――八ヶ岳山麓から(383)――
6月17日ロシアのプーチン大統領は、サンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムの全体会合で演説し、「欧米が狂ったようにロシアに制裁を加えているが、そのもくろみは失敗した」と述べ、これに中国の習近平国家主席がビデオメッセージを寄せて、「一方的な制裁や圧力」をやめて世界経済の立て直しを図るべきだと、対露制裁反対の立場を表明した(時事)。
プーチン演説の翌日、人民日報の国際版「環球時報」(2022・06・18)に、これを待っていたかのような、機敏に西側の「援助疲れ」をとらえた論文が現れた。
王朔「『戦争疲労症』が西側を苦しめている」がそれである。筆者の王朔氏は北京外国語大学国際関係学院教授、フランス研究の専門家である。
王氏は、ウクライナ戦争(中国では「ロシアとウクライナの衝突」という。以下「衝突」)のコストはすでに大変重く西側に降りかかっており、「衝突」が長引けば長引くほど、西側が支払う代価はより大きくなる。しかも「西側はすでに重い『戦争疲労症』にかかっている」という。
西側にとって、「衝突」を終結させる必要性は差し迫っているとして、王氏は5項目をあげる。
第一は、経済面での切迫性。
(新型コロナウイルス)感染の影響と、西側の対露制裁がエネルギー・原材料・食料の価格を高騰させた。しかも「ユーロ圏の5月のインフレ率は8.1%の歴史的高さとなり、(これを抑えるために)西側中央銀行は6月の金利引上げを表明したが、これは11年来最高の利上げである」
第二は、社会的な切迫性。
王氏は「(西側では)貧富の格差が拡大しているために、人々の不満が増大し、反戦感情はさらに上昇した」「ドイツではすでに何回も大規模な反戦デモが爆発し、西側国家のウクライナへの武器援助を停止するよう要求している」という。
「ドイツは国防支出を1000億ユーロ増加させると公表したが、これに対露制裁がもたらすエネルギー転換圧力の急増が加わるのだから、もし「衝突」が長引けば社会保障が貧弱になり、既存の社会矛盾は一層突出するだろう」
第三は、政治分野での切迫性。
フランスの大統領選挙ではマクロンが勝利したが、王氏はウクライナの「衝突」が選挙民のおもな関心を内政から外交にむけ、経済生活の困難が対ウクライナ支援への反対を惹起し、マクロン苦戦を導いたという。
第四、西側体制の分裂。
王氏は「不団結はもともと西側の大問題である」という。氏は、「(西側諸国の)ロシアに対する態度が異なるというだけではなく、もともと安全保障の必要と戦略的観点、それに経済的利益などがみな異なる」「(国家間の)たえまなく激しくなる権力紛争は、ウクライナのEU加盟の問題で非常に鮮明になった」とする。
第五、国際局面の切迫性。
王氏は、「衝突」爆発によって、今後はヨーロッパは安全問題ではNATOに頼り、エネルギー問題ではアメリカに依存しなくてはならない。それが、ヨーロッパの独立性に打撃をあたえ、その他の領域における利益をそこなうと指摘する。
王氏は、「衝突」爆発の前、西側はアメリカの外交努力に期待していた」「ところが、アメリカが事態を収拾しようとしなかったという。
王朔氏は、西側がウクライナ戦争によって深刻な損害を被り、対露制裁によってエネルギー問題など新たな課題が生れ、庶民のウクライナ支援に反対する感情が高まり、指導者間に分裂や対立がうまれて、「援助疲れ」が生じていると主張した。
王氏がいうように、対露制裁によって、エネルギー価格が上昇して生活を直撃し、庶民にも「援助疲れ」が生まれているかもしれない。またエネルギー問題をめぐってヨーロッパの対米依存が深まるといった事態が生まれるかもしれない。
ところが読者の皆さんがお分かりのように、王氏の議論には明らかな事実に反する記述がある。
3月ドイツでは10万人単位の大規模なデモがあった。これは王氏がいうような反戦デモではなく、ウクライナ支援デモで、同じようなデモはヨーロッパ各地で起きた。4月に入って、ドイツでは親露派のデモもあったが、これはロシア系住民への差別に反対するデモで、参加者は数百人であった。
フランスの大統領選挙、国会議員選挙でもマクロン批判票が左右両翼に流れたが、王氏のいうような選挙民の関心が内政から外交に移り、ウクライナ支援を批判したからではない。マクロンの内政を批判したのは明らかである。
王氏は「いま西側は深刻な『戦争疲労症』にかかっている。指導者たちは不安が昂じて、結局は6月16日フランス・ドイツ・イタリア・ルーマニアの指導者が『突然』ウクライナを訪問することになった」と考えている。
ところが、この4か国首脳はゼレンスキー氏に戦争をやめろとは言わなかった。それどころか、一致して「ウクライナがロシアを打ち破るのを支援しなければならない」と表明したのである。
ロシアのウクライナ侵略がヨーロッパ全域に安全保障やエネルギー、ひいては庶民の生活まで大きな影響を及ぼしている。王氏は、これから生まれた西側各国の意見や立場の違いを深刻な対立抗争だと主張しているに過ぎない。
年を越すような長期戦・持久戦になれば何が起きるかわからないが、いまのところヨーロッパのさまざまな政治・社会問題は、ウクライナ支援をすぐに停止させるような切迫した性質のものではないのである。
プーチン氏がウクライナ戦争を始めたとき、あまりにもあからさまな侵略なので、習近平氏は公然とこれを支持できず、ウクライナ戦争の遠因としてNATOの東方拡大を挙げ、ロシアの安全を脅かしたと西側を非難してきた。
この度の習近平氏の西側の対露制裁反対声明は特別のことではない。現在までのところ、中国は対露援助を小出しにしてきた。やがては武器を含む大型の援助に踏み切る可能性は否定できない。
王朔氏の作為的な論文が「環球時報」に登場したのは、次の一手のために「ウクライナを支援する西側困窮の事実」を中国民衆にわからせたいという統治者の意向にあるものと思われる。
(2022・06・20)
初出 :「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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