2012.4.15 国会の党首討論で、この国の基本問題が論じられていません。消費税や年金・医療が問題にされても、現に放射能に汚染され故郷に帰れるかどうかもわからない福島県民のいのち、いまなお「収束」どころか高放射線と高濃度汚染水のなかで働き続ける東電福島原発下請け労働者のいのち、地震・津波で被災し復興も補償もとどこおったままの被災者の生活、がれき処理や農業・漁業再開の困難、ミルクや食品をこどもたちにどう与えるべきかと悩む親たち、全国に離散した故郷を奪われた人々のくらし、それらのすべてがおきざりにされたまま、福井県大飯原発の再稼働がはかられています。事故の原因が地震か津波か、設計上のミスの可能性や運転体制の問題、事故後の対応を含む安全・保安体制の問題等が何ら解明されないまま、しゃにむに原発再稼働を急ぐ勢力があり、その勢力が、政治家、官僚、財界のなかで権力を握り、マスコミや学界にも影響力を持っているために、国民の過半数が脱原発を求めているもとで、いのちとくらしと日本の未来を左右しかねない、重大な決定がなされようとしています。
異常です。異様です。福島原発事故への政府の事故調査委員会も、国会の事故調査委員会も結論を出す前に、新たな原子力安全委員会も原子力規制機関も発足する以前に、再稼働が急がれています。ほとんど毎週大きな地震があり、地震と津波についての新たな知見で、南海トラフ地震や東海・東南海・南海3連動地震、北海道でも大飯原発周辺でも新たな活断層が見つかり、東京でも大阪でも直下型大地震による巨大被害がありうるという予測が出された矢先に、メキシコやインドネシアの大地震で地球的規模での不安が高まってきている時に、旧態依然の「安全基準」なるものが、にわかに作られました。それも当初の大飯原発用「暫定基準」から、全原発再稼働の「安全基準」に格上げされ、2週間足らずで書類上の数字あわせが進められ、「安全性」も「必要性」も確認できたというのです。関西電力はあっという間に「工程表」を作り、防潮堤も免震事務棟もベントのフィルターも「計画」をたてただけでパス。3年以内に大地震や大津波がくる可能性を、政治家が、どのようにして否定し安全を保証できるのでしょうか。「必要性」の根拠となる電力不足なる数字は、関西電力の提出史料を経産省安全保安院が確認するという、かつて「安全神話」を演出してきた原子力村のもたれあい・やらせ構造のままの作文です。揚水発電も他電力会社からの融通も、実は年間数十時間にすぎないピーク時への特別対応も、考え抜かれていません。地元『福井新聞』の4月15日論説「大飯再稼働要請 説明も説得力も足りない」が、妥当な見方でしょう。
決めたのは、民主党内閣の4人の関係閣僚、野田総理と藤村官房長官、枝野経済産業相、細野原発事故担当・環境相です。そこで、わずか11日間に6回の会議で、あれよあれよと大飯原発再稼働が決まり、直後に経産相が福井県知事と大飯町に要請に出かけました。まともな討論がない「政治判断」なことは明らかです。後世のために、4相会議の正確で詳細な議事録を公開させる必要があります。3・11直後の日本政府中枢での公式議事録不在の国際的お粗末を挽回するためにも。この4人の会議参加者が、将来歴史により判定されるだろう再稼働決定の責任者です。ただし、どうやらシナリオライターは、別のところにいるようです。ほぼ毎日開かれた4相会議には、見慣れた政治家がいつも陪席していました。仙谷前官房長官・民主党政調会長代行です。原発報道では出色の『東京新聞』が、例によって詳しく解明してくれました。4相会議決定の裏の立案者は、4相会議メンバーの枝野・細野氏に仙谷政調会長代行・古川元久国家戦略相、斉藤勁官房副長官を加えた5人組で、「チーム仙谷」とよばれ、昨年7月から再稼働の機をうかがってきた確信犯たちです。東電新会長人事にもからんでおり、背後に前原政調会長が透けてみえてきます。
そして案の定、4相会議のお済み付けを受けて枝野経産省が福井県知事を訪問すると、仙谷政調会長代行が福井県民主党の締め付けに出かけ、前原政調会長は民主党内の批判者を抑え込み再稼働の必要を公言し始めました。「政治判断」の主役たちの一斉出動です。背後に経産省と財務省幹部がいるのは見え見えです。財界総本山経団連米倉会長への忠誠メッセージでもあります。でもそれは、3・11前に「安全神話」を広め原発利権で膨らんできたいわゆる原子力村の、悪あがきかもしれません。民主党内にも多数の反対派・慎重論があります。官僚制のなかにも、いるかもしれません。財界内部の亀裂は、『世界』5月号川口雅浩「揺れる経団連」が詳しく論じています。立地都道府県知事や市町村のなかでも、はっきり脱原発を唱える主張が広がっています。マスコミにも推進派科学者のなかでも、4相会議の前のめりは「拙速」と映っています。かつて一枚岩を誇った原子力村にも、多くのほころびが生まれています。無論、それは、国民世論の動きをみてのものです。5月5日の北海道電力泊原発3号機の定期点検入りまでに大飯原発再稼働ができなければ、原発ゼロ稼働状態が生まれます。それは枝野経産相の「要請」に福井県知事が世論の風向きを見て「保留」回答したことから、現実性を持ってきました。枝野流二枚舌は、それを「一瞬」にすべく、まだまだ揺れながら続きそうです。
仕掛け人の仙谷政調会長代行は、再稼働を「脱原発依存」へのプロセスとして、説明し始めました。「安全対策が取られており、東京電力福島第1原発を襲った津波が来ても炉心損傷にはならない」などと、御用学者並みの技術的詭弁も使い始めました。原子力村中枢は、焦っています。役者はそれほど名優ではなく、時々セリフを間違えます。私たちは、下手な芝居の観客になるよりも、自分たちで舞台を作って、脱原発世論構築の大道を歩むべきでしょう。原理的に、ウラン採掘から事故収束・廃炉にいたる労働者被曝の危険を除去できるか、「トイレなきマンション」の最終廃棄物問題は解決可能なのか、すでに膨大に蓄積された使用済み燃料・プルトニウムをどうするのか、イランや北朝鮮の「核疑惑」からも垣間見える、核兵器保有願望と原子力発電の関係は日本では歴史的にどうだったのか、と。考えてみましょう。大江健三郎流に「倫理」の問題として。森滝市郎にならって「核と人類は共存できるのか」と問いかけて。4月21日(土)午後3−6時、早稲田大学16号館820号室で、第12回桑野塾「日本のソルジェニツィンーー勝野金政の生涯」を講演します。勝野金政長女稲田明子さんの「父・勝野金政のラーゲリ記憶検証の旅」の前座です。
「加藤哲郎のネチズンカレッジ」から許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
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