中国は南シナ海問題にどう取り組むつもりか

ーー八ヶ岳山麓から(466)ーー

“ASEANは交渉相手ではない”
 3月29日、中国外交部前副部長の劉振民氏は、2024年ボアオ・アジア・フォーラム年次総会の南シナ海をテーマとしたフォーラムで「東南アジア人民は団結自強の正道に目覚めよ」という演説を行った。劉氏は国連事務幹部をしたことのある中国外交の重要人物の一人である(環球時報2024・04・02)。
 注)ボアオ・アジア・フォーラムとは、世界の政治家・財界人・知識人が集まるダボス会議のアジア版を目指して、当時の胡錦涛政権によって構想されたもので、2001年成立時にはアジアの25カ国とオーストラリアの26カ国が参加している。第一回会議では小泉純一郎首相(当時)が演説を行った。

 劉氏は演説の中でASEANを高く評価して、「1990年代後半以降、ASEANを中心とした東アジアの地域協力が活発化している。1997年のアジア金融危機、2008年の国際金融危機への対応において、東アジア諸国は連帯し、東アジア地域の経済発展と繁栄の維持に大きく貢献してきた」と述べた。
 そのうえで、劉氏はこういった。
 「南シナ海問題に対処するためには第一に『双軌思路(Dual Trac Approach)』を引き続き堅持し、中国とASEANは協力して南シナ海の平和と安定を維持し、中国と関連国は南シナ海の紛争を交渉によって解決することを主張すべきである」
 注)「双軌思路」とは、中国の検索エンジン「百度」によると、2014年8月ミャンマーで開催された一連の東アジア協力に関する外相会議の記者会見で、中国王毅外相が提起したもので、紛争は直接関係する国々が友好的な協議と交渉を通じて平和的に解決する一方、南シナ海の平和と安定は中国とASEAN諸国が共同で維持し、両者が相互に補完し合い、促進し合うことで、具体的な紛争を効果的にコントロールし、適切に対処するというものである。

 2国間交渉の原則は、7年前にも「南シナ海問題は中国とASEANとの問題ではない。ASEANは南シナ海問題で中立的な立場を取り、具体的な争いに介入しないことを一貫して約束してきたはずだ」と主張されていた(人民網日本語版2016・07・19)。
 ASEANがまとまって中国と交渉しようとすれば、中国にとっては脅威である。ところが、東南アジアでは華僑資本の影響力が強いうえに、ラオスやカンボジアなど対中国従属状態の国家もあり、ミャンマーのように内戦が激化して政権が危ないという国家もある。ASEANとしてまともに南シナ海問題に取り組める状態ではない。
 中国はこれを十分承知でASEANを相手にせずと主張しているのである。

“仲裁裁判所への訴えはルール違反だ”
 劉氏はこの原則に従い、「ASEAN諸国と中国、そしてASEAN諸国同士は、南シナ海問題を交渉によって解決するという道筋についてコンセンサスを得ている」とする。氏は国連事務幹部を経験したものとして、さすがに、国連海洋法条約の仲裁裁判所の「判断」を「紙くず」というわけにはいかなかったが、フィリピンが仲裁裁判所へ提訴したことについては、約束に反していると主張した。
 1995年8月の共同声明で、中比は「争いは直接の関係国が解決すべきだ」「双方は段階的に協力を進め、最終的に争いを交渉で解決することを約束した」はずだからというのである。
 また、「フィリピンによる南シナ海仲裁裁判の全過程を見れば、一連の事実が物語るように、フィリピンが米国に後押しされる形で南シナ海問題を誇大宣伝したのは、中国との争いを解決するためではなく、南シナ海における中国の領土主権と海洋権益を否定する企てであり、その出発点は完全に悪意あるものだ」とフィリピンを激しく非難した。
 そして、第三国の介入を拒否し、「域外諸国は、火に油を注ぎ、炎をあおり、危険を作り出すのではなく、南シナ海の近隣諸国が交渉を通じて公平かつ公正な解決を模索することを支持すべきである。『どちらかを選ぶ』ことを避け、一方を支持して他方を抑圧することをやめるべきである」という。仲裁裁判所もやり玉に挙げたわけだ。

