――八ヶ岳山麓から(465)――
はじめに
このところ、中国の論壇では自国経済を高く評価する評論が続いている。私が見た代表的なものは、「誤った認識を除き、中国経済の大勢を見よ」という「環球時報」(2024・03・19)の論文である。著者は新華社研究院国情研究室研究員の梁勁・馮候両氏。
梁・馮両氏は、以下の4項目を挙げて、中国経済に対する誤認と主張している。
〇コロナ禍後の中国経済は失速している
〇外資はもはや中国市場を好まなくなった
〇中国経済はすでにデフレに陥っている
〇中国経済転換の見通しは暗い
「中国経済は失速している」という認識をめぐって
両氏は、「2023年の4つの四半期のGDP成長率は前年同期比4.5%、6.3%、4.9%、5.2%であり、初期は低く、中期は高く、末期は安定というパターンを示しており、上昇傾向はさらに強くなっている」と主張する。
これに対して、中国専門家の多くはもっと悲観的である。比較的おだやかな見方をしているニッセイ基礎研究所は、2023年GDP成長率はそれまで悪化傾向にあったが、7-9月期と10-12月期は、それぞれ+1.5%、+1.3%であり、一段の悪化には歯止めがかかっている状態としている(「ニッセイ基礎研REPORT(冊子版)2月号[vol.323] nli-research.co.jp )。
思うに、その要因のひとつに習近平政権の「国進民退(国有企業を優先し民営企業を抑える)」政策がある。
従来から経済の成長エンジンである民営企業は、金融・技術・土地取得などの面でも差別され高コストを強いられ、国営企業と競合する分野への進出は許されない。それどころか、民営企業への取り締りが生まれている。地方政府が法的根拠なしに企業の資産の差し押さえをするといった事例もある。中国を代表する企業であるテンセントやアリババは、政府による規制強化を受け、経営に支障を生じている。
梁・馮両氏は、さらに失業率の低下を挙げて、経済復活を主張する。
「2023年の全国都市調査失業率は平均5.2%で、前年比0.4ポイント低下し、国民一人当たりの可処分所得は名目で前年比6.3%増加した。中国経済は2023年に世界の経済成長の30%以上に貢献し、世界経済成長の最大のエンジンとなった」
この失業率5.2%には、コロナ禍の中で大量に失業した農民工(出稼ぎ農民)は入っていない。あくまでも都市戸籍のもので中国全体のものではない。伝えられるところによると、北京大学准教授の張丹丹氏は、全国失業率を46.5%と推定したという。張氏の失業の定義は国家統計局とは異なり、その方法が明確ではないが、失業の深刻さを反映している。
国家統計局は、若者(16~24歳)の失業率算出にあたっては、今回から求職中の大学高専学生、仕事がなく帰郷した学生を除外した。これによって昨年6月若者失業率は23.9%だったが、今年1月には14.9%と9.0%も「改善」された。だが、依然として若者の失業率が高いことに変わりはない。
このように失業者が多いのには、民営中小零細企業の不振がある。雇用の大部分を中小零細企業が担うのは、日本も中国も同じである。コロナ禍の3年間、生活必需品の買物すら許されない厳格なロック・ダウンが中小零細企業を直撃した。日本と違い、中国には中小零細企業の救済制度もその政策もないから、彼らの倒産・閉店からの立ち上がりは容易ではない。このありさまは、統計に頼らなくても大都市の裏通りを歩けばわかる。
「外資はもはや中国市場を好まなくなった」という言説をめぐって
両氏は、「2023年、中国の外資導入実績が前年比で減少すると、(西側の)悲観的論者はこの機会を利用して『外資の中国からの大規模な撤退』『中国市場への投資はやるべきではない』などの説を唱えた。だが彼らは基準値が過去最高だった前年の数値と多国籍投資が世界的に低迷している現実を無視している」と主張する。
両氏もしぶしぶだが、外資の逃げ腰は認めている。だが、事実はもっと深刻である。中国商務部(省)が1月19日発表した2023年の同国への海外直接投資(FDI)は前年比8.0%減の1兆1300億元(1571億ドル)で、11年前の2012年以来の前年割れだった。この背景には、中国のビジネス環境や経済・政治に対する海外投資家の懸念がある。外資企業にとっては不景気感のほか、職員がスパイ容疑で拘束されるなど、中国の法規制の解釈や順守をめぐる不透明感が存在するからである(ロイター、2024・01・19)。
