菅首相が待望の訪米に出発する。首相官邸周辺からは米バイデン大統領就任後の「最初の対面での首脳会談」の相手に選ばれたことを、なにか大手柄のように吹聴する気配が漂ってくる。そこには第二次大戦後の参勤交代外交の残滓が濃厚に感じられて、どうしても鼻白んでしまう。
しかし、今回の日米首脳会談は、私見では1972年夏の田中・ニクソン会談に匹敵する重要な意味を持つ。72年のそれは、その年2月にニクソン訪中という、やや大げさに言えば世界史的出来事があり、それを受けて中国をめぐる世界情勢が大きく動いた中で、9月に日中国交回復のための田中首相訪中を控えた会談であった。言うなれば、朝鮮戦争後の「米中対立というアジアの基本構造」が転機を迎えた中での会談であった。
今回は、2018年春にトランプ前米大統領が貿易不均衡やハイテク技術の主導権争いを材料に仕掛けた米中「新冷戦」がバイデン新大統領に引き継がれ、それがより一層深刻な対立へとエスカレートした段階での首脳会談である。72年の田中・ニクソンは米中対立が緩和に向かう中での日中復交の形の打ち合わせであったが、今回、状況は逆である。深刻さが格段に違う。
米バイデン大統領はさる3月25日、就任後初の記者会見で、現在の米中対立について「21世紀での民主々義の有用性と専制主義の戦いである。対立は望んでいないが激しい競争になる」と述べた。つまり世界観の戦いである。
となれば、論理的には日本の立場ははっきりしている。一貫して「自由主義陣営の一員」と唱え続けてきた以上、米と同じ立場に自分を置かなければ筋が通らない。
しかし、日本の政治家は立場を鮮明にすることが苦手である。こっちについているようだが、細かいところで差があることを匂わして、場合によっては反対側にも立ちうるという場所に身を置きたがる。米中の狭間ではまさにそれでやってきた。75%は米側であるが、25%くらいは中國にもいい顔をする。そして一番やりたいのは、米中間の対立に割って入って、両方に感謝されながら、対立を緩和するという役回りだ。
ところがそんな腹の内は誰の目にもすでに明らかだ。中国などはことあるごとに日本に「対米追随」のレッテルを貼って、たまには独自の道を歩いたらどうだ、とけしかけてくる。
では、今回はどうする。私見では米にことさら異を唱えるようなパフォーマンスは不必要だし、しないほうがいい。さればと言って、バイデンにただ賛同して「すべて意見が一致した」というありきたりの記者発表では「いつもの通り」と見られるだけだ。
どうすればいいか。今回は、対中国で日本の言いたいことをはっきり表明して、なぜ米に同調するかを独自に明らかにするべきだと思う。
その材料は尖閣諸島がいい。日米間でのこの問題の扱いは、いざとなれば米軍が日本を助ける日米安保条約第5条の適用範囲であると確認することが首脳会談での公式となっているが、そんな言い古されたネタでなしに、日本として尖閣の領有権を二国間でも、国際司法裁判所でもいいから、正式に外交交渉で話し合いたいという態度を鮮明にすべきだと思う。中国は交渉を避ける理由を言わないまま、海警の巡視船をのべつにあの海域に送り込んで、「実績作り」をしているが、そうした「からめて戦術」の非を国際的に訴えるのだ。
また、ウイグル族の人権問題では、最近、中国はしきりと新疆の「実情」をPRするイベントを実施して、西側の「虚偽宣伝」を攻撃しているが、そうした不毛な論戦で互いの敵意の増幅を避けるために、中国政府に外国人でも新疆へ自由に旅行できるよう認めること(コロナの後になるだろうが)、ウイグル人の言論・報道の自由を認めること、行方不明になっているウイグル人の消息を明らかにすることなど、日本としての要求を明らかにするべきだろう。
このように中国の言う「敏感な問題」について、日本の立場を具体的に明らかにして、その上でこうした問題と貿易など二国間の具体的な問題とはきっちり区別して扱うことを求めるのも必要だ。
日米首脳会談で日本の首相がこういう発言をすれば、中国は腹を立てるだろうが、対米追随だけでなく、日本までが具体的な注文を明らかにしたということで、また敵が増えたと感じさせることが、今の中国には必要だ。
昨年、香港国家安全維持法を施行して以来の香港に対する締め付けが巻き起こした中国に対する国際的な逆風は、さらに少数民族の人権問題、台湾海峡、南シナ海などにおける中国の行動などを対象に加えて、習近平政権に想定外の強さで吹き付けているはずだ。このことは、すでに2018年に憲法を改正して国家主席の任期を廃止し、来年秋の共産党大会、再来年春の人民代表大会で党総書記、国家主席の両方で在任「10年越え」を目指す習近平にとっては甚だ不都合な状況であるはずだ。
中国の政治がますます強権化するのを防ぐことは、アジアの安全保障の上で必須である。常に中国の顔色をうかがいながら、米にすり寄る日本、という日本観を考え直させる言動を菅首相は示せるか。この秋の続投が危ぶまれる菅首相にとってはかなり厳しい勝負の場面となるはずだ。(210413)
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