二階堂漣、プレヴツのグランドスラムの夢を砕く

スキージャンプのW杯第14戦インスブルック大会(兼ジャンプ週間第3戦)で、二階堂漣がW杯初優勝を飾った。W杯初勝利そのものは大きな記事になるものではないが、この大会が伝統のジャンプ週間(4大会)の一つであることに特別の意義がある。さらに、ジャンプ週間の第1戦、第2戦で他の選手に大差をつけて優勝し、無双状態にあるスロヴェニアのドメン・プレヴツ選手の4戦全勝(グランドスラム)を阻止する歴史的な勝利だったから、欧州のスポーツ配信ニュースでは大きく取り上げられた。札幌の大倉山のように街外れの高台にあるインスブルックは他の台と違ってヒルサイズが小さく、飛距離が伸ばせないだけでなく、風の影響をもろに受ける。グランドスラムを狙うジャンパーにとって鬼門の台である。絶好調のプレヴツがこの台を凌げばグランドスラムは確実だと考えられていたが、その懸念が現実化した。

日本の多くのスポーツ紙は「アロンウルフのプロレス第2戦勝利」を大きく扱い、二階堂の勝利はベタ記事扱いである。エンタメスポーツを重視し、ウィンタースポーツを軽視する日本のメディアの姿勢が現れている。今から54年前の1971/1972シーズン、日本の笠井幸生がジャンプ週間に参戦し、最初の3戦に勝利した後、第4戦をパスして日本へ戻ってしまった。札幌五輪の選考会である日本選手権に参加するためである。当時のスキー連盟も笠谷本人も欧州ジャンプ週間の重みを理解していなかった。もし第4戦でも勝利すれば、欧州ジャンプ週間の史上初のグランドスラム(4戦全勝)の快挙を達成できたが、笠谷は未練もなく日本へ戻ってしまった。
欧州のスキージャンプ関係者が落胆したのは言うまでもない。
今年で74年を迎える欧州ジャンプ週間の歴史で、初めて4戦全勝のグランドスラムを達成したジャンパーはドイツのハンナヴァルト(2001/2002年シーズン)である。
その後、ポーランドのストック(2017/2018年シーズン)と小林陵侑(2018/2019年シーズン)がグランドスラムを達成した。今シーズン無双状態のプレヴツが史上4人目のグランドスラム cargo を達成するかどうかが、今大会の話題の中心だった。これを阻止できるとすれば、小林陵侑だろうというのが専門家の一致した見解だったが、伏兵二階堂にグランドスラムの夢を砕かれてしまった。わずか0.5ポイント差(二階堂が276.5点、プレヴツが276.0)だった。2位プレヴツと3位のエンバッハー(オーストリア)の差もわずか0.2ポイントで、上位3選手の戦いは稀に見る接戦だった。
2015/2016年のシーズンに無双状態だったプレヴツ家長兄のピーターは、W杯29戦中14戦で優勝し、ジャンプ週間でも総合優勝を果たした。彼もまたジャンプ週間第32~4戦で優勝したが、第1戦で惜敗しグランドスラムを逃している。プレヴツ家の無念は今回も果たされなかった。
メン・プレヴツの今シーズンの無双状態はインスブルック大会でひとまず一段落したようだ。続くジャンプ週間最終第4戦(ビショフスホーフェン)の予選で140m超えの大ジャンプを見せ、再び無双状態が復活したかと思われたが、本選では4.1ポイント差の2位でジャンプ週間3勝目を逃した。しかも、3位の小林陵侑とはわずか0.2ポイント差だった。ジャンプ週間総合優勝を飾ったプレヴツだが、74年の歴史で3名しか達成していないジャンプ週間4戦全勝(グランドスラム)がいかに難しいかを改めて教えてくれた。
丸山希もまたシーズン初めの無双状態が消え、今は並みの選手に戻った。プレヴツも敵なしの無双状態からふつうの強豪選手に戻った。こうなるとミラノ・コルティナ五輪の予想が難しくなった。プレヴツと小林やオーストリアの選手たちとの接戦が予想される。

欧州はスキーシーズンの真っただ中
日本では冬季のスポーツ種目が高く評価されていない。世界的に高い評価を受けている選手がいても、それに相応しいニュースとして取り上げられない。
日本と違い、欧州の冬はスキー競技が最大のスポーツイヴェントである。アルプスを跨いで各国で実施される競技のなかで最も人気があるのはアルペンスキーで、それに次ぐのはノルディックスキーのスキージャンピングとバイアスロン。これらの種目はEurosportで連日中継される。同じノルディックスキー種目でも、日本人選手が活躍していた複合(ジャンプと距離の組合せ)の人気は下火で、TV中継されることがほとんどなくなった。男子に代わって日本の女子選手が活躍している競技だが、競技中継がない。この種目の地味さが嫌われているのかもしれない。スノーボード競技やアクロバット的な競技(フリースタイルスキー)では若い日本人選手が活躍しているが、この競技の主な舞台は北米で、TV中継が限られている。

