中国の学者は沖縄をどう見ているか

――八ヶ岳山麓から(377)――

 沖縄問題はつきつめれば米軍基地問題であり、日米安保条約と地位協定の問題である。
5月12日の本ブログで岩垂弘氏が「沖縄の本土復帰以来、沖縄県民は、在沖米軍基地の整理・縮小、日米安保条約に伴う基地負担の軽減を訴え続けてきた。が、本土の政府と本土の人間の大半は、その訴えに耳を傾けることはなかった」と指摘した通りである。

 中国共産党機関紙「人民日報」国際版の「環球時報」も、5月17日沖縄問題に関する評論を掲載した。清華大学歴史学部研究員の孫家珅(ソンカシン)氏による「日米は長年沖縄人の人権を侵害してきた」である。
 孫氏は、まず日本政府の5月15日の本土復帰50周年記念式典を伝え、同時に沖縄県人民多数によって米軍基地の縮小や米軍基地の完全撤去を要求する、強烈な抗議が行われたといい、その光景は「沖縄人民が長年日米両国に挟まれた困難な環境の中にあったこと、また長期にわたって沖縄人民が受けてきた人権侵害を思い起こさずにはいられないものであった」という。

 孫氏は、沖縄には琉球と呼ばれた時代があり、1879年日本が琉球を併合し沖縄県とし、さらに第二次世界大戦後は、「琉球」はアメリカ軍の占領統治下におかれ、アメリカは琉球に大規模軍事基地を建設したと語る。
 ついで、1972年に沖縄の施政権が日本に返されてからも、沖縄県民の人権と利益が保護されなかったこと、またさきの岩垂氏の記事とほとんど同じく、米軍基地の過密問題、沖縄県民の被害の事実を挙げる。
 「沖縄県によると、2020年に日本各地の米軍基地を集計したところ、日本国土の0.6%に過ぎない沖縄に全米軍基地の70.3%が集中している。たかだか 2000平方キロメートルの沖縄に、米軍基地は嘉手納・那覇・普天間など数多く存在している」
 「米軍の駐留によって燃料漏れなどの環境破壊問題、航空機訓練騒音問題、在日米軍ヘリコプターや戦闘機の墜落事故などは、長年沖縄住民の日常生活に深刻な悪影響を与え、生命・安全を危険にさらしている」
 さらに、米軍の「治外法権」も沖縄県民の権利と利益を侵害しているとして、たとえば米軍兵士による性的暴行などの悪質な事件が頻発していること、 1972年から2020年にかけて、沖縄の米軍基地で6029件の犯罪が発生したことをあげている。
 「日米地位協定で保護されている米兵は、日本の法律で裁判を受けることはない。こうした事件は、沖縄全土の反米軍基地運動を爆発させ、沖縄の人々の怒りをかき立てている」

 さらに本土(孫氏は「日本国内」という)でも「琉球人」に対する深刻な「人種差別問題」があるとして、「日本軍は1945年の沖縄戦で、米軍の説得を受け入れず、集団自殺で抵抗するよう地元住民を扇動した。当時、日本は沖縄の女性や学生に戦場へ行くよう強制した」といい、「ひめゆり部隊」、軍が沖縄県民をスパイと見なしたことを例に挙げる。
 また、今日の問題として、「日米の『核密約』の締結は、沖縄県民を核リスクにさらしている」として 1969年7月、若泉敬氏が沖縄返還交渉において、首相佐藤栄作の密使として重要な役割を果たした事実などをかなり詳細に記している(若泉敬氏は1994年著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』で密約交渉の内容を暴露し、96年に自殺した)。そのようにして、アメリカは1972年に沖縄を日本に返還したというのである。
 
 さらに孫氏は日本社会に存在する沖縄差別に関して以下のように記述している。
「日本人と沖縄人の隔たりや民族感情は明らかで、沖縄の地元メディアや市民は(日本人を)『大和人』と呼び、日本人は沖縄人を『土人』と呼んでいる(ママ)」
 「2016年10月の沖縄反米軍基地デモでは、大阪から動員された日本の警察が沖縄県民を『土人』と罵って県民を怒らせた事件が大きな波紋を呼んだのだが、日本政府は『土人が差別的意味を持っているとは判断できない』と発言した。双方の論争は今も沈静化していない」

 私が中国で生活していた1980年代の末期、あの天安門事件があったころ、「琉球処分」――1872年日本帝国によって琉球王国は、清帝国の冊封体制から切り離されて琉球藩とされ、1879年日本帝国に併合、清帝国との交渉を経て消滅した――について、ある親しい中国人が嘆きとも不満ともつかない調子で、「清帝国が弱体化したときに日本は琉球を奪った」といったのを思い出す。
 その10数年後、あらためて中国で生活をはじめたとき、尖閣諸島(中国では「釣魚島」)問題にからめて「琉球処分」の「不当性」、すなわち琉球王国は元来中国のものなのに清国末期のどさくさに紛れて日本が略奪したという議論が方々で語られているのを知った。
 議論を吹っかけられるたび、わたしは明治政府の強引なやり方は認めざるを得なかったが、事実上清国・薩摩藩の「両属国」だった琉球王国の、独立の可能性ならばともかく、中国領有は認めるわけにはいかないと思ったので、では清国の冊封体制下にあった琉球王国が中国のものならば、ネパールもベトナムもビルマも中国領なのか、と大いに反論したものである。
 ところが孫家珅氏は、中国では決まり文句のようにいわれる「琉球処分」の「不当性」をまったく論じていない。
 さらに孫氏は「核密約」下の沖縄や米軍基地問題を論じながら、冷戦終結以後、在日米軍(ひいては自衛隊)の矛先がソ連・北朝鮮から中国・北朝鮮に振り向けられた「不当性」も指摘しない。
 「ひとつの中国」という日米ともに認めている原則からすれば、「台湾解放」は中国の内政問題である。ところが中国軍の「台湾解放」に備えて日本は南西諸島の自衛隊駐屯地を増強し、アメリカも中距離ミサイルを開発・配備する準備をしている。孫氏が日米の軍備増強を内政干渉だと非難しても少しもおかしくはない。だが、彼は敢えてこれにふれない。

 以上、本稿は孫氏が日本問題の専門家だとすれば実に不可解である。
この毒にも薬にもならない評論を載せたのが「環球時報」であることからすれば、孫氏は上から何らかの指示をうけてこの評論を書いたのではないかとの推測がはたらく。そうだとしたら、中国政府にはどんな思惑があるのだろうか。
 ウクライナ戦争の勝敗がどう転んでも、アメリカのインド・太平洋戦略からすれば、今後の日米の中国に対する安全保障政策はより強化される。この評論が「続編なし」に終わるはずはなかろうと思う。                     (2022・05・19)

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