ワールドカップさなかに進む、悪しき国家改造!

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授・早稲田大学客員教授
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かと 2014.6.15  ブラジルでワールドカップが始まりました。しばらくマスコミの話題を独占するでしょう。そんな時機を見計らったかのように、安倍首相の改憲工作、集団的自衛権についての自公合意と閣議決定が進められています。野党はほとんど役割を果たせず、国民の反対の声も届かず、「戦争ができる国」への猪突猛進です。その根拠づけは、あきれたこじつけ。問題設定そのものが異なる砂川事件最高裁判決から「必要最小限度の自衛権」を導こうとしましたが、旗色が悪いとみると、今度は1972年政府見解の「国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態」を与党公明党対策で持ち出し、それがもともと集団的自衛権を否定する文脈で出されたものと指摘されると、開き直って「急迫、不正の事態」「おそれ」と置き換えた自衛権発動3要件をひねり出すという具合。憲法前文・第9条の理念とちょうど正反対の、「戦争ができる国」へと突っ走ろうとしています。事実上の国家改造です。熟慮民主主義と正反対の、独善的解釈改憲です。

かと 同時に、この国が改造を迫られていることも事実です。安倍首相の改憲とは正反対の意味で。「国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される」事態は、実は3年前に体験しました。東日本大震災・福島第一原発メルトダウンというかたちで。久しぶりに東北・岩手の被災地と福島を駆け足でまわってきましたが、震災被災地の「復興」は、自治体ごとでばらばらです。陸前高田の「奇跡の一本松」のまわりに高いクレーンが林立し、整地・土木工事の真っ最中で、とても「復興の象徴」とはいえません。膨大な公共事業の作業員が去ったあと、新しい地上げされた空間に、果たして若者たちの仕事場は作れるのでしょうか。大船渡は漁港再建を軸に復興が進み、釜石も被災は局地的でしたから 何とか復旧しつつあると思われましたが、海岸線の小さな集落や、大槌町は、まだ生々しい被害の跡が各所に残ります。町全体が、「震災遺跡」のようでした。福島では、あいにくの雨の中、放射線量を測定しながらレンタカーでまわりましたが、中通りの福島・郡山でも、東京や岩手の数倍の数値が市街地で観測され、特に初期にホットスポットとよばれた地区や、山間部・森に近づくと、とたんに高い値が出てきます。 除染が済んだはずの地域でも、若いお母さんたちが心配して戻れないのは、当然と考えました。あの「美味しんぼ」で話題になった「鼻血」の表現は、「危ないところから逃げる勇気を」という作者のメッセージを伝えるためのもので、それこそ「生命、自由および幸福追求の権利」が脅かされる事態が続いているのに、原発再稼働や原発輸出まで語られ、3・11以前の状況に回帰しようとする安倍政権や原子力ムラへの、抗議の叫びと思われました。そもそも原発被災地の「復興」とは何かを、改めて考えさせられました。

かと 個人の正当防衛権から自衛権を、個別的自衛権から集団的自衛権へと直結させる論理も使われていますが、そもそも個人の正当防衛権自体が、生存権が脅かされる「急迫、不正の事態」に例外的に認められるもので、国家の権利に短絡できるものではありません。この辺は学術論文データベ ース深草徹弁護士の最新寄稿「安保法制懇報告書を読む(2014.6) や、伊藤真さんの「けんぽう手習い塾」を参照していただいて、むしろ、改めて原発事故という「急迫、不正の事態」にあたって何を優先すべきかを明快に示した、5・21福井地裁判決の一文を、かみしめましょう。

「ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には、その被害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは、当然の社会的要請であるとともに、生存を基礎とする人格権が公法、私法を間わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。
個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき、その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。」

 

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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