本場欧州のスキー競技で日本人選手が活躍している競技はきわめて少ない。
一昔前はアルペン競技(回転、slalom)で活躍する男子日本人選手(岡田哲也、木村公宣、佐々木明など)がいた。しかし、もうアルペン競技で日本の男子選手を見ることはできない。わずかに数名の女子選手が回転競技に参戦しているが、W杯ポイントを得られる上位30位以内に入るのが難しい状況だ(2回目に進めるのは上位30名だけ)。日本人アルペンスキーがここまで落ち込んでしまった原因は日本のスキー人口の減少とも関係していると思うが、日本のスキー場にはアルプスのスキー場のような広大で標高差が大きく(急斜面)長い距離を滑ることができるゲレンデがない。競技に参戦できる環境がない。だから、それほど厳しい環境が要求されない技術系の回転競技の選手はいたが、人気があるスピード系競技の滑降(Downhill)やSG(Super Giant Slalom)に出場した選手はいない。
この競技の見どころは、ターンの技術を競う回転競技(旗門の距離で種目を区別)と、ターン技術よりスピードを競う滑降競技が区別される。しかし、現在は回転競技でもスピードが要求され、スピードを落とさずに旗門をターンする技術が勝敗の分かれ目になる。日本選手は回転技術があっても、スピードが付いていかない。アルプスのスキー場は一般のゲレンデでもかなりの標高差と距離を一気に滑り降りることができる。子供時代からスピードに慣れているから、日本と環境が異なる。欧州でトレーニングできなければ、アルペンのスピード競技に日本人選手が入り込む余地はない。

ノルディック競技の面白さ
ノルディック競技(Nordic Skiing)はその名称からも分かるように北欧から始まったスキー競技である。この競技の中ではスキージャンピングと並んで、バイアスロンの人気が高い。距離と射撃を組み合わせた競技で、走力を競った後に、5つの的を打ち抜く射撃(立位と臥位の射撃を交互に行う)があり、的を外した数だけ150~200m周回罰則走行が科せられる。走行距離によってスプリント/5km/10kmなどの種目があり、個人競技のマススタート(一斉スタート)と時間差スタート、団体(国別対抗)などで、見る側の関心を惹く工夫がなされている。この競技の面白さは、距離で先行しても、射撃で失敗すると順位が目まぐるしく変わるところだ。一定の距離を滑った後で射撃になるから、呼吸を整えないとが的を外してしまう。観客はメインスタンドで射撃を見守るだけで山側を走る距離走行を直接に見ることはできないが、射撃の成功・失敗による順位の変動をみることができる。
欧州は軍人でなくてもこの競技ができる環境にある。しかし、日本ではそうはいかない。数年前まで男女とも、自衛隊のチームが参加していたが、今はこの競技への日本人選手の参加はない。
スキー距離競技も50kmなどの長距離の日本人選手はいたが、距離競技そのものが短距離中心へとシフトしており、日本人選手を見ることは稀になった。距離走行だけの種目は観客を集められず、長距離走になるにつれ観客がほとんどいなくなる。
だから、今では街中でもコースが設定できる2~3kmのスプリント距離競技のTV中継が多くなっている。この種目では北欧の長身で屈強な選手がスピードを競っており、日本人選手が入り込む余地はない。陸上の100米競争のようなものである。
アルペンスキーでもノルディックスキーでも、競技のすべてを一望できる種目は限られている。自動車レースと同じで、観客は同じ一場面を繰り返し見ることになる。ただ、今では中継技術やモニターパネルが発展して、大きな画面でTV中継と同じ画像を同時に見ることができるようになっているが。この点、スキージャンピングでは観客がスタートから着地まで全望できる。年末年始のジャンプ週間で使われる台には大きな観客席が設置されており、満席になると25,000人前後(札幌大会は数百名止まり)の観客を集めることができる。これだけ集客できるスキー競技はスキージャンピングだけである。もっとも、スタート地点は遠い高台にあるので、飛行態勢に入らないと選手を確認することはできないが、命綱を付けることなく、空中を飛ぶ競技は見る側にとってもスリリングだ。選手は失敗による大怪我のリスクを常に抱えている。
幸い、ジャンプ台さえあれば競技への参入が可能なので、アルペンスキーに比べて日本人選手はスキージャンプの黎明期から世界の舞台で活躍している。ただ、誰もが簡単にできる競技ではないので、欧州でもオーストリア、スロヴェニア、ドイツ、ポーランド、ノルウェイを除くと、競技人口がきわめて少ない。それがこの競技への興味を惹かない原因になっている。このため、ミラノ・コルティナ五輪ではこれまで4選手が一つのチームを構成していた国別団体戦は廃止され、2選手が1チーム(super team)を構成して、選手が4名に満たない国でも参加できるようにした。
ミラノ五輪では2選手が3回ずつ(合計6本)飛んで、その合計点を争う。現在の日本男子はW杯総合点で2位と3位につける小林と二階堂が組むので、金メダルが期待される。

