――八ヶ岳山麓から(132)――
『夢・大アジア』(集広社刊)という季刊雑誌創刊号を見た。右翼のイデオロギー雑誌である。執筆者には加瀬英明・頭山興助・田母神俊雄ら20数人が登場する(編集の仕方は「習近平」を「周近平」とするなど粗雑である)。
編集長石井英俊の巻頭言は、「強い日本を創り、アジアを再び解放する/これが私たちの志であります/この為に季刊『夢・大アジア』を創刊いたしました」という文言から始まり、「私達は、この中国共産党政権による植民地主義・侵略からアジアを再び解放することを志しています/神武建国の詔(みことのり)には『八紘一宇』の理念が掲げられました。その日本建国の実現は、ひとえにアジアを再び解放する戦いにおいて実現しなければなりません」とし、最後は「草莽崛起/私達は今ここに『興亜の大業』を為さんとするものであります」と結んでいる。
注)「八紘一宇(はっこういちう)」とは全世界をひとつの家にすること。戦前日本が海外侵略を正当化する標語として用いた(「大辞泉」)。
これがたいていの保守派の雑誌や新聞と異なるのは、日米同盟の強化ではなく、対米従属からの脱却を強調することである。なかでも注目すべきはモンゴル・チベット・ウイグルなど、在日中国少数民族の発言である。当然のことだが彼らに共通するものは反中国感情である。
モンゴル人楊海英は、アジア主義とは、西洋の帝国主義による侵略に対して、アジアの連帯を通して抵抗する思想だとしたあと、内藤湖南の『支那論』を引く。すなわち、清朝が中華民国に変わっても腐敗は以前よりひどかったし、猥雑、低俗でまったく変わらなかった。そこで「経験を積んだ日本人が管理し、顧問になってやろうという風になるのです」「朝鮮半島も同じです」と、まるで日本の中国・朝鮮支配を当然であるかのようにいう。
楊海英は日本が彼の故郷内モンゴルを事実上の占領状態におき、満蒙政策がモンゴル独立運動をうらぎったことを百も承知で、1930年代以後の日本軍国主義をあえて支持している。私は、彼が司馬遼太郎賞を受けた『墓標なき草原』(岩波書店)を中国で読んだとき、右旋回を直感したがその通りになった。
彼は、「私は日本型の近代化は、我々モンゴル人にとって大いに肯定すべき近代化だといいたいのです」「(農耕の中国・朝鮮ではなく牧畜の)ユーラシア、モンゴルのアジア、日本の近代化を評価するアジアの方が福岡を拠点とする玄洋社の精神の流れを継承する運動と脈搏が一致する」とまでいう。
注)玄洋社は明治14年(1881年)頭山満が中心となり結成した超国家主義団体。対外強硬策を主張した。昭和21年(1946)解散(「大辞泉」)。
チベット人ペマギャルポはこういう。
「中国から、本当に日本を守るためには、日本が自ら戦争をしないためには、戦争の準備をすることだと私は思います」「国民のなかでこうやってアジアの意識が芽生えていることと、上に立つ(安倍)総理大臣がそういう歴史的認識を持っていることを考えると今はまたとない機会です」
「残念ながら、尖閣諸島一つにしても、……(アメリカは)自国の利益になれば当然助ける。しかし自国の国益に合わなければ、昨日まで自分たちがお金を出して、自分たちが一生懸命育てたものでもぶち壊すのです」とアル・カーイダやイランのシャーやマルコス、スハルトの例を挙げ、「ですからアメリカをはじめ他の国を頼るだけでは絶対安全とは言いきれません」
ウイグル人が2人寄稿している。イリハム・マハムティ(日本ウイグル協会代表)とトゥール・ムハメット(国際ウイグル人権民主財団日本全権代表)である。彼らの主張は、
「ウイグル問題は植民地問題である」「中国はウイグル民族絶滅政策をとっている」というものである。
