前回(6日)の本欄では、今年の世界の「10大リスク」について、米で行われたアンケート結果を取り上げ、1位の(ならずもの国家ロシア)に次ぐ2位が(最大化する習権力)であった、と紹介した。今回は日中両国で昨年夏に行われたアンケート調査でのいわゆる「台湾有事」についての両国民の反応を検討したい。
調査は日本側・民間非営利シンクタンク「言論NPO」、中国側・メディアグループの手で2005年から行われてきた共同調査の継続として、日本側は昨年7~8月に全国50地点で1000人に調査用紙に記入してもらって回収する方式、中国側は7~9月に10都市で1528人への調査員による面接、で行われた(共同通信配信記事による)。
その中の「台湾海峡で軍事紛争は起こるか」という設問に対する両国での回答結果はそれぞれ以下のようであった。
日本側 数年以内に起こると思う 10.4%
将来的には起こると思う 34.1%「
起こらないと思う 9.0%
分からない 46.3%
中国側 数年以内に起こると思う 16.2%
将来的には起こると思う 40.55%
起こらないと思う 29.9%
分からない 12.8%
これらの数字はいろいろなことを考えさせる。
まず、「数年以内」にか、「将来的」にか、は別にして、いずれ軍事紛争が「起こる」と見ている人間が日本側でも半数弱(44.5%)、中国側では半数を越えて(56.75%)いる。これは恐ろしい数字だ。
反面、「起こらない」は日本側9.0%に対して中国側29.9%で、中國側の「起こらない」の比率は日本3倍以上だ。
両国の回答でもっとも差が開いたのは「分からない」で、日本側では半分弱を占めたのに対して、中國側は8分の1に過ぎない。中國人にとっては「分からない」ですませる問題ではないのだ。
そこで「分からない」人を除いて、答えを持っている人たちの「起こる」と「起こらない」の比率を見ると、日本では5対1、中國では1.9対1である。
中国で半数を越える人間がいずれ「軍事紛争」が起こると思っていると考えれば、実際に起こっても「仕方がない」という気になるが、一方では2人に1人が起こらないと思っているとすれば、まだ「台湾にも望みはある」。さて、ここをどう考えるか。
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大まかに問題を振り返ってみよう。
内戦で共産党軍にやぶれた国民党政府が台湾に逃げ込んだのは1949年であった。共産党軍は騎虎の勢いで台湾に攻め込んで、一気に全国制覇を完成したかったはずだが、いかんせん軍艦がなかった。手をつかねているうちに、第二次大戦の戦後処理の結果、南北に政権があった朝鮮半島で、翌50年6月、戦争が始まった。
開戦当初、破竹の勢いで南下する北朝鮮軍に対して、南の韓国軍、米軍を主力とする国連軍はじりじりと半島南端に押し込められたが、国連軍の仁川上陸作戦によって形勢逆転、その後、板門店での休戦会談によって現在まで続く休戦状態に入った。この過程で米はいったんは見放した台湾の国民党軍を助け起こして、アジアの反共戦線の一角として確保する政策に転じた。
その結果、あわや風前の灯だった国民党政府は命永らえたばかりか、内戦などなかったかのように国連の議席、それも創設国の一員として安保理常任理事国の一角を占め続けることになった。この構造は1971年まで続いた。
しかし、この年7月、米ニクソン大統領の補佐官、H・キッシンジャーが、当時、手詰まりだった米のアジア外交に突破口を開くべく、秘密裡に訪中してニクソン訪中の話しをつけたことで、中國を取り囲む空気ががらりと変わり、秋の国連総会では台湾の国民党政府が保持していた地位はそっくり北京政府に移ることになった。
この結果、朝鮮戦争でゆがんだ大陸と台湾の外交上の位置関係は、ようやく内戦の結果を反映したものとなったのだが、多くの西側諸国は台湾との外交関係は絶ったものの、北京政府の了解のもとに台湾との実務関係は維持することとなり、現在にまで続く各国と大陸・台湾のそれぞれ独特の三角関係が形作られた。
中国自身もその間、主たる対象相手を米からソ連(当時)に変え、70年代に蒋介石、毛沢東ら内戦の当事者たちが世を去ったあとは、社会主義対資本主義のイデオロギー対立など忘れたように、自らの改革・開放政策に台湾資本を積極的に取り入れるようになった。
その結果、中國と台湾の間の交流は拡大した。もし中国側で経済面の変革とともに政治制度の民主化が進んでいれば、おのずと双方から統一への機運が盛り上がったと思われる。
しかし、事態はそのようには進まなかった。今にしてその原因を探してみれば、革命第一世代が世を去った後、統治の責任を負った中国の指導者たち、具体的には江沢民、胡錦涛、習近平には自らを統治権者たらしめる要件が備わっていなかったために、7~80年前の革命戦争の小さな残り火である台湾問題を自らの手で解決して、名実ともに国家統一の最後の功労者たらんとする欲求にとらわれたからである。3人のうち、それでも前の2人にはまだ「鄧小平による抜擢」という背景があったが、習近平にはそれもなかったから、「14億の指導者」像を身に着けることに執心せざるをえないのだ。
2015年11月17日、シンガポールで台湾の馬英九総統(国民党)との会談が実現した際の習近平の「我が事なれり」といった得意の表情を覚えている人もおられよう。この時、習が握った馬の手を何分間も離さなかった場面は有名である。
ところが、その後、2016年、20年と2度の総統選挙で国民党は独立色の強い民進党に連敗した。中國との統一が進む路線は民衆に拒否されたと言っていいだろう。
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要するに現在の台湾海峡をめぐる問題は歴史問題でもなければ、ましてやイデオロギー問題でもない。大陸の政権がみずからの正統性を、台湾を統一することで認めさせようという自己保身のためなのである。政権というより権力者個人、習近平自身の保身のため、といったほうがより適切なのだ。
そう考えれば、昨年2月4日、北京での習近平・プーチン会談後の常軌を逸した中ロ友好ムードも納得がいく。プーチンがウクライナを力で屈服させ、それを国際社会が追認すれば、習もそれに続ける。その期待が「中ロ友好に天井はない」という中国ベテラン外交官の「世界を驚かせた」言葉となったのだ。
幸い、ことはプーチンの思惑通りには進まなかった。ただ国民のきちんとした信託を受けない政権はつねに存立の不安に付きまとわれるゆえに、大衆から無条件の喝さいを得られる功績を求める。単純な民族主義的昂揚をもたらす支配地域の拡大、併合は恰好の手段である。
しかし、それが見え透いていれば、当然、相手は身を固くして拒む。逆に台湾統一を考える前に、自らの政治制度を改革して、国民の選挙による政権の選択が行われれば、選ばれた人間は危ない橋を渡って人気を得ようなどとしないですむ。そして、そういう中国になれば台湾側も統一を拒否する理由はなくなるのだ。台湾問題の本質は「武器で解決」できるものではなく、「中國の政治そのもの」にあるのだ。
前出のアンケート調査の中国側の結果で注目すべきは、台湾海峡で軍事紛争が起きるか、起きないかの回答の比率がおよそ2対1であることだ。日本では5対1であるのに対して、中国のこの結果は、さすがに当事者である中国人はただ危機だ、危ないと騒ぐのでなく、中国の政権が変われば事態は変わる、それは可能だ、と見抜いている人が「3割」はいると見ていいのではないか。過大な期待であろうか。(230107)
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