侵略国だった日本の、東アジアへの「向き合い」方

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授
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2019.3.1かと  一回パスして、ひと月ぶりの更新です。国内では、基本統計改竄の仕組みが次々に明るみに出ても、安倍首相は、官僚の責任にして涼しい顔。沖縄の辺野古基地についての民意が、これ以上ないかたちで県民投票で表明されたのに、政府は投票当日も翌日も工事続行。この国は、もはや民主国家ではありません。外交では、四面楚歌です。北朝鮮問題では長く蚊帳の外、ロシアとの「北方領土」交渉は完全に手詰まり状態、中国からは声がかからず、アメリカから次々に高額武器を買ってもFTA 交渉では更に貢ぎ物を出さなければならない忠犬ポチの悲哀。そして、今日三・一独立運動100周年を迎えた韓国との間は最悪です。この国は、グローバルな海を、漂流しています。その責任は明確です。舵取りは「森羅万象すべてを担当」と公言する独裁者、安倍晋三です。改めて、昨年たびたび本サイトで掲げてきた、「ファシズムの初期症状」の進行度を確認しておきましょう。

かと 3月1日です。日本ではビキニデーです。65年前のこの日、アメリカの水爆実験による「死の灰」により、静岡のマグロ漁船第5福竜丸が被曝しました。後に無線長・久保山愛吉さんが亡くなり、また第5福竜丸以外にも700隻以上の漁船が操業していて、実験場近くのロンゲラップ島民は人体実験の標本とされました。被曝者2万人と見積もられています。久保山さんの辞世の言葉は、「原水爆の犠牲者は、わたしを最後にしてほしい」でした。ところが当時の新聞を調べると、1954年の3月は、前年末の米国アイゼンハワー大統領の国連演説「Atoms for Peace(原子力を平和のために)」を受けて、日本の国会に中曽根康弘が「原子力予算」を提出して採択、正力松太郎と共に原子力発電を開始する時期でした。新聞報道では「原子力を平和に、モルモットにはなりたくない」と、むしろ「原子力の平和利用」という名の原爆反対・原発推進の方向に踏み出す第一歩となりました。米国政府は賠償には応ぜず、日本政府への200万ドルの「好意の見舞金」で決着しました。それが、2011年の3.11フクシマ原発事故への出発点でした。在日米国人詩人アーサー・ビナードさん言葉「『久保山さんのことを わすれない』と ひとびとは いった。けれど わすれるのを じっと まっている ひとたちもいる」ーーその現代日本の代表が安倍晋三であることは、まちがいありません。

かと 3月1日は、朝鮮半島の人々にとって、現代史の出発点ともいうべき三・一独立運動・万歳事件の100周年記念日です。日本の植民地支配からの解放を求め、ソウルのパゴダ公園に集った宗教者等33人が「吾らはここに、我が朝鮮が独立国であり朝鮮人が自由民である事を宣言する。これを以て世界万邦に告げ人類平等の大義を克明にし、これを以て子孫万代に告げ民族自存の正当な権利を永久に所有せしむる」という「独立宣言」を起草し、万歳三唱をしました。支持するデモは全朝鮮にひろがり、1542回、205万人が参加したと言います。「死者7509名、負傷者1万5849名、逮捕された者4万6303名、焼かれた家屋715戸、焼かれた教会47、焼かれた学校2」という韓国側記録もありますが、朝鮮総督府警察・軍隊の弾圧で、日本側司法記録でも、1万2668名逮捕・3967人有罪でした。日本本土に留学や求職で滞在していた多くの朝鮮人も、加わっていました。この時の経験を踏まえて、日本では1925年「治安維持法」に「国体変革・私有財産否定」の運動参加と共に「結社の目的遂行のためにする行為」の罪が書き込まれました。治安維持法は、もともと共産党取締りのはずだったのに、朝鮮独立運動にもこの「目的遂行罪」が適用されました。1925-45年の検挙記録をビッグデータにして分析すると、1928-33年の共産党弾圧時でも共産党員はわずか3.4% 、それも80%が「転向」します。20年間の検挙者は、日本人6万8332人ですが、労働運動・農民運動・文化運動から戦争に反対する自由主義者・宗教者、読書会・同人雑誌にまで「目的遂行罪」が拡大適用されました。しかも「目的遂行罪」は、植民地の独立運動・宗教運動にも適用され、朝鮮人2万6543人など3万3322人が検挙されました。本土・植民地の総計は10万1654人で、日本人被告には死刑が適用されませんでしたが、朝鮮では59人が死刑になりました。昨年夏のNHK/ETV特集自由はこうして奪われたーー治安維持法10万人の記録」が、ようやくビッグデータから割り出した歴史の実態です。

かと こうした植民地時代の経験が、伝統として受け継がれ、今日韓国での従軍慰安婦問題、徴用工問題、象徴天皇制日本への態度にもつながるのですが、日本でのメディア報道は、もっぱら「韓国の反日」の文脈で、3.1独立運動100周年を見ようとします。書店やウェブ上では、反韓・嫌韓のヘイト言説が溢れています。国際的孤立のなかで、とりわけ東アジアの平和のアクターに加わるには、何よりも、20世紀日本の植民地支配、経済侵略の反省が必要なのですが、安倍政権は、1965年日韓条約の5億ドル援助で決着済みという態度で、侵略された側の歴史の記憶、民衆の歴史観に、眼が届きません。ちょうど、ビキニ水爆被曝に対する米国の「見舞金」の屈辱に対して、日本政府はともかく、日本の民衆が原水爆禁止運動を始めた歴史など、忘れてしまったようです。トランプ米国大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長の第2回会談は、最終合意にいたりませんでしたが、安倍首相は、歓迎のようです。「親分」トランプに「次は私が向き合う」と伝えたそうです。ところが、米朝の対立は、核廃棄問題です。安倍首相は、トランプが米朝会談で日本の拉致問題をとりあげてくれたと浮かれていますが、北朝鮮にしてみれば、大国が自国本位で核兵器を独占し、宇宙軍まで創設しようという動きに、20世紀の歴史を重ね合わせているのでしょう。米国に追従するだけの日本に対しては、米朝会談当日『労働新聞』に、「日本は謝罪と賠償だけしていろ」と挑発してきました。北朝鮮との間では、まだ植民地支配の問題を、まともに議論したことさえないのです。自国の歴史を知らず、足元の民意さえ汲めない安倍晋三が、トランプの米国と経済力のみを頼りに「向き合う」ことで、東アジア民衆との間の溝を、更に広げることになるのではと危惧します。私自身の20世紀歴史認識は、昨年上梓した『731部隊と戦後日本』(花伝社)の延長上で、元731部隊軍医少佐であった長友浪男が、軍歴を隠して旧優生保護法強制不妊手術を担当する厚生省高官になり、北海道副知事に上り詰める問題等を引き続き探求し、民衆レベルの対話に、参加していきます。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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