――八ヶ岳山麓から(298)――
11月6日、日本共産党(以下日共という)の綱領改定案が発表された(日刊赤旗)。綱領は国家でいえば憲法である。志位委員長の党中央委員会への提案は、説明を入れて6ページに及ぶ長いものだが、その核心は、現行綱領の中の中国・ベトナム・キューバを「社会主義への道を歩む国家」としている部分の削除である。
現行綱領の文言の削除部分は「今日、重要なことは、資本主義から離脱したいくつかの国ぐにで、……『市場経済を通じて社会主義へ』という取り組みなど、社会主義をめざす新しい探求が開始され、人口が13億を超える大きな地域での発展として、21世紀の世界史の重要な流れのひとつとなろうとしていることである」となっている。
これに関連して、「社会主義と資本主義の二つの体制が共存する時代」という規定も成り立たなくなったとして、これも削除するという。さらに中国とともにベトナム・キューバも一緒くたにして「社会主義への道を歩む国家」から抹消した。この2つの国家はどういう理由で外されたのか、志位氏は語っていない。
現行綱領は2004年にできたものだ。私がこれを記憶しているのは、中国から一時帰国したとき、共産党員の亡友から綱領のこの部分を知らされて驚き、「そいつは間違いだ」といったので、友人と論争になったからである。
当時中国には、国営私営を問わず各産業分野に独占企業があって、それに中共最高指導部の利権が絡んでいたし、すでに『海爾=ハイアール(家電メーカー)』などは日本に進出していた。私は、亡友との論争で中国は社会主義に進むことはあり得ない。資本主義、それも独占資本主義段階にあると主張した。この考えは今も変わらない。
さて志位氏が中国のどこを問題にして上記の文言を削除したかというと、大略以下の四つである。
① 核兵器問題での変質(核兵器禁止条約反対・発効阻止の立場)が一層深刻になった。
② 東シナ海・南シナ海での覇権主義的行動も深刻化した。
③ 国際会議の民主的運営をふみにじる横暴なふるまい。
④ 香港やウイグルなどにおける人権問題が深刻化した。
上記①の核を放棄しないという中国の方針は、多少とも核軍縮に関心のある人は以前から中国の本音であると感じていたことである。また②の覇権主義も昔からのことで、日共も干渉を受けたことがあるし、中越戦争でもそれは明らかだった。③は私のような読者にはわからないので省略。④の人権問題は、いまさら香港やウイグルをもちだすまでもなく、毛沢東時代から存在していた。モンゴルもチベットも、自治権と民族語を奪われ、民主と人権を主張する人々は逮捕、拷問、投獄を免れなかった。
遺憾なことに、日共は過去「内政不干渉」という原則を設けて、重大な人権侵害を黙認してきた。たとえばノーベル賞受賞者の劉暁波について機関紙「赤旗」がどのくらい報道したか。こうした態度が日共は中共と同じ人権無視の独裁政党だという見方を広めた。日共は、それがどのくらいマイナスか長いこと自覚できなかった。
だが、このたびの綱領改定では、重大な人権侵害は国内問題にとどまらず、もはや国際問題だとした。今後は香港・ウイグルだけでなく、ダライ・ラマの後継者問題などもふくめて、中共に都合の悪いことも遠慮なく発言することを期待する。
そこで志位氏に聞きたい。中国の覇権主義や人権問題は以前から存在したのに、いまあわただしく中共批判に踏み切ったのはどういうわけか。我慢の限界はどこにあったのか。これを教えてもらいたい。
日共の中央委員会では、「提案報告が述べている中国の変化は、なぜ起こったのか、それはいつごろで、何をきっかけにしたものだったか」という質問があった。志位氏は「難問だが」といいつつ、概略次のように答えている。
① 中国の国際政治に問題が現れてきたのは、2008年から09年ごろ。胡錦涛から習近平に政権が移行する時期(正確には2012年――阿部)で、尖閣諸島に中国公船が入って来たのが2008年、核兵器廃絶を棚上げしたのが2009年である。
② その背景にあるのは、中国のGDPが日本を追い越し、世界第二の経済大国になり、このため対外的には抑制的であるべき中共指導部が傲慢になってしまった。
③ 根本的な問題としては中国革命が武力革命で、しかもソ連式の「一党制」が導入されたたために、自由と民主主義のしかるべき位置付けがなかった。
④ 近代以前の中国王朝は朝貢体制によって周辺諸国を従属関係に置いていた覇権国家だったことだ。