中国は譲らない
 劉氏は、また「この1年、米国、日本、フィリピンは軍事協力を強化しているが、これが東南アジアにおける新たな衝突を誘発することにならないか。今、これはすべての国にとっての懸念事項である」と日米比3か国を牽制した。
 4月2日に米中首脳による電話会談が行われた。バイデン大統領が台湾海峡の平和と安定の重要性や、南シナ海での航行の自由の重要性を強調し、中国の威圧的な行動に対する懸念を示したのに対して、習近平主席は、「中国の正当な発展の権利を奪うのであれば、座して見ていることはない」と警告した(時事 2024・04・03)。
 さらに中国外交部の汪文斌報道官は3日、電話会談の中で「(習近平主席は)中国は南沙諸島及びその付近の海域に対し、争いようのない主権がある。問題の根源は、フィリピン側が不法占拠をしていることにある」「米国は南シナ海問題の当事国ではなく、中比間の問題に介入すべきではない。自国の領土主権と海洋権益を守るため、中国は強い意志と断固たる決意がある」と主張したことを明らかにした。
 この「強い意志と断固たる決意」は、習近平政権だけではなく、中国国民のものでもあることに注意しなければならない。南シナ海は明朝鄭和の大航海以来中国領だという「学説」はともかく、この主張は辛亥革命の数年後に始まっており、習近平政権以前から、尖閣問題と同じように中国人の頭に徹底的に叩き込まれている。

日本は跳ね上がってはいないか
 岸田首相のアメリカ上下両院での演説は、中国の強烈な反応を招いた。岸田氏は中国の外交姿勢、軍事動向が国際社会の平和と安定に最大の戦略的な挑戦をもたらしていると主張し、日米がオーストラリア・フィリピンなども加えた多層的な地域枠組みを増強させる力となっていると説いた。
 中国外務省の毛寧副報道局長は10、11日の日米首脳会談を台湾や東・南シナ海の問題に内政干渉し、中国を侮辱したとして「強烈な不満と断固とした反対」を表明し、厳正に抗議したと明らかにした。また、日米が共同声明に尖閣諸島が米国の対日防衛義務を定めた日米安全保障条約5条の適用対象だと明記したことを巡り、毛氏は尖閣を中国固有の領土と主張し「中国の主権を侵害する不法行為に決然と対処する」と述べた(共同 2024・04・12)。

 日米比3国首脳会談が行われた。会談では、中国による南シナ海での攻撃的な行動や、東シナ海での一方的な現状変更の試みへの深刻な懸念を共有した上で、3国の海上保安機関による合同訓練に加え、海域のパトロールを行うなど、海洋安全保障協力を強化していくことで一致した。自衛隊と各国海軍の合同演習や、日米両国によるフィリピン軍の近代化支援といった防衛協力を推進していくことも確認した(NHK 2024・04・12)。
 日本は今月米比両軍が実施する軍事演習「バリカタン」に、自衛隊が本格参加する方向で調整している。この4月から本格参加となれば人数を増やし、より実戦的な演習を行うようになるという(読売 2024・04・03)。
 岸田外交は、中国包囲網を形成しようとした安倍外交を引き継いでいるとはいえ、これではあまりに挑発的である。このままトランプ大統領の再現となり、アメリカ・ファーストとなった時日本はどうするのか。
 忘れてはならないのは、日本にとって中国は第一の貿易相手国であり、フィリピンは貿易と共に中国の投資相手国だという現実である。バイデン政権ですら対中国強硬発言をしながらも、4月5日にはイエレン財務長官を訪中させているではないか。
いま日本は、アメリカとは一線を画した独自の対中国外交が必要としている。読者諸兄姉はどうお考えだろうか。(2024・04・08)

初出 :「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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