ーー八ヶ岳山麓から(517)ーー
「アメリカにはグリーンランドが必要だ」
「メキシコ湾はアメリカ湾に変更しよう。とても美しい名前だ」
「カナダはアメリカの51番目の州になるべきだ」
この1月以来、アメリカの大統領トランプは奇妙な発言を繰り返した。出まかせかとおもったがそうではない。アメリカ政府は本当にメキシコ湾の呼び方をアメリカ湾に変更した。アメリカのメディアの中には、この子供じみた措置に異議も唱えず追随するものがあった。
これが本気なら、アメリカは19世紀の市場と領土を拡大した帝国主義への先祖返りである。
気候温暖化のために海洋の氷がとけて北極海を比較的容易に航海できるようになると、中国やロシアも航路整備や資源開発を目指してグリーンランドに接近するようになった。中国は空港の拡張工事・レアアース鉱山開発に参画しようとしたといわれる。これがトランプの神経に障ったことは明らかだ。
グリーンランドは植村直己が氷河地帯を南北に縦断したことで日本に広く知られるようになった。メルカトール図法の地図では、オーストラリアよりも大きく描かれるが、実際にはその3分の1程度である。アメリカとヨーロッパの中間にあり、北極海を挟んでロシア沿岸とも近い。メキシコ湾暖流(北大西洋暖流)の影響を受ける沿岸部はいわゆるツンドラ気候、内陸は氷雪気候で氷河に覆われている。
エスキモーなど極北民族のうちグリーンランドに住むのはイヌイット(現地ではカラーリット)と呼ばれる人々である。人口は5万6000人しかない。もともとデンマーク王国の植民地であったが、現在広範な自治権をもつ現地政府が置かれている。
みたところ、中国当局は米欧の亀裂を歓迎し、これを注意深く分析し、ヨーロッパを中国にひきつけようとしている。中国共産党準機関紙の環球時報は、3月29日張家棟(復旦大学アメリカ研究センター教授)の論評「グリーンランドはアメリカの大戦略の一環か」を載せた。
張家棟は、アメリカのグリーンランドへの野心を今に始まったことではなく、すでに1946年米大統領トルーマンもグリーンランドを1億ドルで買収しようとした、と指摘する。(以下、張家棟の論評からとびとびに引く)
「2019年8月、アメリカ大統領トランプはグリーンランドの購入について、国家の安全保障と資源の利益を理由に、『戦略的に興味深い』と発言した。このとき、デンマーク首相フレデリックが不快感をあらわにしたので、9月に予定されていたデンマーク訪問を取りやめにしたことがある。このたび大統領に再選されて、以前の構想を持ち出したことによってヨーロッパの懸念を生んだ」
「今、トランプ政権は『広大な戦略目標』、すなわち拡大されたアメリカ孤立主義戦略を構想している。伝統的な孤立主義は、アメリカが自国に引きこもることを意味していた。しかしグリーンランドとカナダを併合することで、アメリカの新孤立主義は新北アメリカ・モンロー宣言に変質した」
「アメリカは、これによってヨーロッパにおける安全保障上の(財政)負担を放棄することができ、またアメリカ本土の安全保障をより確実にし、戦略的縮小によって国家安全保障上の利益が損なわれるのを防ぐことができる。このように、トランプ政権のグリーンランド併合計画は、領土拡大が動機となっているが、それだけでなく、国家戦略の重要な一部でもある」
注)もともとのモンロー宣言は、1823年に当時のモンロー大統領が発表した外交政策。アメリカはヨーロッパに手を出さない代わりに、ヨーロッパ諸国は南北アメリカに干渉しないことを求めた。この時期、アメリカはテキサスなどメキシコの領土の半分を奪い領土を拡大していた。
そして張家棟は、アメリカによるグリーンランド領有は、アメリカがヨーロッパの宗主国になること、同時にアメリカにとってヨーロッパはいまより軽い存在になることを意味するという。
「グリーンランドが併呑されれば、地政学的な『北大西洋の空白』をアメリカが埋めることになり、アメリカの国家安全保障の維持におけるヨーロッパの重要性は低下し、見捨てられる可能性も当然高まる」
「アメリカの動きはNATOの政治的基盤を揺るがすものだ。もしアメリカがヨーロッパ諸国の領土や同盟諸国の領土を勝手に併合できるようになればNATOはもはや主権国家の体制ではなく、21世紀の「新帝国主義体制」になり、ヨーロッパの同盟国とアメリカとの関係は、衛星国と宗主国の関係に陥ってしまう。この関係はヨーロッパ諸国を屈辱的な気分にさせるだけでなく、いつでも支配され、犠牲にされる立場に追いやる」
もちろん、デンマークはじめヨーロッパ諸国はトランプの言動に強く反応した。1月8日、トランプがグリーンランドを軍事力で奪取する可能性を否定しなかったことを受けて、ドイツ首相ショルツは、「国境不可侵の原則は、非常に小さな国であろうと非常に強力な国であろうと、すべての国に適用される」と述べた。
フランス外相ノエル・バロは、「EUが他国に主権を侵害されることを許すことはあり得ない」と言い、また「アメリカがグリーンランドを侵略するとは思わないが、我々は弱肉強食の時代に戻ったのかと問われれば、答えはイエスだ」「我々は目を覚まし、力を蓄えなければならない」と語った(BBC 2025・01・09)。
こうしたヨーロッパ諸国の反発があるにもかかわらず、この3月28日、米副大統領バンスが妻や政府高官などとともにグリーンランド北西部のアメリカ宇宙軍基地を訪れ、兵士たちを激励して「トランプ政権は北極圏の安全保障に大きな関心があり、今後さらに拡大する」と発言した。トランプ追随者はトランプよりも明確にその帝国主義的な意図を語ったというべきだ。
中国がグリーンランド進出を本気で考え、北極航路を開くつもりなら、トランプの拡張政策を批判すべきところだ。だが、張家棟はトランプのグリーンランド領有発言は安全保障上ヨーロッパ諸国に軍備の増強などで譲歩させる手段かもしれないと見ている。彼は傍観の態度をとり、せいぜい中国がグリーンランド問題を注視していることをアピールしたに過ぎない。
だが、ここでヨーロッパがアメリカに対して強硬な態度で臨まないときには、トランプが人口5万6000のグリーンランドを強引に占領することが十分に考えられる。
本日、トランプの向こう見ずの高輸入関税政策が発表された。このあと、彼は領土政策でも何かやってくる。世界はその覚悟をしていなくてはならないだろう。(2025・04・03)
初出:「リベラル21」2025.04.05より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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