ジャンプ種目は飛行距離で区別される。90-100mの飛行距離が想定されているノーマルヒル(NH)と、120-140mの飛行距離が想定されるラージヒル(LH)の二つが主要な種目である。それぞれ個人・団体種目が設定される。このほかに、190m-240mの飛行距離が想定されるフライング競技(flying)がある。これらの競技の違いはジャンプ台の大きさ(スロープの高さや傾斜による飛び出し速度)の違いである。日本にはフライング競技のジャンプ台はないが、葛西紀明選手がフライングを得意としていた。小林陵侑選手もフライングを得意としている。フライング競技の場合、選手ですらジャンプ台の高さや傾斜に恐怖心を抱くという。これを得意とする選手とそうでない選手がはっきりと分かれている理由である。
この3種目のうち主流はラージヒルだが、最近はフライング競技数が増える傾向にある。まさに鳥人のように空を飛ぶので見栄えがある。他方、この競技は失敗すると重大事故に直結するので、女子選手の競技として使われることがなかった。しかし、最近の女子選手の競技人口の増大に合わせて、大会数を限定して女子もフライング競技を行うようになった。ただし、競技への参加はトップ15-20位の選手に限られ、事故のリスクを避けるために、経験の少ない選手は最初から排除されている。
日本人選手の中では伊藤有希がこの競技を得意とするが、女子スキーの黎明期に世界のジャンプ界に君臨してきた高梨沙羅はこの競技を苦手にしている。恐怖心があると自制的な力が働き、飛び出しのスピードを上げることができないから失速してしまう。
小林陵侑はスロヴェニアのプラニッツァ台の最長記録(252m)をもっていたが、昨シーズンにドメン・プレヴツ選手に書き換えられた。公式記録ではないが、2024年4月にスポンサーであるRed Bullがアイスランドに小林選手だけのために特設したジャンプ台で、小林選手は291mを記録した。300mの飛行を狙った壮大な試みはビデオに収録されている(小林陵侑:世界最長スキージャンプ| 動画世界記録| レッドブル、小林陵侑の291m超え大ジャンプがどれだけ凄いのか!? 専門家が詳しく解説|スキージャンプ|世界記録、https://digital.asahi.com/articles/AST2524DBT25UTQP00QM.html)。

飛距離300mを目指す小林陵侑選手の世界記録への挑戦

291mを飛んだビデオを見ると、着地地点に近づいた時に、浮揚して距離が伸びている様子が分かる。これは最後に良い向かい風を受けたからだと推測される。最後のジャンプに到達するまで6本のジャンプを試みているが、距離を延ばすためには良好な視界と向かい風が必要だ。スキージャンプは浮力と重力が作用する難しい競技で、風の影響を受けやすい。そのために、2009年から風の影響をポイント化して、可能な限り風の影響を中立化させる試みが模索されてきたが、そのポイント計算のために飛行力学、流体(空気)力学の知識が利用されている。本文末に風の影響をポイント化するwind compensationの仕組みを解説した。

