中期症候に入った日本のファシズム化

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授
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2019.9.15かと「人権の軽視」 台風15号による千葉県や新島の被害は、深刻です。家屋や田畑が破壊され、電気が通ぜず、水道もエアコンも使えず、電話もスマホも不通。一人暮らしの老人に助けも届かず、孤独死が増えそうです。商店ばかりか、病院も学校も開けず。今月27日まで電気が復旧できない地域も。多くの人のいのちとくらしが、内閣改造イベントの裏側で、見捨てられました。東電は、福島第一原発事故後の経営再建を電柱・配電維持費等のコストダウンで進めてきて、電柱の倒壊や倒木による復旧工事の要員不足でお手上げ、政府も千葉県も、当初対策本部さえ作りませんでした。台風後の首相や政治家の対応を追うと、 この国の政治が、いかに人命と人権をおろそかにし、老人やこどものくらしに無関心であったかがわかります。

かと「団結のための敵国づくり」 安倍首相は、プーチン大統領との27回目の会談を終えたところで、首都圏直撃台風に遭遇しました。「ウラジミール」への最大限のおべっかを使ったにもかかわらず、北方領土問題では全く進展できず、ロシア側はスターリン時代にまで立論を遡る、醜態外交でした。対米・対中外交もうまくいかず、「外交の安倍」を演出するには、隣国韓国を「約束を守らない」「無礼」な敵国に仕立て上げ、徴用工請求権問題・慰安婦問題から経済制裁・安全保障にまでエスカレートして、反韓・嫌韓世論を煽り続けました。台風下での組閣では、「無礼」な外相を防衛大臣に横滑りさせ、FTA交渉と余剰とうもろこし買付で対米忠誠度を示した前経済再生相を外相に、「対韓最強タッグ」となるとか。かつての植民地、朝鮮半島の民族統一への流れを阻止するために、戦後の歴史教育では未だに払拭できない宗主国感覚・差別意識を掘り起こし、侵略の象徴「旭日旗」を国際舞台でも復活させる算段です。

かと「マスメディアのコントロール」 そうした排外ナショナリズム高揚=嫌韓世論づくりを演出したのは、内閣府と首相官邸でした。この夏の日本における韓国バッシング報道は、戦時大本営発表にいたる内務省・司法省の思想統制を想起させる、新聞雑誌・テレビ・インターネット総動員体制でした。その総元締めであった「影の総理」今井首相秘書官は留任し、「官邸のアイヒマン」北村内閣情報官国家安全保障局(NSS)の局長へと上り詰めました。ジャーナリズムの魂をほとんど喪失したテレビ・メディアは、千葉県や新島の甚大災害報道には役立たず、韓国バッシングから内閣改造の目玉・環境相の芸能ニュース風追っかけに終始しました。首相に近いメディア幹部が定期的に「裸の王様」と会食し、政府批判の報道が次々とスポイルされ消えていきます。国境なき記者団が毎年発表する「言論の自由度ランキング」で、2019年は日本はG7最下位の67位、この夏日本のメディアが嗤いとばした韓国は41位でアジア最高、「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」展示中止で、この国の言論の自由度は、世界に嗤われ軽蔑されるものとなりました。

かと「身びいきの横行と腐敗」 おまけに内閣に入ったのは、ご存じ日本会議系「オトモダチ」と、派閥推薦の待機組。韓国法相任命の「身体検査」を面白おかしく報じてきたのに、とっくに解任されるべきだった財務相は留任で、日本会議国会議員懇談会幹事長がなぜか「一億総活躍担当」大臣で沖縄・北方領土担当を兼任、文部科学大臣は、かのモリカケ問題で名を馳せた教育勅語信奉者、セクハラ・パワハラからヘイトスピーチ、「反社会的勢力」がらみの金銭スキャンダル関係者まで、まともな大臣を見つけるのに苦労する腐敗と差別主義者のオンパレードです。そういえば、首相自身が昨夏は西日本豪雨の最中にゴルフ三昧、その前の7月豪雨のさいに「赤坂自民亭」写真をツイッターに投稿した張本人が、経済再生担当大臣で初入閣というブラック。懲りない知性なき面々の、厚顔無恥内閣です。

かとと、ここまで書いてきたのは、本サイトが長く掲げるローレンス・ブリット「14のファシズムの初期症候」による安倍新内閣の項目別チェック。「国家の治安に対する執着」「軍事の優先」「企業の保護」など、いくらでも診断できます。問題は、ここまで長く続き、反対意見や弱者の人権が無視され続けると、これはもはや「初期症候」ではなく、中期から完成期へのファシズムの行進ではないか、ということ。消費増税を控えて、日本経済の衰退はいっそう進みます。今年は秋の神道儀礼を含む「宗教と政治の癒着」が続き、「学問と芸術の軽視」「強情なナショナリズム」が、来年のオリンピックに向けて、いっそう強まりそうです。そればかりではありません。新内閣の第一の役割は、当面の災害対策でも、世論の求める景気回復や社会政策でもなく、世論調査ではほとんど期待のない「改憲」だと、「裸の王様」は公言しています。こういう言論状況・強圧政治を、どこかでストップさせなければなりません。韓国朴槿恵政権打倒のキャンドル・デモでは、『これが国か』というプロテスト・ソングが、100万人によって歌われました。いま香港の自由を求める人々は、「願栄光帰香港(香港に再び栄光あれ)」という歌で、抵抗を続けていますyou tube にありますが格調高いプロテスト・ソングです。ファシズムに抗するには、反ファシズムの文化と運動が必要です。

かと 夏に松谷みよ子『屋根裏部屋の秘密』(偕成社、1988年)を読みました。こども向けの童話ですが、731部隊の隊員だった「祖父たちが償おうとしなかった罪を、孫の世代が引き受ける物語」です。関東大震災時の朝鮮人虐殺でも、広島・長崎原爆時の朝鮮人被爆者でもいいです。このような歴史認識が、被害者だった韓国・中国では引き継がれ、加害国日本では忘れ去られようとしていることこそ、韓国や香港から学ぶべきです。「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の731部隊についての記念講演は、you tube に入っています。その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられてきた、国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした私の最新の編纂書『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)が発売されました。カタログが公開されています。個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第一巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」を公開します。関心のある方は、これをご覧のうえ、大学図書館・公共図書館等に購入希望を出して頂けると幸いです。

 

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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