――八ヶ岳山麓から(133)――
中国外交部(外務省)の洪磊報道官は、フランス・パリで7日発生したテロ事件について、「大きな驚きと激しい非難」を表明した。「中国はあらゆる形のテロリズムに断固反対であり、国の安全を守るためのフランス側の努力を支持する(「人民ネット日本語版」2015・1・8)。
ついで13日、「仏週刊紙、次号表紙にムハンマド風刺画は不適切」という見出しの論文でテロ事件の背景や原因についての見解を明らかにした(「人民ネット日本語版」2015・1・13)。中国共産党の公式見解と思われるこの論文について、若干の検討を試みる。以下「論文」という。
まず、諷刺週刊紙「シャルリー・エブド」が、事件後も予言者ムハンマドの漫画を掲載する特別号を発行するとしたのに対し、こうしたやり方は間違いだと指摘している。たしかに、これは愚行である。もし十字架のキリストのふんどしを外した漫画をくりかえし載せる出版物があったら、世界中のクリスチャンはどう思うか。ムハンマドをおちゃらかす行為はそのレベルより下劣であり、ムスリムの怒りは激しい。この漫画を掲載することについては、フランス国内にも批判が現れたようだが、その新聞が数百万部売れたのはフランス人の知性のほどをよく示している。
ついで「論文」は、フランスを含む西側先進諸国の「原罪」として黒人奴隷を導入し植民地を大量に保有したことをあげ、そのため「たとえばフランスのムスリムは総人口の約10%を占めるようになった。だが、植民地からの移民はフランスの主流社会に馴染めず、もともと国外にあった『文明の衝突』の一部が、国内の衝突に変化してしまった」という。
「論文」著者が、植民地時代にムスリム移民が増加したと思っているなら間違っている。フランスでムスリムの移民が増加したのは第二次大戦後の経済成長期にアラブからの(かなりは紛争による難民の)低賃金労働者を受け入れたからである。これが移民一世である。西欧はいまもって産業と社会保障制度を維持するために、合法的な(技術)移民は受入れている。
テロ事件を「報道の自由への侵害」と受け取る判断について、「論文」は「多くの人はテロに抗議したいだけで、この風刺週刊紙を『報道の自由の模範』と本当に思っているわけではないだろう」という。このいいかたには事情がある。
フランスの百数十万のデモ参加者の多くが「報道の自由」を示す鉛筆など持ちだしたところを見れは、フランス人は「本当に思っている」のは明らかだ。ところが、これを肯定することは中国にはできない。すぐに中国の「報道の自由」問題にかかわるからである。しかし私は、フランス人の認識が、事件を「言論の自由への侵害」といったレベルにとどめていること、それ自体が問題の解決を遅らせていると考える。
さらに「論文」、は西側の価値観が世界の普遍的な価値観ではないと批判する。
「西側は、現実に適応し、多元的な文化を受け入れるよう提唱する一方で、キリスト教文明の主導的地位を強調し、キリスト教文明を人類の近代化に全面的に影響させようとしている。これは西側社会の内部および、西側諸国とそれ以外の地域が抱える深刻な矛盾だ」
たしかに、西ヨーロッパの価値観が普遍性を持つわけではない。彼らには、文化的多元主義を提唱する反面、非キリスト教的存在を蔑視する傾向や外国人排斥感情が根強くある。その論理の延長で、アラブであれ何であれ移民二世は西ヨーロッパで生まれ育ったのだからヨーロッパ文化に啓蒙され同化されているはずだ(いや同化されねばならぬ)、と考える。
西ヨーロッパ社会、とりわけフランスには、宗教権威と世俗国家は相互に干渉しないという原則がある。ところがムスリムには聖俗分離の観念がない。彼らは「髪の毛を隠せ」という「神の定めた法」に従うのである。
つまり、ムスリム移民に強制されるのはキリスト教的価値観ではなく、学校でスカーフを被るのは宗教の公的領域への侵害だといった頑固な「世俗主義」なのである。これに抵抗を感じる移民を、西ヨーロッパではイスラム教に束縛された遅れた連中と考える。フランス人はムスリムのスカーフを剥ぎとることによってイスラム信仰の「神の定めた法」に干渉しているのであるが、それに気が付かないところに問題の深刻さがある。
