ロシアへの忖度と国際協調に揺れるハンガリー

 ロシアのウクライナ侵攻から1年を迎える先週から今週にかけて、バイデン大統領のウクライナ訪問に前後し、ハンガリーでは中国共産党の王毅外交国務員がハンガリーを訪問し、その後にロシアへ向かい、プーチン大統領と会談した。
 

スイーヤルトー-ラブロフ会談(モスクワ、2022年7月)

 
 ハンガリーの首脳は、ロシアの侵攻以後、一度もウクライナを訪問していないが、ハンガリー対外経済外務大臣スィーヤルトーは昨年2度、ロシアを訪問してラブロフ外相やガスプロム幹部と会談している。9月にはロシアとの二国間協議は行わないようにという欧州委員会の要請にもかかわらず、国連総会でラブロフ外相と二国間協議を行った。さらに今年に入って、スィーヤルトー外相は2月13日にはベラルーシを訪問した。これらの訪問はEU内でもとくに近隣諸国から批判されたが、これ見よがしのロシアやベラルーシ訪問は、現政権の瀬戸際外交の一環である。
 スィーヤルトー外相が王毅政治局員と会談するのは、過去6年間で11度目だと言われている。それほどまでに現ハンガリー政府首脳は中国に入れ込んでいる。その結果が、ブダペスト-ベオグラード鉄道路線近代化への中国資金導入、復旦大学キャンパスの誘致、デブレツェン市への中国バッテリー工場の誘致である。
 現在、デブレツェンに誘致される中国のバッテリー工場をめぐって、工場で1日に使用される水の量がデブレツェン市民の1日に使用する水量に匹敵することや、汚染水の処理をめぐって住民の反対運動を惹き起こしており、政府は抗議行動を鎮めるのに躍起になっている。住民請求による住民投票申請が選挙管理委員会で却下され、反対派の怒りが増している。政府は住民投票になじまないとして住民投票の選択肢を排除しており、住民と市・政府との対立が深まっている。
 ヨーロッパへの足掛かりを得たい中国と、中国カードでEU内の立場を強めたいハンガリーの思惑は一致しているが、中国共産党の要人を迎えたハンガリー政府は、住民の抗議活動が高揚しても、後戻りできない状況にある。
 

王毅政治局員のハンガリー訪問(ブダペスト、2023年2月)

 
 ハンガリー政府はこのような瀬戸際外交を展開しながら、他方でキィーウ訪問の後にワルシャワで開かれたバイデン大統領と「ブカレスト9(NATOに加盟している9つの中欧・東欧諸国)」首脳との会議には、トランプ支持・反バイデンを公言しているオルバン首相ではなく、ノヴァク大統領を派遣して、国際的な場での役割分担を行っている。ノヴァク大統領はハンガリー政権の中で唯一、ロシア侵略反対を公言する役割を求められており、対外的な対立を緩和する役割を果たしている。
 このようにハンガリー政府は対内的な顔(主張)と対外的な顔(主張)を区別し、役割分担を行っている。

オルバン首相の年次教書
 オルバン首相は2月18日、年次教書演説をおこなった。そのなかで、従来からの対ウクライナ戦争への姿勢を繰り返し強調した。オルバン首相のロシアの対ウクライナ戦争の評価で注目すべきは、次の点である。
 1. ウクライナでの戦争は二つのスラブ民族の戦いであり、我々には無関係のものだ。そのような戦争にハンガリーがかかわる必要はなく、戦争の外に居続けることが重要だ。
 2. 即時停戦が望ましい。戦争が長引けば、ウクライナの少数民族であるハンガリー系住民の生命と生存が脅かされるだけであり、即時に戦闘を停止すべきである。
 3. ハンガリーは戦争を長期化させるすべての試みに反対する。したがって、今後もハンガリー領内の(NATOの)武器輸送を認めない。
 このオルバン首相の論理にしたがえば、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟は戦争を激化させるから好ましくないということになるが、この二つの国の加盟は容認するしかないというのが、オルバン首相の政治判断である。しかし、トルコとハンガリーを除いて、すべてのNATO加盟国がすでに二国の加盟を批准しているのにたいし、ハンガリーはもったいぶって、いまだに二国の加盟を批准していない。さすがにこれはまずいと思ってか、オルバン首相は今国会で批准するようにFidesz(キリスト教民主国民党=政府与党)、国会議員団に指示している。ただ、議員団の中には、オルバン首相の論理に従って、加盟を認めるべきではないと主張する議員もいるようだが、国際協調の政治的判断から、オルバン首相は批准にゴーサインを出している。実際の批准は3月にずれ込みそうだ。
 こうやって、最後の最後まで批准を引き延ばすことで、プーチン大統領とロシアに忖度サインを送っている。

