中央公園横のPark Hotelは解体され、そこに新しいThe Parkというモダンな装飾を施したホテルが建設された。新築されて間もない頃から旧Park Hotelを使っていたので寂しい気もするが、新築のホテルの使い勝手は悪くなかった。

Hotel de Franceの対応
 車でウィーンへ行く場合、宿泊はMercure Seccesionと決めている。このホテルは今ではAccor Hotel GroupのMercure Hotelチェーンになっているが、10年ほど前までは、Pension Hotel Schneiderというアパートメント形式のホテルだった。古い建物で設備もそれほど良くなかったが、自前の駐車場をもっていて、ウィーンの市場Naschmarktに隣接しているので、食料品の「買い出し基地」としてたいへん便利だった。それがMercure Hotelとして改築されて、現在に至っている。料金も3つ星半程度の手頃さで、日本ではせいぜい1万数千円程度のホテルだが、現在の円安で、この程度のホテルで駐車料金を入れると、朝食抜きでも2万円近くになる。
 往路はこのホテルが満杯だったので、次の選択肢であるHotel de Franceを検索した。このホテルもウィーンの老舗ホテルで、施設はかなり古い。ウィーン国際マラソンに参加する時は、このホテルを使っていた。屋上階にフィットネスクラブがあり、そこで軽くジョッグしてから国連本部前の出発点に向かう。ゴールから徒歩ですぐに戻り、シャワーを浴びてチェックアウトできるのでたいへん便利だ。
 2009年のレース後に怪我をしてここ5年はウィーンマラソンから遠ざかっていて、久しぶりにHotel de Franceを予約した。予約サイトが以前のものと違っていたが、とくに気に留めなかった。予約確認が届かないので少々気になったが、出発前にホテルからメイルで連絡があったので、予約に問題ないと確信し、レイトチェックインを伝えた。ここまでは何の問題もなかったのだが、チェックアウトから話がこんがらがった。
 チェックアウトの際に領収書を要求したら、すでに予約の際にカードで引き落としがおこなわれており、「ホテルで直接受けた予約でないから、領収書は出せない」という。しかし、「ホテルのHPを通して予約したのだから、領収書が出せないわけがないだろう」というと、いやホテルでは予約を受けていないという。それならどうやったら領収書をもらえるのかと聞くと、予約したインターネットサイトを通してもらえるはずだと言う。しかし、予約確認書が届いていないのだから、請求する手立てがない。ただ、フロントで議論しても埒が明かないので、とりあえず次の目的地に出発した。
 旅行を終えて、再度、Hotel de Franceに領収書の請求先を訪ねるメイルを出したら、「貴方はExpedia.comを通して予約したのだから、そこから領収書を請求して欲しい」とだけ回答がきた。「私はExpedia.comで予約した覚えはなく、貴ホテルのHPを通して予約したのだから、貴ホテルが領収書をだすべきだろう」という問いにたいして、「ホテルが直接予約を受けていないものに、領収書をだすことはできない」と回答するだけだ。「予約確認書も届いていないのに、どこに請求しろというのだ。貴ホテルのHPが予約を自動的にExpedia.comへ接続したのだから、貴ホテルに責任がないはずがないでしょう」という詰問に、ようやく仲介業者からホテル宛ての予約通知書を添付してきた。しかし、そこには連絡先は書いていない。「貴ホテルが予約客を勝手にExpedia.comに接続させて、ホテルは関知しませんという態度は間違っていないか。とにかく、連絡先を送れ」というメイルにたいして、ようやくgeneral manger名で同じ説明を繰り返し、ウィーンのホテル予約業者の電話番号を送ってきた。電話で同じことを説明するわけにはいかないから、メイルアドレスを要求したら、ドイツのExpediaのサービス受付メイルアドレス1行を送ってきた。なんともふざけた対応である。
 実はこういう接客態度はオーストリアのみならず、欧州の多くのホテルで一般的だ。自分たちに非があっても、絶対に認めようとしない。いったん非を認めると、何らかの対応を迫られる責任が発生するからだ。だから、建前を繰り返すだけで、顧客の要望に沿おうという態度を見せない。
 もう一度ホテルのサイトを見てみると、Hotel de Franceの予約システムは、Gerstner Catering Betriebs GmbHという会社に委託されていて、この会社はHotel de Franceだけでなく、バーデンのSchloss hotelやチェコのいくつかのホテルの予約システムを請け負っている。Hotel de Franceのバス・洗面所が改装されていたから、このグループが一定の投資をして、経営権を握っているのかもしれない。とにかく、Hotel de Franceの予約をこのグループ会社が行っている。自前の予約システムをもつより、アウトソースィングした方が経費節約になるということだろう。それなら、私の問い合わせにたいして、なぜこの会社の顧客担当セクションを教えなかったのだろうか。もしかして、Gerstner Catering Betriebs GmbHはホテルの運営に携わっているが、予約システムをさらにExpedia.comのオーストリア提携会社に下請けさせているのかもしれない。そういう複雑な構造のために、親会社の連絡先を伝えることなく、Expediaドイツの連絡先を伝えたのだろうか。そこまで調べる気はないが、とにかくHotel de Franceの対応は老舗ホテルとしては完全に失格である。どこかの傘下に入ることが、リーマンショック以後の老舗ホテルの生き残りの方法なのだろうが、観光や場貸しビジネスで飯を食っているにもかかわらず、顧客にたいするホテルや会場貸しマネージメント会社の顧客対応はなっていない。殿様商売そのものだ。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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