――八ヶ岳山麓から(235)――
わたしが思うに、戦争抑止力とは相手国に攻撃意図をもたせないことである。非軍事手段では相手国との交渉を通して信頼関係を構築し、戦争開始を企図するほどの敵意をやわらげること、軍事的には侵略の能力と意図とをもつ相手を圧倒する戦力を示し、それによって相手の侵略意図をくじくことである。
アメリカは大規模な米韓合同軍事演習を毎年展開し、さらに斬首作戦を公然と唱えて、北朝鮮を抑えようとしてきたが、なんにも効果はなかった。北は依然核実験とミサイル発射で対抗している。
イラクやリビアの政権がアメリカの手によって潰されたとき、サダム・フセインは絞殺され、哀れにもその一族も殺された。カダフィは銃撃戦の末捕えられ惨殺された。北朝鮮の金氏集団がこれを避けようとするのは自然のなりゆきだと私は思う。
ある強大な国家が安倍政権を極右だからという理由で、「悪の権化」とか「ならずもの」と定義し、対日貿易を極度に制限し、航空母艦を日本近海に展開して、いつでも核攻撃ができると軍事的圧力をかけ、あげく安倍晋三の首を取る作戦の準備をしているといったら、わが日本人は何をどうすればよいのか。
北朝鮮による6回目の核実験を受け、国連安全保障理事会(15カ国)は9月11日夕(日本時間12日朝)、新たな制裁決議案の採決を行い、全会一致で採択した。北朝鮮向け原油輸出は現状規模を超えない範囲とし、石油精製品輸出も年間200万バレルまでに制限し、北朝鮮の主要輸出品である繊維製品の輸入は全面禁止、するなどが柱である。北朝鮮に対する制裁決議はこれで9回目となった。
ただし強力な制裁に慎重な中国とロシアの同意を取り付けるため、アメリカの原案にあった石油の全面禁輸は見送られた(毎日ネット、2017・09・12)。
この決議には北朝鮮は内心ほっとしているだろう。
安倍晋三政権は徹底した制裁を主張するトランプ政権に追随し、これを国連決議にすべく、滑稽なほどに関係各国の間を跳ね回った。9月11日菅官房長官は、「厳しい制裁措置」を含む安保理決議の採択が重要だとの認識を強調したが、あまり厳しくない安保理決議にはさぞかしがっかりしたことだろう。だいたい、石油禁輸が何をもたらすか、考えたこともないのじゃないか?
そもそもアメリカの対北朝鮮制裁原案は、我々日本人がいや応なく歴史を思い出さずにはいられないしろものだった。78年前、中国を侵略し大陸市場を独占しようとした日本に、アメリカは中国から手を引かせようとして経済制裁を強化し、石油の輸出を禁止した。1941年、追詰められた日本は暴発した。石油の備蓄があるうちに対米戦争に勝ってしまえとなって、真珠湾攻撃を敢行したのである。
すでに、8月30日付の中国環球時報は、「ミサイル発射と圧力行使の悪循環をこれから何回くりかえせばよいのか」という論説で、米日韓は安保理決議で朝鮮にさらに制裁を課そうとしているが、それは何の役にも立たないことは明らかだと、「厳しい制裁措置」を拒否していた。いまさら環球時報にいわれなくても、これは日本人のほとんどがわかっている。
アメリカの原案通りの決議が通過したとしても、それが北朝鮮への抑止力になることはない。ましてや、今回の制裁決議では北朝鮮の経済に影響があるとしても、核・ミサイル開発に影響が及ぶことはない。北はワシントンやニューヨークに届く核搭載ミサイルの完成まではやるだろう。「金正恩政権は雑草を食ってでも核・ミサイルを開発しつづける(プーチン露大統領)」からである。
トランプに朝鮮半島の平和へのロードマップがあるのか。そんなものは持ち合わせていないのじゃないか。だとすれば今回の制裁決議がアメリカの国益にとって不利に働く、と彼が考えたとき、政治顧問の制止を振り切って粗暴で危険な戦術を選択する恐れはかなりある。
そのときも安倍政権は一貫してアメリカに追随するのだろうか。
北朝鮮はアメリカに追随する日本に対して、より強い敵意をもっている。すでに日本にある米軍基地攻撃を公言し、ミサイルが島根だか広島だかの上空を飛ぶぞと脅し、宇宙空間とはいえ北海道上空を飛ばしてみせた。次は東京の上空を飛ぶかもしれない。
安倍政権は宇宙空間を飛ぶ北ミサイルの危険を煽り、八ヶ岳西麓のわが村でも「J-アラート」なるものが、ミサイル避難のために「丈夫な建物か、地下へ避難せよ」と指示した。これには村人も思わず「何をこいてやがる」とわらった。いったい安倍政権の外交政策によって、日本がより安全になったといえることがひとつでもあるのか?
我々大衆は、北朝鮮の核・ミサイル開発を止めさせるには、石油の全面禁輸が決定的だと思わされている。だがこれは主として中国とロシアによってだけ可能な対策である。しかも中国とロシアだけにその結果を引受けさせる、じつに身勝手な政策だった。これが今回の国連決議で避けられたのは好いことだ。
トランプと安倍晋三は、石油の全面禁輸の結果生まれる混乱をどうするつもりなのか、まったく考えていない。トランプはこれを求められたら、カネ勘定をして「まあ全部中国とロシアに引受けていただきましょう」というだろう。中露両国がアメリカの原案を受入れなかったのは、ここにも原因がある。
金正恩は太っているが、北朝鮮人民に肥満はいない。彼の国は食料だの電気だのが十分ではない。貿易の制限だけでも、いま以上に人民の生活を苦しくする。石油全面禁輸となれば大勢の人々が餓死から逃れて中国に密入国する。だが、中国は経済制裁の結果うまれる年間万単位の難民を全部送還することはできない。
アメリカの制裁決議原案を国連決議にしたかったら、日米両国政府は北朝鮮難民をすべて引き受けると公言するのが筋だった。そしてそれを自国民に納得させるべきだったのである。
トランプは金氏集団の危機感を明確に認識していないように見える。地政学的位置からすれば、日韓はこれをアメリカにわからせるべき立場にある。本来なら、北朝鮮にたいしても核とミサイルではなく、平和的手段によって政権の確実な安全を図ることができると説得すべき立場にある。
だが、日本の歴代政権はアメリカに追随するばかりで外交らしい外交をしたことがないから、今かりにそれをやろうとしても説得力がない。文在寅政権は北との対談を試みたが、いまのところ何の成果もなく、新たなミサイル配備を余儀なくされている。安倍政権は、朝鮮半島の緊張を奇貨として、軍事費を史上最高レベルに増やそうとしている。
私は、今回の国連制裁決議よりも実効ある方法は中国の提案だったと思う。中国は「(北朝鮮の核実験・ミサイル発射と米韓による軍事演習の)『双方暫定停止』、そして対話を通じて各当事国の安全保障上の関心をバランスよく解決する」ことが必要だという
これは日米韓側からすれば、合同軍事演習の中止だけでなく、とりあえずは北朝鮮の核保有を認めざるをえないことを意味する。だが、それでも仕方がない。国際社会はイスラエルやインドやパキスタンの核を非難していないのだから、北が核を持つという状況を一時的になら認めてさしつかえはあるまい。日本が北のミサイル攻撃目標になるよりずっと賢明な方法である。
日米両国政府はこの現実をあるがままに認めて、そのうえで対応策を練るしか手はないと思う。
(2017・09・13記)
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