加藤哲郎のネチズンカレッジ 2026年3月 月例時評 乱世に戦争は続き、抵抗も続く、そこで日本は?

● ロシア帝国主義によるウクライナ侵略戦争は、もう5年目に入りました。ロシアやドイツで革命が起こった第一次世界戦争よりも、首相が何人も交代した日米戦争よりも、長く続いています。例えば日本史の中でようやく知られてきた復員兵のPTSDや家庭内暴力の問題は、ウクライナでもロシアでも、現在の切迫した問題です。目の前で母を撃たれたのを目撃したこどもや、身体の一部を失った隣人は、いやでも記憶に残ります。

● 厳寒の戦場で、たとえドローンがつかわれる「きれいな戦争」であっても、爆撃や地上戦は続き、膨大な被害者が生まれます。米国とイスラエルによるガザやテヘラン爆撃も、その徹底的破壊、一般市民・児童への攻撃、住宅破壊と飢餓の強制が続き、現代世界には戦争と飢餓、人権無視と人格の否定が満ち満ちています。ヴェネズエラでは首相が拉致されましたが、イランではハメネイ暗殺です。キューバにも、似た状況が作られています。宇宙をも視野に置いた、新たな帝国主義論、地政学地経学が必要になります。

(1) トランプ独裁とエプスタイン文書

● しかもその最上層の、グローバル・エリートとみられて来た金融通信IT資本、政財官学の頂点では、トランプの在任1年目の一般教書演説に見られるように、ほころびだらけです。「黄金時代」と唱ったのに、最高裁による相互関税違憲判決のほか、いよいよ公表されたエプスタイン文書300万枚、動画2000本、画像約18万枚の分析から、アメリカの歴代大統領も、イギリススウェーデンノルウェーの王室も、無論トランプイーロン・マスクも、ビル・ゲイツからハーバードのサマーズ言語学のチョムスキーまで巻き込んだ、国境なき大スキャンダルです。未成年の少女の人身売買という明白な性犯罪から、汚職・腐敗・賄賂・人身御供まで、かつての「国際政治」以前の「宮廷外交「国家内国家(deep state)」の闇が暴露されてきました。ライト・ミルズ『パワー・エリート』が今なお有効です。

 現職のアメリカ大統領が必至で否定しても、イギリス王室は国王の弟の逮捕を容認、世界経済フォーラム(WSF)議長も辞任との事ですが、まだまだ続いて、トランプ安全保障戦略とともに、現在の地政学・地経学を生み出しそうです。日本についてはそこまでアメリカ軍産学協同体に食い込めなかったためか、もっぱらMIT時代に巨額の研究費を得た千葉工業大学伊藤穣一学長の公職追放が、これからの焦点のようです。エプスタインの金融投資戦略、世界社会フォーラムに関係した企業家や学者は多数に登りますから、もしもエプスタイン文書に一行でもそうした名前が登場すれば、いかにアベノミクスを踏襲した高市積極財政・戦略投資であっても、影響は免がれないでしょう。

(2)「55年体制」「95年体制」が終わり「25年体制へ」?

● 日本の2026総選挙は、ある程度は予想されていましたが、高市早苗首相の自民党圧勝は、画期的なものとなりました。不意打ちの解散から「推し活選挙」「情緒的選挙」「SNS選挙」などどの様に規定しても、結果は一つで、「明るい未来」「未来への投資」を掲げ、日本、日本人を「ニッポン」「ニッポンジン」と声高に強調した高市自民党の作戦勝ち、「中道」その他野党の歴史的敗北です。

 野党第一党として旧立憲君主・公明党の合体した新党=中道改革連合「中道」は、議席三分の一以下、旧公明党は比例名簿上位で優先され議席を増やしたが、小選挙区で常勝だった多くの旧立憲民主党幹部が議席を失いました。衆参両院議員を合わせての野党第一党は、立民党から国民民主党に代わりました。

● いわゆる「1955年体制」が、自民党1対日本社会党0.5の勢力比で対立する「一か二分の一政党制」として40年続いたのちに、「95年体制」ともいわれた政治改革=小選挙区制導入のもとでの政界再編後の「自民党対民主党」の構造が、30年続きました。しかし、この構造は旧「民主党」勢力の自壊、一度だけ政権を担当した旧立憲民主党幹部の26年選挙でのほぼ全滅によって、終焉しました。今後、紆余曲折を経て、「2025年体制」の発端とされるかもしれません。

