共産党は安全保障政策を変えたのか

――八ヶ岳山麓から(439)――

 今年2月、突如、日本共産党が新聞社説やSNSなどに登場した。共産党は衰弱の一途をたどり、この数年メディアに取り上げられることも少なくなっていたから、かなり驚いた。ことは、かもがわ出版編集主幹の松竹伸幸氏と元共産党京都府委員会常任委員の鈴木元氏の除名問題である。
 一時、機関紙「しんぶん赤旗」は、松竹氏に対する批判と彼らの除名に苦言を呈した朝日・毎日・産経などの社説に対する反論を毎日のように掲載した。
 共産党の松竹問題に関するパンフレット 『党首選出と安保政策をめぐる攻撃に応える』によると、松竹氏除名のおもな理由は、今年1月出版した『シン・日本共産党宣言』(文春新書)の中で、「党首公選制」を実施すべしと主張したこと、また「核抑止抜きの専守防衛」なるものを唱えたことである。
 わたしは、松竹批判をめぐる志位和夫共産党委員長の記者会見での発言に大きな疑問を持った。半年たっても気になっているので、あえてここに取上げる。

 志位委員長は松竹氏の「核抑止抜きの専守防衛論」にかかわってこう発言した。
 「彼(松竹氏)の政治的主張は、つまるところ日米安保条約堅持を党の『基本政策』にせよということです。そして在日米軍の抑止力には頼らないほうがいいけど、通常兵力の抑止は必要だということをはっきりいっている。つまり、在日米軍は日本を守る抑止力だといっているわけです」
 「在日米軍が日本を守る力という立場は、綱領の立場とは全く違います。沖縄の辺野古の基地を押し付ける理由として、日米政府がいっているのは『抑止力』だといって押し付けている。……在日米軍が日本を守る抑止力という立場は、綱領の立場とは全く違います。
 わたしたちは在日米軍というのはその部隊の構成を見ても、海兵隊と、空母打撃群と、遠征打撃群と、航空宇宙遠征軍ですから、どれも遠征部隊ですよ。海外に『殴り込み』を掛ける部隊が中心です。日本を守っている『抑止力』だという考え方は根本からとっておりません」
 この発言は、他の共産党幹部によっても、さまざまなところで繰り返されているから、党の指導層共通の認識になっているようだ。しかし、去年までの日米安保条約と自衛隊についての発言とは、話のつじつまが合わないのである。

 それまで共産党指導者は安全保障について何と言ってきたか。
 不破哲三委員長(当時)がはじめて「急迫不正の侵略には自衛隊を活用する」と発言したのは、2000年のことである。1994年以来、共産党は「憲法9条を将来にわたって擁護する」といってきたから、これは驚きをもって迎えられた。
 さらに2000年の大会で、日米安保条約と自衛隊に関して、段階的解消に向かうと決議した。それは、第一に日米安保条約と自衛隊が存在し、憲法擁護の今日の段階、第二に日米安保条約を廃棄し、日本が日米軍事同盟から抜け出す段階、第三に国民的合意にもとづき自衛隊を解散する段階という3段階を経るというものである。つまり、日米安保条約廃棄と自衛隊解消は今日的課題ではなく、将来の課題とされたのである。

 2015年、志位委員長は外国特派員協会で一歩踏み込んだ発言をした。
 「必要に迫られた場合には、この法律(自衛隊法)にもとづいて自衛隊を活用することは当然のことです」 
 「日米安保条約では、第5条で、日本に対する武力攻撃が発生した場合には共同対処をするということが述べられています。日本有事のさいには、(共産党提案の)連合政府としては、この条約に基づいて対処することになります」 
 また志位氏は、この国民連合政府は戦争法(新安保法制)廃棄をめざすが、日米安保条約は「凍結」するともいった。
 2022年には志位氏は、朝日新聞の質問に「わが党が入った政権ができれば、自衛隊は、党では違憲という立場だが、政府では合憲という解釈を引き継ぐ」と語ったのである。
 だが、わたしが重要な転換だとおもったのは、急迫不正の侵略に対する自衛隊と在日米軍との共同作戦という方針である。
 アメリカは平和の敵とか、日米安保体制は悪の根源といった共産党の伝統的な見方とは異なり、在日米軍はたんなる「殴り込み部隊」ではなく、抑止力と見なしているからこうした発言になったのであろう。
 わたしはじょじょに現実的になる共産党の安全保障政策の変化を内心歓迎した。しかし、私の住んでいる地域の党員は自衛隊の軍備増強反対とか憲法9条擁護を強調し、党の安保政策の変化を受け止めているとは思えなかった。

 そこで松竹氏の「核抑止抜きの専守防衛論」だが、これは2000年の共産党決議にいう日米安保条約廃棄の前の第一の段階、すなわち今日の安全保障について語ったものである。そこには、除名理由のひとつになった「日米安保条約堅持を党の『基本政策』にせよ」という主張は1行もない。正確には彼の著書を読んでいただくしかないが、わたしの理解だと以下の通り。
 ――国の安全は外交と防衛力から成り立っている。抑止力とは、必要な防衛力を備え、国民が侵略と戦う意志を持ち、侵略には応分の反撃をすることを関係国に認識させ、これによって戦争を思い止まらせることである。核抑止とは、防衛力に核兵器を用いることである。
 国連憲章の認める自衛権行使の要件は、武力行使が発生していること、外交努力などを尽くしても相手が攻撃してくること、こちらの反撃は相手の攻撃と均衡がとれていることの三つである。
 だから、「核抑止抜きの専守防衛論」では、日本は、主権侵害に対して、アメリカの核抑止力に頼らず、かりにアメリカに頼るとしても通常兵器のレベルにとどめることになる。日本がアメリカの核抑止に頼らないとなれば、日本を中国による核抑止の対象にさせない外交の可能性がうまれる。――

 去年までの侵略に対する志位氏の自衛隊活用、日米安保条約第5条による対処論と松竹氏の「核抑止抜きの専守防衛論」とは重なり合って矛盾しない。ただ、志位氏は「核抑止か否か」にふれないが、松竹氏は「核抑止抜き」を主張するといった違いがある。

 そこで、共産党の指導者に聞きたい。
 去年まで急迫不正の主権侵害に対する自衛隊の活用、日米安保条約第5条での対処、つまり日米共同作戦をとるとしたことと、先のパンフレットの「在日米軍が日本を守る抑止力という立場は、綱領の立場とは全く違います」という文言とは、方向が正反対ではないか。
 「(在日米軍が)日本を守っている『抑止力』だという考え方は根本からとっておりません」という考えならば、共産党が提案した国民連合政府といえども、主権侵害に対して安保条約第5条で対処することなど到底できないはずだ。
 共産党は去年までの安全保障政策を転換したのか。変えたのなら今後どんな政策をとるのか。これは次期衆議院選挙での共産党の得票にもかなり影響する。いや共産党だけでなく、「九条の会」や平和運動に大きな影響を与える問題である。できるだけ早くどこかで説明をしてほしいと願う。              (2023・08・26)

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