中国から見た米欧の不協和音

ーー八ヶ岳山麓から(515)ーー

ウクライナ戦争をめぐるトランプ政権とヨーロッパとの確執は、日本ではさほど目立たないが、日本で報道されているよりも深刻なものらしい。米欧政界では、アメリカのNATOからの離脱がうわさされているという。

3月14日中国共産党準機関紙・環球時報は、これについて上海国際問題研究大学研究員・姜鋒の論評を掲載した。姜鋒の結論を先取りすると、「米欧の断絶が引き金となり、ヨーロッパは劇的なショックに見舞われている。もちろん、ヨーロッパはアメリカの『脱欧』を受け入れられない。だが、アメリカが放棄したいのは、(NATOからの脱退ではなく)ヨーロッパにおける覇権のコストである」

米欧の覇権主義体制の盟主として、また世界の警察官としての役割を果たすためにアメリカは莫大な代価を支払ってきた。一方NATOに対峙したワルシャワ条約機構は1992年に解散したのでNATOの必要性は低下し、軍事費・軍事力・結束力はいずれも著しく低下した。

復旦大学アメリカ研究センター教授の張家棟は、「2014年までにNATOのヨーロッパ加盟国による軍事支出は国内総生産(GDP)の1.4%まで落ち込んだ。……(ウクライナ戦争の最中の)24年のNATOのヨーロッパ加盟国の軍事費の合計は、ロシアのそれを下回る」という(環球時報2025・03・12)。

2014年NATOは同盟国に対し、GDP比2%以上の国防費支出を目標に設定し、これによって2023年までにはヨーロッパのNATO加盟国やカナダは国防費支出が前年比で11%増加した。事務総長ストルテンベルクによると、24年には加盟32カ国のうち、18カ国が2%を達成する見通しだという。

だが、トランプは、大統領就任直前の今年1月8日、NATO加盟国は防衛費をGDP比5%相当とすべきだと表明した。米副大統領バンスは、2月15日のミュンヘン安全保障会議で、ヨーロッパへの脅威は外からではなく内から来ると発言し、さらに防衛費のGDP比は、米国が3.3%なのに対してヨーロッパは1.9%に過ぎないと強調した。「ヨーロッパは、他者への依存を戦略的自立の基盤にしてはならないという事実に目覚める必要がある」とするトランプ政権の主張を繰り返してヨーロッパ側の出席者を怒らせたのである。

ちなみに2024年のロシアのGDPは、中国広東省とほぼ同程度の1兆9970億ドルである。ロシアの2025年度予算案では、総支出の約3分の1、GDPの6.3%相当が軍事費に割り当てられている。

張家棟は、「(ヨーロッパの軍事費負担増によって)アメリカとヨーロッパの同盟国との間で、よりバランスの取れた安全保障政策が実現することになる。その結果、NATO存続の可能性と必要性はあるものの、アメリカ一極集中から新たなアメリカ・ヨーロッパ二極体制への移行があり得るだろう」という。

また姜鋒は「ロシアとウクライナの紛争が実際には代理戦争であり、ヨーロッパは戦争の主役がヨーロッパではなくアメリカであることを見抜けなかった」という。「今日のアメリカがロシアと握手を交わし、ヨーロッパを傍観者として悪夢のように放置しているのはそれゆえだ」

さらに「アメリカ政府がやっている『外交』の目的は、同盟国であれ、ライバルであれ、アメリカの利益の最大化達成のために世界覇権のコストを移転することであり、それがアメリカの対ヨーロッパ『取引外交』の本質である。(トランプ登場後)ロシアとウクライナの紛争に対するアメリカの態度が180度変わったのは、その『取引外交』の典型的な例だ」という。

張家棟はこれを次のように表現している。

「ヨーロッパは安全保障、貿易、経済の分野でアメリカにもっとも依存した関係にあり、また最も豊かな地域でもあるため、『取引外交』の原則の下でアメリカの覇権主義のコストを負担させる最適の対象として矢面に立たされている。アメリカは「価値観外交」の煩わしさを避けるため、大西洋横断価値同盟の看板を露骨に解体し、アメリカとの関係は価値観ではなく価格に基づいており、すべてはドルの尺度で価格が試されることをヨーロッパに認識させたのだ」

姜鋒はヨーロッパが軍事費を増やせば、アメリカはヨーロッパへの軍事費投入を減らし、武器輸出による収入を増やすことができる。だがヨーロッパの独自の防衛力(ヨーロッパ軍)を構築する必要性は、アメリカにとっては別問題であり、それはアメリカの対ヨーロッパ政策に入ってはいないと見ている。

見たところトランプは、ノーベル賞受賞はともかく、次期上院中間選挙を有利に持っていくために業績を上げようとして対露和解交渉を急いでいる。かれは、ヨーロッパはヨーロッパに任せ、ヨーロッパとの亀裂など問題にしている暇はない。ウクライナ戦争を早く終わらせ、中東問題を片付けなければならない。そのあと、最大のライバル中国との対決が待っている。その焦燥感が、ホワイトハウスでゼレンスキーとの会談が口論となった。

トランプ1期目のときに、アメリカは戦略的な基軸を対中国に置くとして中国に関税攻勢をかけた。中国も関税で対抗した。バイデン政権はウクライナ戦争と中東問題が生まれて、これに足を取られた。アメリカは大統領がトランプであれバイデンであれ、西太平洋とアジアの覇権を中国と争わなければならない状況にある。

トランプは、中国に対して追加関税20%をかける。だが、アメリカのこれ以上の攻撃は遅かれ早かれやってくる。中国の最大の輸出相手国はほかならぬアメリカで、輸出総額の15%はアメリカが占めている。当然中国経済への打撃は大きい。

どういうわけか、中国のアメリカ専門家は、この迫りくるアメリカの攻勢にどう対応するかについて発言しない。それは中共中央のやることだ、学者ごときが云々する問題ではないといわれればそれまでだが。

中国の前に、アメリカは日本に対して高関税、防衛費増強をかならず要求してくる。安保問題でも難問を持ち出すかもしれない。トランプ一期目の安倍晋三政権のときは、属国が宗主国に対する如く卑屈な態度に終始した。現総理石破茂は対等な立場でこれを迎え撃つ準備ができているだろうか。(2025・03・19)

初出:「リベラル21」2025.03.22より許可を得て転載
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-6713.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
〔opinion14155:250322〕