● 新たな「25年体制」がどうなるかは、まだわかりません。国際環境が不安定ですから、20年か10年、あるいはもっと早くに潰れるかもしれません。しかし、高市早苗内閣3分の2議席独占に始まる新たな構造が、「55年体制」下の日本社会党、「95年体制」下の民主党と、それらを一時的に支えながら高齢化し衰退した共産党・社民党や、左派ポピュリズムの走りとみなされたれいわ新撰組を、共にゲットー化しました。いわゆる「左翼リベラル」「護憲勢力」の存亡の危機・大再編をもたらすことだけは、間違いありまえせん。

● 旧民主党勢力は、突然の総選挙でそれを「中道革新連合」という、自民連立から離脱した創価学会・公明党を含む「中道」理念でまとめようとしましたが、初発は大失敗でした。取りあえず内閣不信任決議提案権も失った衆議院49議席で再出発しようとしていますが、試練は続くでしょう。次の国政選挙は2028年夏です。それまで、日本国憲法が現状のままであるかどうかも、予断を許しません。

 (3)高市一強を生んだ「新しいリベラル」の「ファンダム選挙」

● 高市一強内閣には、「右傾化」とか「ポリュリズム」「排外主義」「軍国主義」などいろいろな切り口が可能ですが、今回の日本の選挙については、とりあえず①「新しい階級社会」、「アンダークラス」②「従来型リベラル」から「新しいリベラル」へ、③押し活型「ファンダム選挙」という、大規模社会調査を踏まえた仮設的概念で、斬って見ることにしました。

● 以前も本欄で注目した①橋本健二さんの『新しい階級社会』(講談社現代新書)の基礎データは、2022年1−2月、三大都市圏有効回答43820人の構造調査でした。橋本氏はちょうど1995年頃から急増した非正規労働者を、「アンダークラス」という結婚・家庭の労働力の再生産さえ不可能な最貧困層が、政治的には未組織のまま、膨大な厚みで定着したことを、構造的に示しました。そこから「政治意識」についても、クラスター1=「リベラル」、クラスター2=「伝統保守」、クラスター3=「平和主義者」、クラスター4=「無関心層」、クラスター5=「新自由主義右翼」を見出して、「1995年体制」期における「新自由主義右翼」の台頭を見出しました。

● しかし、この五つの政治意識クラスターは、資本家階級・新中間階級・正規労働者階級・アンダークラス・旧中間階級という客観的階級構造そのものに起因するものではなく、多少の違いはあるが、五つのクラスターはどの階級にも見られ、政治意識は①格差と所得再分配に対する認識、②憲法問題や沖縄問題などの伝統的な保守ー革新、③排外主義という3つの軸によって実際的に回答する。したがって、今回の総選挙結果分析に、直ちに使える訳ではないのです。

● そこに、政治意識上の世代交代です。こうした社会階級構造のもとで、現代日本の平均的サラリーマン層、労働者階級・中間階級の若年層の多くは、戦後80年の反戦平和意識、労働者階級意識、憲法意識などは自分の生活にもう役に立たないと考え、新聞・テレビの旧型メディアよりも、SNSの政治情報を信じるようになりました。特に旧ソ連であるロシアのウクライナ戦争、共産党支配が続く中国の香港に続く台湾への軍事攻勢、それに君主制社会主義となった北朝鮮のミサイル・核開発が、現存する直接的な対外的脅威です。

そこに、公明党と離れて右傾化ブレーキを失った自民党が、日本維新の会をアクセルとした「責任ある積極財政」、国家情報局開設・スパイ防止法、防衛力増強、はては憲法第9条の自衛隊書込を含む改憲案を前面に出して、北大の橋本努さんらが実証的に引き出した政治意識上の「新しいリベラル」層に食い込み、高市早苗という女性党首を前面に立てて、SNSを駆使して大勝利したのが26年総選挙のようです。

● 宇野重規教授らが注目するように、この選挙は、「ファンダム(Fandom)選挙」でした。ファンダムとは、ファン(fan)と領域・支配を意味する接尾辞(-dom)を組み合わせた造語で、アイドル、アニメ、スポーツなど特定の対象に対して深い愛情と情熱を持つ熱狂的なファンの集団や、彼らが形成するコミュニティ・文化を指します。SNSを駆使して自発的に情報を共有・発信し、グッズ作成やイベント開催など、応援を通じてファン同士の強い絆を持つのが特徴」とのことです。