「論文」は、フランスの「世俗主義」についてはまったく触れない。あえて書かなかったのかもしれない。中国では、世俗国家すなわち中共が宗教に干渉することは当然とされているからである。
「論文」は、キリスト教価値観に代わるものは「寛容と妥協の精神だ」という。
「現在の大国の中で、『衝突しない、対抗しない』と主張し、『調和の取れた世界』を強調しているのは、どうやら中国だけのようだ。これらはグローバル化の世界において最も不足している政治的思考と哲学だが、残念なことに西側世界の対応はまだ力不足だ」
中共中央の国際問題の専門家である李偉建・李偉らはこれを別な方面からこう論じる。
「イスラム系の移民が最も多い欧州国家であるフランスは、政府が関連の問題を適切に処理できず、さきにうち出したイスラム教徒の女性に公共の場所でブルカやニカブを着用することを禁じる法律は火に油を注ぎ、イスラム系住民の間に不満の声が広がった」「欧州諸国は自国の少数派が社会の主流によりよくとけ込むこと、イスラム文化に対する知識や理解を強化することを土台として、多様な文化が仲良く共存し共に寛容であることを推進し、テロリストが利用可能な問題を真に解決できなければ、テロリストの活動範囲を狭めることもできない」(「人民ネット日本語版」2015・1・11、2015・1・12)。
いや、スカーフやブルカやひげを禁止し、「テロリストの利用可能な問題を真に解決できない」状況はまさに中国のものである。チベット人やウイグル人に対して「寛容と妥協」がないのは中国当局ではなかろうか。自国の現状を無視して、どのような論理で中国は「(西ヨーロッパと違い)共存し寛容である」などと発言できるのか。恥を知らないのだろうか。――いや、そういえる論理があるのである。
「論文」には「実際、西側はこれまでずっと、中国国内の価値観の相違を広げようと外部から積極的に取り組んできた」という記述がある。ここに「価値観の相違」というのは農民や都市住民の政府に対する不平不満、民族問題・宗教問題を指している。こうした不安定要因の拡大は、西側の積極的な干渉、介入、陰謀によるものであって、中共中央の政策によるものではないという論理だ。被害妄想は中共の宿痾である。
おわりに「論文」が言及しなかった問題にふれる。それは欧米の二枚舌である。
欧米の指導者は一方で民主主義を至上のものとしながら、アルジェリア1990-91年の選挙、エジプト2012年の
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E4%B8%BB%E7%BE%A9 選挙、いずれも民主選挙によって成立したムスリム主義政権を軍がクーデタで打倒するのを容認した。
イラクの独裁者フセインを煽ってイランのムスリム革命政権と戦わせ、のちにフセインを殺した。アフガニスタンのタリバンなどはアメリカによって対ソ戦用に育てられたが、彼らが権力を握ると一転し政権を崩壊させた。かくして中東はめちゃめちゃになった。
パレスチナの人々はイスラエルによって年間行事のように殺害され、住む土地を奪われている。欧米はイランの核開発を牽制しアルカイーダを叩き「イスラム国」の虐殺を糾弾するが、イスラエルを抑える気がない(日本は従来中立的だったが、2014年5月安倍内閣の日・イ共同声明によって明確にイスラエル側についた)。
地中海対岸のムスリムが、殺されるのはいつも我々だと思い、欧米敵視の思想を抱くのは自然のなりゆきである。そして西ヨーロッパの差別と貧困の中にあるムスリム二世の青年たちがそれに共鳴するのはこれまた当然である。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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