EU補助金の行方
 「ブダペスト通信」(2022年10月4日)で記したように、1兆円近いEUのコロナ復興補助金の支給をめぐって、ハンガリー政府には厳しい条件が付与されている。欧州委員会が設定した条件は、次の通りである。
 1. EU 補助金の配分実行において、それを監視する機関を設けること。
 2. 腐敗防止の作業チームを創設すること。
 3. 腐敗防止の枠組みを強化すること。
 4. 公益法人による EU 補助金の使用について、透明性を確保すること。
 5. 補助金の執行および公共資産にかかわる犯罪に適用すべき特別の手続きを明確化すること。
 6. EU 補助金の適切な使用を保障するために、監査・監視メカニズムを強化すること。
7. EU 補助金から支出される公共事業の引受けで、単独指名を避けること。
 8. 同じく、国家財政から支出される公共事業の引受けで、単独指名を避けること。
 9. 単独指名となった場合の公共事業の引受けの場合には、その状況を説明する文書を作
成すること。
 10. 透明性を高めるための電子公共発注システムの促進。
 11. 公共発注の効率性と予算の効率性を評価する実効性測定の枠組みを作ること。
 12. 公共発注の競争力を高めるための行動指針の策定。
 13. ミクロ・中小企業への公共発注の人材育成。
 14. 公共発注に参加するミクロ・中手企業の費用を補填する補助システムの構築。
 15. Arachne(欧州委員会が採用するリスク測定ツール)の採用。
 16. OLAF(欧州不正対策局)との協調の推進。
 17. 公共支出の透明性を担保する法整備。
 当初の予定では、11月までに関連の法整備を行い、年内に補助金凍結が解除されるという甘い見通しをもっていたハンガリー政府だが、12月になって、公益法人による運営方式をとっている大学の評議会に多数の政府高官や与党政治家が加わっている問題が指摘され、「エラスムス・プラス」と「ホライズン・ヨーロッパ」の新規契約が停止されることになり、政府に突き付けられた課題がまた一つ増えた。
 ハンガリー政府は補助金支給解除を目指して法整備を行ってきたが、欧州委員会はハンガリー政府の対応を信頼しておらず、たんなる法律制定ではなく、実際の施行がどう行われるかを見てから、補助金凍結解除の是非を判断すべしという対応に傾いている。したがって、今年の春までの補助金解除が見込めないどころか、今年後半にずれ込む公算が大きくなった。
 ハンガリー政府はEU補助金を学校教員の給与引き上げの原資にすることを表明しており、教職員労組との確執が高まっている。他方で、オルバン首相を初めとする政府首脳は、補助金が支給されなくても、それに匹敵するFDI(直接投資)が流入するから問題ないと主張している。しかし、FDIは政府が使える資金ではない。たんに補助金がなくても問題ないことを宣伝するために、補助金とまったく関係のない資金流入があることを事例にして、国民の理解を得ようとしている。こういう事情も中国への接近を加速している。