小林陵侑の歴代記録
2025-2026シーズンのスキージャンプW杯は欧州各地(札幌)を転戦する30大会が予定されている。この30戦の総合成績で、シーズンの最終順位が決まる。小林はこれまで、二度のW杯総合優勝を果たしている。日本人の総合優勝は小林以外にない。
さらに、W杯大会の中でも、年末年始の10日間でドイツ(オーベルスドルフ、ガルミッシュ-パルテンキルヒェン)とオーストリア(インスブルック、ビショフスホーフェン)の4つのジャンプ台(すべてラージヒル台)で挙行される大会(今シーズンはW杯第12~15戦)は、「ジャンプ週間(Vierschanzentournee, Four Hills Tournament)」として特別な地位が与えられている。W杯大会の中で最も価値ある大会シリーズとして位置付けられ、通常のW杯得点が得られるだけでなく、この4大会だけの得点(8本のジャンプ得点)が合算され、最高総合点を得た優勝者にはジャンプ週間優勝の栄誉(the Four Hills Golden Eagle Trophy)と特別賞金(10万スイスフラン)が与えられる。70年を超えるジャンプ週間の歴史の中で、小林は3度のジャンプ週間総合優勝を果たし、そのうちの2018-19年シーズンの大会では4大会4戦全勝のグランドスラムを達成した。4戦全勝(完全)優勝はジャンプ週間史上3人目の快挙である。
小林のジャンプ週間総合優勝3回達成は歴代3位に当たる。W杯最多優勝記録(53勝)を保持している。シュリーレンツァウアーですら2回の優勝にとどまっている。現役選手のW杯最多勝利数のクラフトはわずか1回の優勝である。ジャンプ週間の総合優勝はそれほどまでに難しく、本場ドイツですら、ハンナヴァルトの史上初の全勝優勝(2001-2002年シーズン)以後、20年以上にわたって優勝者がでていない。オーストリアも昨シーズンのチョフェニクの総合優勝まで、10年間も優勝者がでていなかった。2019-2020年のシーズンからの6シーズンで3度の栄冠を得た小林の選手の凄さが分かる。
ジャンプ週間が終わるとW杯大会の前半15戦が終了し、後半はザコパネ大会から始まり、その後に札幌大会が続く。小林と二階堂はサコパネ大会をパスして日本に戻り、長い遠征の疲れを癒し、札幌大会に臨み、その後にミラノ・コルティナ五輪へ備える。

Wind Compensationの考え方
スキー競技は自然の中で行われるので、すべての競技は自然環境の変化に影響される。アルペンスキーの滑降競技の場合は視界の良好さや天候の急変による雪質の変化が、勝負に影響する。他方、回転競技ではスタート順位によるコースの荒れ具合がタイムに大きな影響を与える。アルペン競技では15名の第一シード選手が初めに滑り、それに続いて他の選手が滑る。2回の滑走で決まる回転競技の場合には、公平性を考慮して、1回目の最下位(30位)の選手からタイムが悪い順に滑る(滑降やSGの競技は1回だけ)。コースの荒れがタイムに影響するので、第一シードに入っているか否かで大きな違いがでる。
これにたいして、スキージャンプは風の影響を最も受けやすい。一般に追い風が飛行距離を減じ、向かい風が飛行距離を伸ばすと理解されている。追い風の場合にはプラスの補正点で加算され、向かい風の場合にはマイナスの補正点で減点される。
このようなwind compensation(風による補正)がスキージャンプに導入されたのは最近のことで、2009年の大会から風の補正点が導入された。しかし、補正ですべての問題が解決されたわけではない。
風による補正が導入される前は、飛距離と着地姿勢だけで順位を決めていた。だから、大きな大会で無名の選手が強い向かい風を受けて、技術力以上の飛距離を出すことが珍しくなかった。どのような風を受けるかによって、ジャンプ競技の勝敗が大きく異なっていた。選手はこれを「風に恵まれた、恵まれなかった」と表現していた。そうなると、スキージャンプ競技は一種の賭けのような競技になってしまう。そこで、この風の影響を中立化するために導入されたのが、wind compensationである。選手の得点表示では風の補正点が計算される。追い風の強さ(プラス補正)、向かい風の強さ(マイナス補正)によって、飛行・着地姿勢点が修正されるシステムを取っている。この補正がなければ、ストックや小林のグランドスラムは実現していない。だから、風の補正導入前に実現したハンナヴァルトのグランドスラムと比較が難しい。
ところが、補正点の計算は簡単ではなく、風の影響を完璧に補正する計算式は存在しない。その理由は以下の通りである。

1.
現在のシステムではゲレンデに沿って、7台あるいは8台の風速計が設置されている。それぞれが異なる方向の風を捉えている場合、一つの数値でまとめるのが難しい。風速計の記録は設置場所によって加重平均する方法が採られているが、完璧なものではない。

2.
ジャンプ台の大きさによって風の影響が異なるから、ジャンプ台ごとにそれを中立化することが必要になる。このため、ジャンプ台ごとに異なるヒルサイズ(Hill Size、これ以上飛ぶと危険だという距離)を考慮した計算式が必要になる。