これが高市早苗をヒロインに仕立て、「推し活選挙」にしたのです。23年東京都知事選石丸現象、24年兵庫県知事選斎藤現象・衆院選国民民主党・れいわ新撰組躍進、25年参院選参政党勝利に続き、日本における高齢者中心投票、若者=無関心・低投票率の構図を大きく書き換える、若年層のSNSを通じた政治参加の拡大がもたらしたものです。

● ではこの「高市ファンダム」を、彼女と同じ靖国神社参拝、選択的夫婦別姓反対、男系男子皇位継承、非核3原則廃棄・核共有、改憲などの先鋭な保守的政策支持とおなじでしょうか。どうも、そうではなさそうです。みらいの党の躍進を含め、むしろ誰かが政権を担わなければならないことを前提として、「初めての女性首相」「ロシア・中国・北朝鮮の横暴に対抗する建設的安全保障・防衛政策」「IT・AIを組み込んだ素早く合理的な政策決定」などが支持理由になっているようです。そして、そうした領域に踏み込めず護憲・平和主義を標榜する「守旧的政治=従来型リベラル・左翼」への嫌悪感が、今回の「中道改革連合」の惨敗、共産党・れいわ・社民など左翼勢力のゲットー化を招いたと思われます。

● この点を説明する援軍が、②橋本努・金澤悠介『新しいリベラル』(ちくま新書)です。基礎データは、『新しい階級社会』調査の半年後、2022年7月参院選前後の7000人調査ですが、橋本健二さんの本で抽出されたクラスター1=「リベラル」が、どうやら旧来型新聞・テレビメディアへの不信、SNS特にyou tube 画像の活用、政治的世代交代などを通して、政治意識のうえで分化し、橋本努さんの言う「新しいリベラル」が生まれて、政治構造の転換をもたらしたようです。

● 橋本努さん等は「従来型のリベラル」を「日米安保反対、憲法9条改正反対、天皇制反対、従軍慰安婦問題への謝罪を根幹としつつ、福祉国家政策の支持や、伝統的社会からの解放を枝葉とするイデオロギーである」と定義し、「1 従来型のリベラルは『弱者支援』型の福祉政策を支持するのに対して、新しいリベラルは『成長支援』型の福祉政策を支持する」 「2 従来型のリベラルは高齢世代への支援を重視するのに対して、新しいリベラルは子育て世代や次世代への支援を重視する」「3 新しいリベラルは、〈戦後民主主義〉的な論点には強くコミットしていない」といいます。
 
● ここでいう〈戦後民主主義〉とは、「反戦平和主義を掲げ、政府の戦争責任を追及する立場」で、絶対護憲を掲げた「従来型のリベラル」支持者が高齢化し、年金生活に入り、若いときに学んだ世界観や民主主義観を固持して職場や地域の実際の担い手や若い人々と乖離してきたことを、意味するのでしょう。私はその根底に、橋本健二『新しい階級社会』から導かれる「アンダークラス」の誕生と階級構造の変化を見出しますが、その関連はいまだ未解明です。しかし、こうした「リベラル」の再検討を行わない限り。「従来型のリベラル」の再生はない、と思われます。今回の「ファンダム選挙」では、小選挙区制もあって、それが増幅して示されたと考えられます。

● 今月は選挙分析を、自分用メモに断続的に書いてきたので、「今月の3冊」のスペースは無くなりました。主な分析に用いた3冊をご参照ください。神田・御茶の水のタウン誌『本の街』連載は、好評を得て佳境に入っています。三月号の第5回「九段下野々宮アパートの1937年末ーー岡田嘉子とアイノ・クーシネン」はすでに公刊され、四月号の第6回「パスタの『壁の穴』から覗くCIAから日本文学まで」がまもなく公開されます。

ネチズンカレッジ2025年10月新規開講コース案内

2025年9月の新規開講に当たって、30年近い「ネチズンカレッジ」の伝統と実績を引き継ぎながら、SNS時代にマッチした新たなコースを構成していきます。

ブログ;今月の世界と日本

情報学中心のカリキュラム再編成

加藤哲郎の研究:半世紀の軌跡

最近の研究から:731部隊・100部隊とゾルゲ事件

国際歴史探偵の書斎から(神保町「新・本の街」誌提携)

図書館:書評と資料紹介、読者の寄稿

イマジン:9・11と3・11の情報戦の記録

Global Netizen College (in English)

「ネチズンカレッジ」の30年(過去ログ)

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載                      https://netizen.jp

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/                 〔eye6126: 260302〕