日本企業でもパナソニック、シャープ、TDK、キャノン、ダイキン工業、無印良品などが中国撤退を検討しているというニュースがあるが、ことは外資企業だけではない。中国企業でも東南アジアへ移動するものがある。
そして、中国企業も治安政策の対象である。オンライン配車サービス最大手のディディ(滴滴出行)は、2022年7月、ユーザー情報を違法に収集し国家安全保障に重大な影響を与えるデータ処理を行ったことなどを理由に80億2,600万元(1元≒20円)に上る罰金を科された(RIETI – 関志雄:中国経済新論)。
中国経済デフレ論と先行き不安説をめぐって
梁・馮両氏は、2023年第2四半期以来の消費者物価指数(CPI)の前年比伸び率が0から4カ月連続でマイナス成長となったことを認めるが、「この下落は構造的かつ段階的なものであって、表面的には、中国の消費者物価指数は大幅に下落しているが、これは主に食品価格とエネルギー価格の変動によるものである」と弁解する。
また「不動産セクターは調整と変革の時期に入り、中国経済のパフォーマンスを混乱させている。中国経済を悪く言う人々は、これを中国経済を景気後退に導く『危機』と描いている」そして「ハイテク産業への投資は10.3%増加した。サービス・セクターやハイテク製造業など、中国の質の高い経済発展を牽引する新たな原動力が加速している」と強調している。
両氏も認めるように、2023年には中国経済を動かしてきた不動産のバブル崩壊が明らかになった。北京・上海など大都市から地方都市まで、空きマンションの「鬼城(幽霊都市)」が生まれている。当然、不動産市場の大暴落があっておかしくないが、そうならないのは地方政府が規制価格をもうけ、それ以下での取引を許さないからである。だから不動産価格の持ち直しは考えられず、景気全体を押し下げる要因になっている。
価格競争が厳しい耐久消費財の価格も、ロック・ダウン解消後は一時的に需要が高まったが、その後軒並みマイナスとなっており、サービス消費価格も低下している。
昨年の3つの四半期の名目GDPの伸びは実質GDPの伸びを下回る状態が続いた。これは内需不足によるデフレ圧力が生じていることを示しており、景気の停滞感が強まっているといえる(ニッセイ基礎研究所、ほか)。
おわりに
2023年12月13日、中国国家統計局は「全局員が思想・行動の両面で、習近平総書記と党中央との高度な一致を保たなければならない」「数字の公布と解釈を良くし、社会の予測と期待を正しく導く」という工作方針を明らかにした。
さらに、中国国家安全部(日本の旧特高に相当)は、同年12月15日「経済安全保障の防壁を断固として築き上げる」と題した文書を発表して、中国の特色ある社会主義体制を攻撃し、中国経済をおとしめる意図を持つ各種の論調を「国家の経済安全を危害するもの」として徹底的に取り締ると宣言した(jetoro.go.jp、2023・12など)。
このように、国家統計局が統計数値を操作し、治安当局が政権にとって不都合な言説を取り締ると公然と宣言したのは、経済不況と一般大衆の不満が国外からの観測よりはもっと深刻なレベルにあることを反映したものであろう。
前国務院総理の李克強氏は、2007年遼寧省党書記のとき、電力消費量・鉄道輸送量・銀行の中長期新規貸出残高の3指標によってだけ経済状況を分析していると発言したことがあるが、もともと怪しかった中国の統計は、一層信頼を失うものになった。
これでは、かつて「統計も革命に奉仕する」として、大凶作を大豊作と讃えた毛沢東時代と同じである。中国では習近平主席が国家目標をこれと定めれば、かならずそれは達成され、党中央と習近平主席の正しい指導を称賛することになるだろう。
(2024・03・30)
初出 :「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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