3.
現在のシステムでは追い風と向かい風の計算が行われるが、どの地点で追い風、どの地点で向かい風かによって、風のジャンプへの影響は異なる。それを完全に中立化することは不可能である。
なぜなら、踏切直後に追い風を受けた場合、飛行スピードが増すこと(初期飛行速度の上昇)が確認されているから、一概に追い風をプラス補正する合理性がない。これにたいして、着地直前に追い風を受けた場合には、スキーが押し下げられるから追い風のプラス補正には合理性がある。だから、風の影響を完璧に数値化するのは不可能である。
今シーズンのインスブルック大会予選で、小林とプレヴツはもっとも強い追い風を受けた。1.41m/s、プレヴツは1.81m/sの追い風を受けたと計測された。小林の飛距離は118.5mだったが、風の補正20.9ポイントを獲得し11位だった。プレヴツの飛距離は112mの失敗ジャンプだったが、風の補正26.9ポイントを得正がなければ、ウレヴツは予選敗退でグランドスラムどころか、ジャンプ週間総合優勝も遠のいてしまったはずが、補正によって本選への出場権を得た(予選の得点は本選に持ち越されない)。それほどまでに風の影響は大きい。

4.
飛行態勢に入ってから強い横風を受けた場合は、ほとんどが失速につながる。トップジャンパーでも、踏切直後に強い横風を受けた場合、事故を避けるために、早めに着地姿勢をとるから飛行距離は望めない。現在のシステムでは横風を救済することができない。

さて、風の影響を中立化するためにFIS(国際スキー連盟)が採用している簡便式は次のようになっている Δw=TWS * (HS-36)/20ここで、Δwは風の効果m(メートル)で、追い風はプラス、向かい風はマイナスになる。TWSは平均接線風速(風速計計測値の平均値)、HSはヒルサイズ、定数の36はbaseline hill sizeで、これを基準にしてヒルサイズが大きくなるにつれて風の影響が大きくなるように設定されている。定数の20はscaling constant(スケーリング乗数)で、数値計算を現実値に近似させるための定数。TWSは7あるいは8台の風速計平均値を加重平均して計算している。風速計の設置場所によって、風の影響をより正確に捉えるために各測定値にウエイトが付けられる。
この計算式にもとづき、HSが130m、TWSが1.55m/sの追い風の場合、風による補正計算は

1.55x(130-36)/20=7.28m
と計算される。実際の飛行距離にこの数値を加算して、飛行ポイントが計算される。

2025-26年ジャンプ週間第3戦、インスブルック大会結果
(注)各選手の上段が1回目、下段が2回目の飛行結果である。

風による補正だけでなく、現在のスキージャンプ評価には、出発ゲートの上げ下げによる減算・加算補正が施される。これがいわゆるgate (compensation) pointである。したがって、現在のジャンプ評価(ジャンプ得点)では、実際の飛距離、飛行・着地姿勢ポイントに、風による補正とゲート補正が行われた得点を加算(減算)した合計ポイントで順位が決まる。
出発ゲートは数十cm単位で設置されており、競技途中でも向かい風が強くなると出発ゲートを下げて、踏切速度を落とすようにしている。これは飛び過ぎによる事故を防ぐためである。逆に、追い風の場合は踏切速度を上げて距離がでるように、出発ゲートを上げる。ゲートの上げ下げはジャンプ台の滑走距離で計算される。現在のシステムでは滑走距離の1m延長は、5mの飛距離に相当すると計算される(f値)。たとえば、向かい風のために出発ゲートを50cm下げた場合、飛行距離は1mx0.5x5=2.5m分加算される。ポイント計算では、1mの飛距離は1.8ポイントとして計算されるので、2.5x1.8=4.5ポイントが飛行ポイントに加算される。出発ゲートを上げた場合には、そのぶんだけ減算される。ジャンプ台によって1ゲートの高さ(滑走距離)が異なるので、すべての台で4.5ポイントが単位になるわけではない。インスブルックの場合、4.3ポイントが1ゲート補正である。
まとめると、スキージャンプの得点は、飛距離ポイント、飛行姿勢・着地ポイントに加え、風の補正(wind compensation、向かい風は減算、追い風は加算)ポイントとゲート補正(gate compensation、ゲートの上げは減算、ゲートの下げは加算)ポイントをすべて合計したものがコンピュータで計算され、表示される仕組みになっている。
スキージャンプは応用物理学の研究対象になるもので奥が深い。その意味でも興味深いスポーツである。【ブタペスト通信2026年No.1(1月7日)から】

「リベラル21」2026.01.13より許可を得て転載
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-6953.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14618:260113〕