対ロシア制裁への拒否権発動
 EUは対ロシア制裁の一環としてオリガークに制裁を科しているが、それに加えその家族への拡大が予定されている。以前より、ハンガリー政府は個人への制裁拡大に反対しており、3月に予定される個人制裁の延長と拡大にたいして、拒否権を発動するのではないかと予想されている。その真意が訝われている。昨年、ハンガリーはキリル総主教への制裁にたいして拒否権を発動しているが、明らかにこれはプーチン政権周辺からの要請にもとづくものだと考えられている。
 今回の制裁対象拡大にたいし、ハンガリーが拒否権を発動する可能性が取りざたされているのは、ハンガリーに隠されているロシア関連の資産やロシア人にたいする情報公開の要請が対になっているからだと思われる。「ブダペスト通信」でも記したように、ハンガリーは「定住権付国債」を発行し、ロシアと中国の政治家や実業家を中心に販売した(現在は販売停止)。もし個人制裁が拡大されると、ハンガリーの定住権を得たロシア人の情報を公開することが迫られる。ハンガリー政府はこれを何とか防ぎたいと考えているのだろう。
 1989年の東欧革命時には学生運動家としてソ連軍の撤退を要求し、第二次政権樹立前には「ハンガリーをガスプロムの陽気なバラックにしてはならない」と主張していたオルバン首相だが、長期政権維持によって目的も主張も変わってしまった。すべての政策は「政権維持のために何をすべきか」から出発している。2010年の第二次オルバン政権樹立時の首相就任閲兵式では、儀礼兵について「太った兵士がいないのは素晴らしい。兵士はこうでなければ」と式典長に語りかけた会話がマイクで拾われた。当時はオルバン自身も引き締まった体型だった。しかし、今は豚のように太ってしまった。ストレスからの馬鹿食いかどうかは分からないが、今は過去の文言とは正反対の振舞いである。
 ハンガリーがロシアや中国との関係を重視するのは、たんに瀬戸際外交の展開に不可欠なだけではない。ロシアと中国のビジネス(政権関係者がかかわる)が、巨額の利益や裏金の形成に役立っているからである。ロシアや中国とのビジネスはあらゆる場面で、巨額の裏金が流れる仕組みを作っている。しかも、その不当な利益供与がどの国の検察からも摘発されることがない。こういう関係は何物にも代えがたい。チェコ前大統領ゼマンが親プーチンになったのも、ロシア資金で権力復帰を果たしたからだった。金の力は絶大である。
 ハンガリー政府はまた、パクシ原発拡張を担っているロシア国営企業Rosatom社にEU制裁が及ぶことは絶対に容認できないという立場をとっている。この事業はロシア侵攻前からの案件で、これが停止することはエネルギー自給の面からも大きな痛手になる。それだけではない。パクシ原発拡張の決定プロセスはきわめて不透明で、そこには巨額の利権の分配が隠されていると考えられる。オルバン政権の対ロシア接近はまさにこのパクシ原発拡張から始まったことを考えれば、野党がこの事業内容の再調査を要求することは不可欠だろうが、契約文書は一切公開されていない。

Telexハンガリーが裁判で勝利
 「ブダペスト通信」(1月25日)で、国立銀行総裁マトルチ・ジョルジュの息子アダムの友人でかつ事業パートナーであるショムライ・バーリントが所有する会社が、国立銀行から巨額の発注を受けていたことを記した。しかも、この二人はポルシェやフェラーリの高級車を乗り回し、数千万円もするノーチラスの腕時計を付けていることで知られている。また、ニューヨーク・マンハッタンのThe Crown Building内の超高級ホテル内にある高級レジデンス(およそ4000万ドル)を共同所有していることも暴露された。
この二人の関係について記事を配信したTelexにたいし、ショムライが記事の訂正を求めて提訴していた民事裁判で、首都裁判所は「Telexは正しく報道した」という最終判決を下した(2023年2月21日)。「国立銀行は公的資金で運営される国有機関であり、それが発注する入札に参加し落札した企業が、公共の関心の的になることは避けられない。落札した企業やその役員の背景が報道され、発注者との関係が調査され報道されること当然のことである」と断定した。
 国立銀行総裁の子弟だけでなく、政権トップの親族が種々の公金詐取に関係している。オルバン首相の女婿も、起業家としての実績を得るために地方自治体が管轄する街路灯の交換事業を独占受注し、ハンガリーの億万長者番付に顔を出すようになった。この公共事業はEU補助金事業だったためにOLAF(欧州不正監視局)の調査対象となり、ハンガリー検察へ捜査を依頼することになった問題事業である。ハンガリー検察は形だけの捜査を終えて、「不正の事実は確認されなかった」と結論付けたが、OLAFは欧州委員会にたいし、この件で適切な措置を取るように勧告した案件である。オルバン首相はEU補助金の申請を放棄して、すべてを国家予算で支出することで、この問題の深刻化を回避した経緯がある。
 欧州委員会がハンガリーへのEU補助金支出について厳しい条件を課すのは、こうした経緯があるからである。
 このこともあって、オルバン首相女婿夫婦は野党勝利の場合に訴追されることに備えて、昨年の総選挙前に家族でスペイン・マルヴェーリャに移住したが、Fidesz勝利とともにブダペストに戻り、何もなかったかのように次々と優良民営化物件を取得して資産を増やしている。
 これらの事実はブダペストではよく知られたことだが、多くの年金生活者には関心のない事件であり、政府が情報統制を行っている国営テレビしか見ていない地方の住民が知る由もない事柄である。裁判所がまともな判断を下したことだけが、せめてもの救いか。
 「ブダペスト通信」(2023年2月24日)より
 
初出 :「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
 
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1248:230301〕