中国が考えるウクライナ問題

ーー八ヶ岳山麓から(512)ーー

2月25日、中国共産党準機関紙「環球時報」は3人の研究者を招き、「バランスの取れた効果的で持続可能な欧州の安全保障構造はどのように構築されるか」というテーマでウクライナ問題を論じさせた。このうち李海東・外交学院国際関係研究所教授の主張は、ウクライナ問題をふくめて米欧問題を論じていたので、以下にその概要を記す。
中国の研究者の発言は、中共中央の政策からはみ出すことは許されないので、李氏の主張はほぼ中共中央の考えだと見ることができる。また、これは3月2日伝えられたトランプ・ゼレンスキー交渉破裂以前の論評なので、この重大事件は検討対象になっていない。

李氏は、まずウクライナ戦争の基底にあるものとして、米国を含めた北大西洋条約機構(NATO)の冷戦思考を指摘する。
「冷戦終結後30年余り、西側の一部の政治エリートは、『冷戦の勝者』意識を持ち、他国の合理的な安全保障上の利益を顧みず、『一人勝ち』のやり方で欧州の安全保障に対処してきた。その結果、欧州の安全保障の深刻な亀裂と、大国間の鋭い対立を引き起こした」
(これは余談だが、1991年ワルシャワ条約機構が崩壊したとき、わたし(阿部)はそれと対立したNATOを解体するか、緩やかなものにすべきだと思った)
注)NATOの拡大:まず1999年、ポーランドとハンガリーが加盟した。
2004年になって、ブルガリアとエストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニアが、またユーゴスラビアから分離独立したスロバキアとスロベニアが、2009年にはアルバニアとクロアチアが、ロシアがクリミアとドンバスを奪ってからの2017年に旧ユーゴスラビアのモンテネグロが、2020年に北マケドニアが加盟した。
2021年の時点で、NATOは、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ジョージア、ウクライナの3か国が参加を希望している国として公式に認めた。ロシアのウクライナ侵攻後の2023年に中立国であったフィンランド、24年にスウェーデンが加盟した。

NATOという仕組みの中で、欧州は日本ほどではないが、米国への従属状態に置かれている。経費の65%は米国が負担している。これを指して李氏は、欧州の安全保障は米国頼りで脆弱だという。
「欧州外の国家(すなわち米国)が主導し、大国の覇権的立場を反映したこの欧州安全保障構造は、欧州の防衛の自主性と能力を欠くもので、ウクライナ危機の解決が困難なのは、安全保障を他国を頼りにすることから生まれている」
だから欧州はアメリカへの従属状態から脱出すべきだというのだろうか。李氏は、さらに「ロシア側は欧州におけるNATOの機能強化の正当性を一切受け入れることはできない」「ミュンヘン安全保障会議での米国の欧州に対する不満の発言は、NATOが将来深刻な危機に遭遇することを意味している。NATOを進化させることができるか、あるいはロシア側が受け入れられるレベルまで弱体化させることができるか。これはその後の米露協議が欧州の永続的平和を維持するという目標を達成できるかどうかの重要な指標となるだろう」

李氏の論理を逆にいうと、ロシアの気に入るまでNATOを弱体化すれば、永続的平和が実現することになる。そこでトランプ大統領が出現した。氏は、これによってウクライナ戦争解決の展望が開けたという。なぜなら「(トランプ氏)は欧州に対する責任と支出の削減・防衛の欧州化の強力な推進・ロシアとの対話の強化・その他の政策は、欧州の安全保障の再構築に大きな融通性をもたらし、ウクライナ危機を緩和する可能性を生み出した」からである。


注)米国の欧州に対する不満の発言:2月14日から開かれたミュンヘン会議以前からトランプ政権高官の欧州批判が相次ぎ、トランプ氏はゼレンスキー氏に侮蔑の言葉を浴びせていた。またウクライナ担当のケロッグ米特使は、ロシアとの協議の場に欧州の席はないと発言した。
ミュンヘン会議では、ヴァンス米副大統領は「欧州の脅威は中露などの外部勢力ではない。米国と共有する基本的な価値観から離れた(NATO)内部の問題だ」と発言した。さらに欧州の移民政策や(ヘイトスピーチや偽情報を取り締まる)SNS規制が民主主義の価値観に反すると攻撃した。


李氏はトランプ・プーチンの頭越し交渉において、ウクライナと欧州を外したのはまずいという。これが氏の独自と言えば独自の意見である。
「米国とロシアを中心とする米国の交渉戦略は、大国のニーズのみを考慮したものである。現在、欧州の安全保障上の主要問題についての協議から欧州諸国とウクライナが排除されていることは、関係者の不満を招くだけでなく、『押しつけられた平和』という状況を出現させることになり、そのような平和を持続可能なものにすることは困難である」
そして、欧州抜きの頭越し交渉が意味するところは、「米国がさきのミュンヘン会議における米欧共通の価値観への『根源的』な疑問を持ち出し、ウクライナ危機についてロシアとの対話から欧州を退けたことは、欧州の安全保障への米国の関与が重大な変化をとげたことを示唆している」と米欧間の亀裂を指摘している。
さらに、ウクライナがNATOへの参加を模索していることが、「ロシアとウクライナ間に深い敵対関係をもたらしている」とし、トランプ政権が「ウクライナのNATO加盟の如何なる可能性についても明確に拒絶している」ことは、「歴代米国大統領の政策的立場ともはっきりと対立するものである」もしウクライナ側がNATO加盟にこだわるなら、「休戦」にはなりえても「終戦」とはならないと、まるごとプーチンに接近するトランプの政策を肯定するかのようであるという。

今日、ウクライナ戦争解決に当たって、ロシアの脅威とならない程度にまでNATOの構造を変えるとか、またウクライナのNATO加盟はあきらめなくてはならないとかは、中共中央のウクライナ問題解決策のひとつだと見ることができよう。

一方李氏は、ロシアの占領地はロシア領、ウクライナは中立国にするといったロシアの主張に直接言及しなかった。またトランプ政権がウクライナに対して居丈高に、その鉱物資源開発によってウクライナへの援助を取り返そうとしたり、米国の言うことを聞かないとスターリンク・インターネット・サービスを中断するとウクライナを脅したりしたことにも触れていない。これは中共中央がそれらについてまだ態度を明らかにしていないからであろう。

ゼレンスキー・トランプ会談の口論事件をまつまでもなく、米中露の核3大国家の指導者は、そろいもそろって国連憲章に定められた国際関係の原則や民族の独立、人権、民主主義などに関心がない人物ばかりである。これは歴史の必然なのか。われわれは彼らが退陣するまで「嫌な感じ」に耐えなくてはならないのか。いや、彼らの後また同じような人物が出て来るのか。(2025・03・03)

初出:「リベラル21」2025.03.08より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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