イリハム・マハムティも、尖閣で中国と妥協するな、中国は尖閣を奪ったら次は沖縄領有を宣伝するという。さらに、中国は東トルキスタン(新疆)の石炭・石油・天然ガスをうばっている。中国人は、新疆には多額の税金をつぎ込んでいるのにウイグル人は中国人を憎んで反抗する。彼らは野蛮なテロリストで、厳しく抑え込むしかない、と思いこんでいるという。
また、東トルキスタンのテロは当局の捏造によるところが多い。いたるところ軍がおり、監視カメラが設置されているのにテロは続き、しかもニュースにはその現場が映っていない。さらに、宗教活動の制限(最近も新疆では年少者の信仰禁止指示があったばかり)、ひげの禁止、女性の民族服の取締りがある。自分の村から他所へ出かける際も届け出なければならないなど、中国当局の日常生活への圧迫を語る。
トゥール・ムハメットは、1949年の革命以後の新疆の歴史と現状を語る。なかでも生産建設兵団は中央直轄で、1952年の27万人から激増し、現在では人口の14%になった。しかも全東トルキスタンの灌漑耕地の3割を占め、工業生産は37%を占めている。生産建設兵団はウイグル人の民族運動を武力で鎮圧するためにある。
タリム盆地周辺のウイグル地域はもっとも貧困で年収2000元に過ぎない(中国低賃金労働者の1ヶ月分)。そこで中国政府はウイグル人女性に職業教育を施すと称して、行政機関に動員数をわりあて、毎年数万から十数万の16歳から25歳までの女性を広東・山東・淅江・江蘇・天津などの工場に送り込む。その真意は、未婚女性からイスラーム的価値観を根絶することであろう。強制動員の事実を外部から隠すために、中国政府はウイグル人女性の自由を奪い、事実上監禁状態においているという。
彼らの主張の当否はさておき、中国少数民族の日本在留者はなぜ極端な右翼民族主義に同調するか。答えは簡単。右翼はよく彼らの面倒を見たのに対し、左翼は鼻もひっかけなかったからである。
日本の右翼には、まだ今日のような大衆的基盤をもたなかった時代から、地政学者や医師などが中心となって、チベット人難民の受入れ・保護・援助に奔走してきたという流れがある。それが今日まで続き、亡命者がこれに感謝し、魅かれるのは自然のなりゆきである。
一方左翼勢力は、日中国交回復以前から社会党・社民党、共産党、労働組合、知識人のいずれも中国の民族問題をことさら無視してきた。1950年代、60年代の左翼はまだ中ソ社会主義を肯定的に見ていたから、1958年以来のチベット人の抵抗を反動勢力の叛乱と見た。50年後の2008年3月ラサ事件に直面して、ようやく共産党が腰の引けた対中批判をしたが、基本に変りがない。現在、共産党は北京に特派員を置いているにもかかわらず、機関紙「赤旗」に少数民族問題のニュースを載せたことがない。
日本在住の中国少数民族は、近代日本の侵略の歴史を度外視するばかりか、これをおおいに称賛する。彼らは、モンゴル・チベット・ウイグルは十分な武力をもたなかったから高度自治も独立もできなかった、現代日本はこれに学べといい、アメリカからの自立と、独自の軍備強化を強調する。この議論ははからずも対米従属の日本を反映したものであるが、近現代史を知らず、また知ろうともしない層に対しては非常な説得力を持つ。楊海英のように、学術的発言の中にこれをちりばめれば、1930年以後の日本の行動をよく知らない若者はこれに傾倒する。
『夢・大アジア』における4人の主張の当否はともかく、ここに無視できない現実がある。
それは、先の東京都知事選での田母神俊雄の得票から明らかなように、極右イデオロギーがネット世論のかなり多くの支持を得ているという状況である。
事実を知らなければ、誰でも自民族の歴史は美化したい。我々の2世代前のご先祖様はアジア侵略という大罪を犯したなどという議論は、じつに「自虐的」「屈辱的」と受け取るであろう。雑誌『夢・大アジア』がこの層に十分な賛意をもって迎えられることは疑いがない。
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