中国から見たヨーロッパの危機感

ーー八ヶ岳山麓から(516)ーー

アメリカは、2月24日の国連総会においてロシアや北朝鮮ととともに「ウクライナの領土保全とロシア非難の決議案」に反対した。米露接近、トランプとプーチンの握手は誰の目にも明らかになった。そしてウクライナとヨーロッパそっちのけの米露停戦交渉がすすめられることによって、ウクライナの独立とヨーロッパの安全はこれまでにない危機を迎えた。

これに対応して、ヨーロッパ連合(EU)委員長フォンデアライエンは、3月4日防衛力の強化に向けて最大8000億ユーロ(125兆円)規模の資金の投入を目指す「ヨーロッパ再軍備計画」を発表した。
最大1500億ユーロ(23兆円)を融資する新たな枠組みを作り、加盟国による兵器の共同調達などを後押しするほか、加盟国に対する財政規律を緩和し、財政赤字の拡大を一定程度容認して国防費の増加につなげようとしている。
発表に際して、フォンデアライエンは「私たちは最も重大で危険な時代に生きている。ヨーロッパはウクライナを緊急に支援するために、ヨーロッパの安全保障における責任を果たすために国防費を大幅に増やす用意がある」と述べた。この計画は3月6日のEU特別首脳会議で合意された(NHK 2025・03・05~07)。

米露接近・米欧間の亀裂、それによるヨーロッパの危機感については、日本では特に大きく報道されていない。その後の分析も目立たない。日本には、米中覇権争いからトランプと習近平の握手の可能性といった複雑系の情勢分析ができる研究者がいるだろうか。
だが、中国は注意深くこれを観察し分析してきた。3月18日環球時報紙掲載の崔洪建の「ヨーロッパは『再武装』できるか」という論評は、上記「ヨーロッパ再軍備計画」の可能性を詳細に考察している。以下に自分なりの要約を記す。


ヨーロッパは「再武装」できるか(概略)
崔洪建(中国国際問題研究所ヨーロッパ研究所所長)

EU諸国は、「特別首脳会議」を経て「ヨーロッパ再軍備計画」の合意に達した。しかし、政治的な表明を繰り返し、財政投入を増やすだけでは、直面する巨大なリスクの前では、むしろ自己満足のように見える。
ヨーロッパは、(戦況からすれば)これまでのウクライナ側への政治、経済、軍事的支援がほとんど成果を上げていない状況にある。また、アメリカからの絶え間ない圧力を受け米欧関係の崩壊に伴う巨大な負担も背負わなければならない。これは第二次世界大戦後、ヨーロッパが経験したことのない最も危険な戦略的環境である。
EU方面の評価によれば、アメリカの支援を受けてウクライナが「勝利」した場合、ロシアは今後5年以内に再び戦争を始める可能性が高い。その(攻撃)目標は当然EUになるという。アメリカが「NATOから脱退する」といった議論も時を同じくして浮上しており、今すぐではないものの、アメリカ側の「ヨーロッパの平和維持部隊にNATO集団自衛権を提供しない」とか、「(米軍が)ドイツの基地から撤退する」「ヨーロッパでの軍事演習に参加しない」といった(アメリカ方面の)発言は、ヨーロッパ諸国に将来に対する不安を抱かせている。

ヨーロッパは、米露関係が緩和し、米欧関係が緊張する中で、単独でアメリカの注目と信頼を得ることが難しいことを強く認識している。そこでヨーロッパは3つの方法で安全性と強靭性を確保しようとしている。
まず、ウクライナ支援と自国防衛強化の間でバランスを取ること、またそれをもってウクライナと共に「力による(交渉参加の)資格」を求めることだ。ウクライナ危機の政治的解決過程や今後のヨーロッパの地政学的な配置においては、周縁化される厳しい現実を受け入れざるを得ないため、政治的立場と安全保障の目標をウクライナと結びつけ、アメリカとは適切な距離を保つ必要がある。
その軍事能力の構築は、ウクライナを「対露の前線」とし、ヨーロッパを戦略的な大後方として考えることを基本的な前提としている。さらに、軍備を強化することによって、アメリカの軍事費の増加要求に部分的に応えることである。これにより、依然として「(ヨーロッパが)戦略的価値」を持っていることを証明し、アメリカにヨーロッパ安全保障の枠組みの中にとどまるよう説得したり、アメリカがNATOを離脱するのを遅らせたりすることができる。
三つ目は、財政と資金投入を指針に、ヨーロッパの経済と社会を「準戦時状態」へと転換するための時間と空間を確保することである。現在の米露間の駆引きの速度と強度を考慮すると、時間はヨーロッパ側には味方していない。
ヨーロッパは長期間平穏な状態が続いたため、初歩的な戦闘力を想定して今すぐに緊急投資を始めたとしても、最も楽観的な予測でも2年以上の時間が必要だ。さらに、相対的に独立した軍需産業体系を構築し、(ヒトとモノ、情報の)動員を通じて経済と社会を準戦時状態に移行させるには、もっと長い期間が必要である。そのため、ヨーロッパは(ロシアという)仮想敵国の「戦争の脅威」とアメリカの「戦略的見捨て」が遅れることを望まざるを得ない。

「ヨーロッパ再軍備計画」の成否を左右するカギとなるのは大規模投資だが、可能なのは1500億ユーロのみで、8000憶ユーロは達成されない可能性がある。残りは加盟各国が対策を講じるか、株式市場で調達する必要があるからだ。
次に、軍備を再編成するためには、短期的には軍備の政府調達を順調に進め、長期的にはヨーロッパ独自の軍需産業を構築しなければならない。ところが軍備の調達方法についてすら、フランスとドイツの間では思惑の違いがあるなどいくつかの障害がある。
しかし、「ヨーロッパ再軍備計画」にとって、最も不確定で最も挫折の可能性が高いのは、ウクライナ危機の方向とアメリカ要因の変化である。一旦アメリカの内政に変化が現れ、たとえトランプ政権がわずかな姿勢の調整を行ったとしても、アメリカへの依存が大きい現状は、「再武装計画」の足かせとなるだろう。
さらに切迫した試練は、もしアメリカがウクライナに対して全面的な供給停止など、さらなる圧力を加えた場合、ヨーロッパが軍事支援、情報などの空白を埋める意欲と能力がカギとなる。もし軍事支援が補填できなくなったら、ウクライナはアメリカの圧力に屈してヨーロッパを無視する可能性が高い。その時ヨーロッパは(ウクライナという)軍事的な前線基地を失うだけでなく、交渉参加の外交的立場もさらに失うかもしれない。
したがって、ヨーロッパが真に持続可能な安全保障状況を得るために真剣に考えるべきことは、「再軍備計画」の第一歩を踏み出した後、隣国(ロシア)との平和共存を実現するために、持続的な外交努力のもとで早急に第二歩を踏み出さなければならないということである。(要約了)(2025・03・21)

初出:「リベラル21」2025.03.26より許可を得て転載
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