志位氏は、中国に覇権主義が現れたのは、胡錦涛政権の2008、09年ころで、経済発展が国際上の大国主義をもたらしたという。だが中共は近年大国主義になったわけではない。毛沢東はアメリカに追いつくのを目標としたし、改革開放登場後も一貫して「大国崛起(大国復興)」を掲げ、いまや世界に冠たる中華民族国家を目指している。
ところが、志位氏の指摘する同じ時期の2005年から2009年まで、日共は中共と3回友好的な「理論会談」をおこなっている。日共の権威者である不破哲三氏の報告を読むと、中国側をマルクス主義者として好意をもって発言していることがわかる(不破哲三『激動の世界はどこに向かうか――日中理論会談の報告』新日本出版社 2009年)。
この時期、不破氏が中共の覇権主義に気付かないはずはない。なにか別な意図があって対中批判を避けようとしたのではないか。
この点について、11月11日元日共安保外交部長の松竹信幸氏は氏のブログで次のように語っている。
「2003年頃だったと思う。共産党の本部で不破さんが勤務員対象に外交問題で話をする学習会があった。(中略)そこで不破さんが語ったことの一つは、中国が国際政治の中で重みを増しつつある現在の世界の中では、中国と密接な関係にあるということが、信頼をかちとれるのだということだった。その頃、両党の関係は非常に友好的で、不破さんが中国に招かれて高い評価を相手から与えられることがあった」(https://ameblo.jp/matutake-nobuyuki/)。
志位氏は、中国の今日的な覇権主義・人権問題を生んだ経済構造はいったいどのようなものか全く触れていない。史的唯物論では、政治・法制度・道徳・宗教などの上部構造は、究極的には土台たる経済構造によって規定されるとする。いやマルクス主義者でなくても、中国の覇権主義や人権問題はどこから生まれたのか、気になるところである。
不破氏は2009年の「理論会談」で、2008年9月のリーマンショックに際して取った胡錦涛政権の政策を高く評価して、おおむねこんな発言をしている。
「中共は中国経済のマクロ・コントロールの拠点を、その手に握っている。つまり計画経済の陣立て(ママ)を持ち、十分な財政的・経済的裏付けを持っている。今回の世界経済危機への対応でも非常に大きな力になっている。2008年10月、G20の会議でも大きな対応策を発表できた。4兆元という規模(の財政投資)、的確に柱を立てた内容の点でも世界にうれしい衝撃を与えた。今後ともそれを握って放さず、機敏に対応してほしい」
この問わず語りには、あきらかに中国が国家独占資本主義である現実が反映されている。近年の覇権主義・人権問題は政権の性格にもよるが、その土台がここにある。
志位氏の報告には、「マルクス、エンゲルスは、資本主義をのりこえる社会主義革命を展望したときに、……イギリスでの革命が決定的な意義を持つことを繰り返し強調しました。……21世紀の世界における社会主義的変革の展望も、マルクス、エンゲルスが描いた世界史の発展の法則的展望の中に見出すことが重要であります」というくだりがある。
氏は、途上国の革命や既存の社会主義国の発展ではなく、マルクスの主張どおり発達した資本主義国の社会変革が社会主義への大道だというのである。これは限りなく誤解に近い議論である。私の記憶では、マルクスは先進国革命に固執していたわけではない。晩年は、遅れたロシア農村の「ミール共同体」を軸に、ロシアに革命を起こす可能性を考えていた。これは、19世紀ロシアのナロードニキ、ウェラ・ザスリーチの質問に対する返信でわかる(マルクス『ウェラ・ザスリーチへの手紙』)。
それにしても、私は中国は社会主義でもないし、それをめざす国でもないという判断を支持する。日共はようやく日本社会の一般常識のレベルに到達したのである。いわばトラックを2,3周遅れで先頭走者に並んだ、あまり強くない長距離ランナーである。それでも、常識に達したのはよいことである。
綱領の部分的改定の本当の意図は、対中国認識の間違いを(自己批判なしに)是正して、国民の支持を増やし、党勢の衰退をとどめようとするところにある。中国の大国主義への変化は口実にすぎない。
だが綱領改定を必要とする根底には、社会主義・共産主義を展望した党是や党名、組織原則に対する根本的見直しを迫る日本社会の現実がある。従来の路線と行動から脱皮すべき時期はとうに来ているのである。それなしに日共が議会で多数を占めることは絶対にない。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion9187:191119〕