2012.7.15 メキシコ・アメリカから帰国後、体調がすぐれず静養中ですが、金曜午後の早稲田大学での講義・ゼミのあと、首相官邸前に行くことだけは、続けています。自分自身の市民としての意思表示と、政治学者としての参与観察のために。ただし、7月13日の首相官邸前金曜デモは、30分遅れて国会議事堂前についたこともありますが、警備が異様に強化されていました。歩道と車道の間に柵が設けられ、車道側に警察車両がずらりと並び、首相官邸前まで行けた人はおそらくほんのわずか、いくつもの集団に分断されたらしく、全体の様子は全くわからない状態。そこで数時間前に学生たちと討論した、この脱原発金曜デモの意味に思い当たりました。1960年安保闘争時の30万人国会デモと、6月首相官邸前20万人デモの比較で、労組・全学連の赤旗・動員と、子連れママや会社帰りも加わる市民の示威行動がよく対比されていますが、学生たちによれば、60年安保の30万人と、主催者発表の15−20万人と、警察発表の2万人という参加人数の比較自体は、あまり意味がないとのこと。なぜならば、60年安保はラジオ・テレビ・新聞で、共感する人もいただろうがそれは表現されず、だからこそ「声なき声の会」のような一般市民のデモが注目されたのでしょうが、いまの国会前は「声なき声」どころか「声ある声」だらけ、現場からツイッターやブログで実況中継され、友人からメールで受けたり、実況を映像で見る主婦たちの会や、地方で同時刻に意思表示する行動もあり、実は、すでに50万人・100万人の同時多発的意思表示に近づいているのではないか、といいます。なるほど、分断されてやや寂しい私の隊列でも、シュプレヒコールはつぶやく程度で、ひたすらスマホに文字と写真を打ち込む青年の姿がありました。帰宅してテレビを見ていたら、大阪・京都の関西電力前をはじめ、九州から北海道、ニューヨークまで、金曜デモは広がっているとのこと、急いでウェブでも確認し、なるほど60年安保と比べるより、「中東の春」やアメリカで3月にも見てきたOccupy Wall Streetの運動との、グローバルな同時性のなかで考えた方が「新しさ」になるか、と合点。
ただ、その「声ある声」に、政府がどう応えるかは全く別問題。60年安保のように、国会強行採決後40日で改訂安保条約は成立しても岸首相退陣といった幕引きは、大飯原発再稼働が始まったとはいえ、あまりありそうではありません。ついでにいえば、60年安保は、その後に看板換えの「所得倍増」池田内閣が登場し、「イデオロギー政治から利益政治へ」の政治舞台そのものの大きな転換に連なったのですが、日本の「あじさい革命」がそうした契機になるのかどうか、まだまだ未知数です。首相官邸前金曜午後6−8時のデモは、その行方の定点観測の場として、持続し全国化することで意味を持ちますが、7月16日の代々木公園「さようなら原発10万人集会」や7月29日「脱原発国会大包囲」は、政府の政策転換への直接圧力を示威する焦点イベントです。60年安保との比較なら、こちらの方がよさそうです。音楽や踊りの「パレード」がどこまで入っているか、組合旗や赤旗と手作りプラカードや横断幕がどう共存しているか、なにより若者や子連れ家族が大きな集会にどう溶け込んでいるか、日本の社会運動史の流れからすれば、興味深い実験です。
こうした市民の声を「大きな音」と雑音視していた野田首相も、国会答弁では「十分承知」と答弁し無視できなくなりました。ところが政府の基本方針は、どうやら「3択」、つまり2030年時点でのエネルギーにおける原発依存比率を0%にするか、15%にするか、20−25%にするかという政府のエネルギー・環境会議の示した選択肢にしぼられてきたようです。それも、「極端な説」を排しての「15%」へのソフト・ランディング狙いがみえみえです。これだと、新規原発は難しいとはいえ、既存の原発は全部再稼働、それも新たに発足する原子力規制委員会のもとで、一度原則40年とした原発廃炉の寿命を見直せば、まだまだ原子力村は生き残れるという底意が、透けて見えます。なにしろ使途も不明確な消費税増税に「政治生命」を賭け、自民・公明と組んで与党を割っても衆院突破可決で「自信」をつけ、次はTPPへ、尖閣列島国有化にも色気を示し、米軍オスプレイ配備には唯々諾々という「裸の王様」のやることですから、「20−25%」にもっていくことさえ考えているかもしれません。このトップリーダーと、それを操る仙谷某の暴走を何とかしないと、8月にも新たな「国策」がガラガラポンの勢い。脱原発のたたかいは、せっかく国会原発事故調査委員会の報告書が出たばかりですから、偽りの「3択」には乗らず速やかに「0%」に。そんな意見も、ウェブ上の「原発ゼロの未来をつくる 国民的議論の場、NO NUKES」「原発ゼロ1000万人パブコメ」を通してアクセスすれば、8月12日まで「パブリック・コメント」として意思表示できます。まずはフクシマ原発事故の今も続く現実と、事故原因の真相解明から出発し、金曜デモのつながりと広がりを国民的に確認しながら、本当の「第3極」を作っていく夏にしたいものです。学術論文データベースに、宮内広利「『古事記』神話の解体学ーー支配と倫理のメカニズムをめぐって」(2012.7) を新規アップ。宮内さんなりの吉本隆明追悼です。
「加藤哲郎のネチズンカレッジ」から許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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